カテゴリー「09)教育・研究・大学のこと」の記事

やっと台風が過ぎ去った気分 (で ほろ酔い気分)

とにかく28日さえ過ぎれば。

この1週間はそういう1週間でした。

ひとつには、大学の工学研究院(世にいう工学部あるいは工学研究科)の中のプロジェクトの中間評価の日だったということです。3年前くらい、思うところがあって大風呂敷をひろげたものの、その後、なんとなく宙ぶらりんだったものが2つあって、それをなんとかかたちにしてきました。道路設計をキーワードに、長寿命、効率的維持管理、防災復旧能力、低環境負荷運用、地域密着連携の5つの観点での新展開をするグループ研究については、1枚のポスターをつくり、午後の間、展示してもらいました。8枚のスライドを並べてA1サイズのパネルにして、中央図書館で掲示してもらいました。このスライドがなかなか大変でした。ちなみにPDF版を以下にアップします。

「091028.pdf」をダウンロード

同じ中間評価で、もう少し大きな「学際プロジェクト」というのもあって、こちらは学部長以下偉い先生たち、そして外部評価委員として東京大学の大和先生(今から18年前くらい、大和先生と僕は「東京の交通問題」という本のとりまとめを担当していました。その時以来です)の前で発表しました。こちらはPDF版でも1メガを超えるのでアップしません。

今回の発表では、都心地区、郊外地区、後背都市群において、土木工学、土木の計画系、そして建築の計画系で、どういうつながりをもって研究展開ができるかという話の準備状況の報告になりました。都心地区のケースとしては、水辺を考えると高潮の影響予測が重要だということ、水辺で橋梁が増えるとモニタリングが重要になること、それらが港湾都市の都心まちづくりと無縁ではないこと、横浜駅西口をケースとしていろんな提案を行ったこと、をお話ししました。郊外地区については、羽沢駅地区での提案を紹介しました。大学の貢献、農業や景観の重視をきちんと言いました。後背都市群の例としては、三浦市岬下町での提案を紹介しました。以上からわかるように、今年度モビリティデザインとして学生さんががんばってくれた横浜駅西口や三浦市のスライドをたくさん活用させていただきました。

ここで思ったのは、あのモビリティデザインの話に、建築系まちづくりとの連携、土木工学の構造設計維持管理等との連携、を見据えておく必要があるということです。でも、そのためには、そういう隣接領域にアピールするだけの力を僕らがつける必要がある。この半年で、少しでも関係してくれたみんなは、間違いなく成長しています。今日、みんなのつくってくれたスライドで発表しながら、本当にそう思いました。学生さんたち、ありがとうね。

内部と外部の評価委員からは、学際性をもっとみせる、教育と研究での効果を出していく、海洋系のグループとこの計画系のグループの連携可能性をもっと考えれば、という貴重なご示唆とともに、東大に比べて具体的な研究をやっていてそこがおもしろい、というお褒めの言葉もいただきました。実践性を標榜している本学ならではですよね。あと2年、さらに工夫を凝らしてがんばろうと思った次第です。

これが朝の9時から10時半まで、そしてそのまま中央図書館から学長室まで走り(本当に走りました)、ハノイ交通通信大学の表敬訪問に同席しました。昨年の12月にハノイでの交通のシンポジウムで招待講演をした際に、学長はじめみなさんに厚いおもてなしを受けたので、今回のご訪問については最大限がんばろうと決めた次第です。双方の大学の紹介、記念品の交換、集合写真、学長退席後は少し具体的な協力関係構築の議論、そしてランチ(ビール飲みたかった、、、、)と続きました。あちらの電子情報学部というところに交通信号学科というのがあるのがとてもおもしろかったです。電子情報学部長はITS(高度交通システム)にご関心があり研究実績も出しつつあるということで、僕としては、交通計画、交通工学、そして交通経済とともに、この電子情報系ともお付き合いしたいと思いました。オートバイのカーナビとか、オートバイ感応信号制御とかとてもおもしろそうですし。

で終わってすぐ部屋に戻り3限の講義へ。一昨日より中間報告の準備を連日していて睡眠時間が少なく、その分、テンションは高く、講義は例年より深くおもしろい話を、あちらこちらの地図をみせながらやりました。実ははじめての試みです。みている限り、午後一番の講義にもかかわらず、みんな起きていてくれて、とても嬉しかったです。そのまま新宿に向かい、5限は工学院大学での講義。時間割の関係で受講生は少ないんだけど、そのうちは大半が、ものすごく熱心かつフレンドリーで、エレベータの中から、彼ら、彼女らと僕とでわいわい話ながら移動します(ちなみに話題は小テストの話ばっかり)。横国の交通計画では、教科書にかなり準拠してやっていますが、工学院は半分以上脱線です。今日も、アメリカのカープールの話や、金沢のコミュニティバスの話、柏のトランジットモール実験、浜松のトランジットモール実験の逸話、そんなんばっかりしていました。横国では、ここまで教えておかないと、交通工学の講義に影響するとか、演習課題に影響するとか、考えて真面目になっちゃうけど、工学院大学では、建築系のもの好きな方たちに、都市計画をしていく上でなぜ交通が大事か、交通のどこを知っていれば土木の人たちとやっていけるのかを教えることが目標なので、同じ教科書で同じ授業数で話が変わってしまうわけです。でも、自分の子たちにも、たくさん脱線話をしてあげたいといつも思っています。3年生後学期くらいっていうのがいちばんタイミングよくて、2年生前学期だと脱線しても難しい、などなど理由がいろいろあります。でも、僕の話が好きな人にはたくさんのお話をしてあげたいし、計画分野で生きる可能性のある人には、考えていること、すべて伝えたい、という気持ちです。これが完全にはできていないとすれば反省です。研究室の子たちで、僕とよく話す人たちにはできているんだけども。まあ反省していきましょう。

ということで、無事にいろいろおわりました。今日は、メールチェックしてブログ書いて、あとへ眠るだけです。明日の見学会、よい天気になりますように。

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なつかしい先生たち

火曜日は母校の東京大学工学部都市工学科に赴き、大西隆先生のお部屋で打ち合わせがありました。大西先生には、博士論文の審査も含めて、いろんな場面でお世話になっています。

いちばん思い出深いのが、十数年以上前になりますが、バンコク滞在時のときでした。チュラロンコン大学の都市地域計画学科を立ち上げていく中でのお仕事だったと思いますが、渡辺定夫先生、大西先生、西村幸夫先生の3人でいらっしゃったときがありました。大西先生は旬のお土産ということで、秋だったからだと思いますが、レトルトパウチのさんまをお土産にくださいました。西村先生は、最新情報とおっしゃって、読み終わられた日本経済新聞をくださいました。渡辺先生は、、、(記憶にありません)。で、いろんなお気遣いをいただきながら、楽しく過ごさせていただいたのを覚えています。まだ若かった僕からみると、なんか、渡辺先生が水戸黄門で、大西先生と西村先生が助さん角さんのようにみえて、なんだかおもしろかった記憶があります。滞在中にもう一度、同じ3人でバンコクにいらっしゃったことがあるのですが、その際は、当方の家族の問題があって、ゆっくりとお話をする機会を逸してしまったのですが、それでも、その後も、何かの折につけ、お世話になっています。

そういえば西村先生とお会いしていないな、と思っていたら、水曜の深夜にあるお仕事へのお誘いのメールをいただき、なんだか嬉しくて、懐かしくて、早速承諾の返事をしました(裏で仕掛けているのは福岡に続き、まだも大御所M先生らしい)。

渡辺先生はもう喜寿かと存じますが、もうだいぶ前になりますが、工学院大学で建築都市デザインの学科を立ち上げるにあたって都市交通の講義をするよう指示されて、それは非常勤講師というかたちで今も続いています。昨日も新宿に行って教えてきました。渡辺先生のご期待に沿った講義をしているかどうかは不確かですが、僕自身も勉強になるので、続けています。

さて、予定している飛行機の出発が50分遅れということで、ちょっと今日は大波乱の一日になるかもしれません。でも、がんばって、熊本県八代市までいってきます。

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聖光学院18期同窓会同期会

プライベートといえばプライベートですが、こちらに書きます。高校卒業後29年目にして初めて同期会をやりました。H君とそのお友達たちのご尽力で、学年全体に声をかけるかたちで初めて実現しました。

高校卒業以来会っていない人がたくさんいました。男性の定めとして、体形と頭髪の変化が人それぞれで、参加者全員一人ひとり自己紹介していても、えー、とか、うそー、という声が多かったようです。

ちなみに僕は、高校3年のときそのままだそうで、今日は紺のジャケットを着ていたので、制服のままのように言われ、大爆笑をかいました。全員が、すぐ、中村だと判別してくれました。高校3年生のときの体重は、大学入学後減少し、2年間で15kg近く減量したのですが(こども会活動のおかげ)、その後再び漸増に転じ(塾講師バイトと研究のおかげ)、現在の体重は、高校3年生のときと10kgも違いません。髪型も服の趣味のそのままなので、すぐわかるのでしょう。でも、なんだか、とても嬉しかった。

テレビでみた、ラジオできいた、新聞に出てた、雑誌に出てた、などと言ってくれるやつらも多く、なかには、ブログみている、なんてやつもいたけど(それはちょっと勘弁してほしいが)、みんな声をかけてくれて、とても懐かしかったです。

いわゆる理系のエンジニアとして出世しているやつらや、お医者様になっているやつらもたくさんいたし、高校の先生、聖光学院の先生、作家、公認会計士、編集者にはじまり、薬局の社長、寿司屋の店主から、参議院補欠選挙の立候補者まで、ほんとうにいろいろです。みんな大活躍しています。趣味の世界だろうけど、音楽とかかわっているやつらもいました(僕もそうだけど)。

恩師も校長もかけつけてくれました。当時のことを本当によく覚えていて下さり、その話だけでもものすごく盛り上がりました。先生って、いつまでたってもやっぱり先生です。僕もそういう先生でいたいってつくづく思いました。

僕らのいた頃の聖光学院は、今とは違って少し変な学校でした。生徒会がなかった、エレキギターが禁止された、ダイヤモンド地下街を先生が見回っていた、なんてあたりに象徴されます。だから、同期の中には今でも聖光には寄り付かないというようなやつもいます。

でも、6年間一緒にいた同級生、そしてお世話になった先生たち、というのは、もちろんウマのあわない同級生もいれば、先生もいたのだろうけど、当時の聖光がどうであれ、今の聖光がどうであれ、やっぱりとても大切な宝です。47歳という落ち着いた年齢になり、それぞれ人生を経験すると、あの頃、中学1年から高校3年まで一緒にいた時間の貴重さを改めて実感でき、その土台の上で、本当に仲良く時間を過ごせます。

僕は明日、ライブハウスで唄うため、今日は大事をとって二次会を失礼しましたが、帰り道で、この夢のような2時間を思い出して、ちょっとうるうるしていました。

帰りの根岸線、山手駅のホームで、校長先生と一緒になり、少し一緒にお話をしました。ついつい横浜国大の営業もしちゃいました。僕らとしては、仮に東大や東工大を落ちて、早稲田慶応にいくときに、そうじゃなくて横国あるいは横浜市大にいくという選択肢がもっとあってもいいのでは、と思っていますので、営業はがんばっています。

同窓会をこれまできちんとやっていなかったことを決して悔んではいません。きちんと6年間過ごした仲間たちだから、少し遅咲きだけど、それでも集まろうって気持ちがうまく湧き出てきたわけだし、それでよかったと思います。無理することなく、自然な気持ちで、当時の絆を確かめ合っていけた、そこが大事だとわかりました。

明日唄う2曲のオリジナル曲(作詞、作曲、ピアノ演奏、唄まで)の2曲目の気持ちと重なるのですが、一瞬、一瞬をきちんと生きてさえいれば、きっとうまくいくし、素敵な時間を過ごせる、というのが結論です。今の職場で、同窓会をどうするかいろんな議論がありますが、比べてみると思うところいろいろありました。

H君、そしてみなさん、ありがとうございました。また会いましょう。

僕の学生さんたち、OBOGのみんなへ。今を大切に生きていますか?足元をみて、そして前をみて生きていますか?つまづいたり、ころんだり、まちがったりした自分を素直に受け止めていますか?相手を世界をわかる教養を身につけていますか?いつかなつかしくなったらいつでも声をかけてくださいね。残り時間は少しだけど、僕はいつまでも、みんなの先生だし、それが僕の幸せです。

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デザイン まだまだ不勉強

例えば、佐藤先生はじめ4名共著の「図説 都市デザインの進め方」の第二部の目次の一部をみるだけでわくわくしてきます。

素材を掘り起こす
 風水の構成から掘り起こす
 流れを読み取り位置づける
 人の動き、街の動きから掘り起こす
 既存の情報をコラージュする
まちの成り立ちを読む
 城下町の成り立ちを読む
 現場からつぶさに読む
 ていねいに地図を読み込む
 成り立ちを分かりやすくまとめる
 まちづくりと住まいの変遷を読み解く
物語に綴る
 キーワードで綴る
 景色に綴る
 コンセプトを絞り込む
 復興と再建を綴る
骨格をデザインする
 地形を縫い上げる
 場面で組み立てる
 コンセプトを建築化する
 都市軸を炙り出す
界隈を形づくる
 賑わいの原理から組み立てる
 活力を育む
 界隈を組み合わせる
 場所を連続させる
風景にまとめる
 都市に風景を取り込む
 景色を押さえて街を造り出す
 スケールを追ってまとめる
 自然環境に敬意を払う
 向こう三軒両隣でまとめる

以下省略しますが、わくわくします。そしてなんだかたくさん通じます。でもけっこう違っています。ここにいろいろなヒントがありました。いつかモビリティデザインを体系化していきたいという思いは強くなりました。

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ゆったり

予定されていた関東運輸局主催の地方自治体向けセミナーは12月3日に延期になり、夜に予定されていた勉強会も延期になり、時間が空いたので(宿題はたくさんかかえていますが、まとまって時間があいたという意味)、昨日のゼミで学生さんが紹介してくれた八代市の緑の回廊をみにいこうかと思いましたが、羽田空港へのアクセス、飛行機のチケットその他の問題でそれも断念し、ひさしぶりに、研究室でゆったりとしています。こまごまとした宿題を処理しつつ、頭と体をやすめています。こういうのも悪くありません。台風さまさまでした。

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正式な肩書き

正式な肩書きはなんですか?という質問が来ました。一番正式なのは

①横浜国立大学教授

だと認識しています。大学の職員ですからね。でもいちばん使っているのは

②横浜国立大学大学院教授、あるいは 横浜国立大学大学院工学研究院教授

です。国や地方自治体の会議、学会の会議などでは大学院と明記してもらっています。所属は大学の中の学部ではなくて大学院であるということを明示するためだと認識しています。以前はほぼすべての大学の先生が、学内では、学部に所属していて、そして大学院も教えているというスタイルでした。しかしながら、ここのところいくつかの大学で、そうではなく、大学院に所属して、学部にも教えにいっている、というかたちに変わってきています。このことの意味するところなどをこのブログで語るつもりはありませんが、横浜国大の少なからずの先生が大学院に所属している先生であるということは事実です(工学系は全員)。僕は大学院の工学研究院というところに所属しています。ちなみに大学院生は大学院工学府に所属し、学部生は工学部に所属しています。ということで今後とも②のほうをお使いいただけるといいかもしれません。

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ISOで学ぶ会議の進め方

ISO-TC204-WG8の日本人専門家をやってすでに14年目になりますが、ISO-TC204の全体会議をはじめて傍聴しました。当り前のことなのかもしれませんが、僕には新鮮だったので、ここに書きとめておきます。

会場はワイヤレスネットワーク環境です。参加者全員ノートパソコンを開いています。討議資料は会議前までにあるサイトにアップされていて、参加者はそれを画面でみながら、そして同時に正面スクリーンにプロジェクターから投影されているものをみるかしています。

最終日は委員会としての決議をしていきます。各ワーキングから出た決議提案をひとつずつ確認していきます。会議の座長と書記官が進行していきます。書記官のPCの画面がスクリーンに出され、決議の文面を読み上げ、用語の修正、英語としての修正をその場でしていきます。そして反対あるいは棄権が問われ、規定数以上の賛成で承認されていきます。

そもそもワーキングのときも、決議文案の一字一句を同じ方法で直していきます。

配布資料がなくて済むのと、全員、それも僕のようなオブザーバーまできちんと参加できるのがいいと思いました。

ある決議文案にミスがあることが事前にわかったので、会議中にそっとメールでその点を担当の人に指摘したら、即座になおしていただくことができ、決議するときにはすでに修正されていました。メールのやり取りが裏で行われていて、それも議事進行のスムーズ化に貢献しています。

簡単に比較できませんが、数々やっている審議会や研究会でも、同じようにやれそうなものがいくつかありそうです。やってみたいな、と思いました。

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やってしまった大失敗

9月2日。占いは失敗に注意とある。朝、大学に行く。9時に来客、打ち合わせは早々に終わり、今日の正午までの原稿を仕上げる。11時から工学部の人事協議会。これも、いろいろあったけどなんとか乗り切る。失敗はない。自宅に戻り、車をおいて、タクシーで鷺沼駅へ、そこから九段下までいって、大幅遅刻だけどとある年刊誌の編集打ち合わせ。滞りなく終わり、今度はタクシーで霞が関の国土交通省へ。入館手続きをして6階の都市地域整備局局議室へ。今日は、岸井先生が委員長の、都市計画制度抜本見直しの委員会。この委員会はとても勉強になるので大好きです。中身が新鮮で、かつ難しいことも多く、有識者として的確な指導助言はとてもできていないけど、岸井先生、中井先生、中出先生という都市計画のプロ、そして兄貴分の谷口守先生、法学の視点からいつも興味深いことを言って下さる大橋先生といらっしゃるし、事務局は都市工同期の渡辺君だし。

で、部屋に入り、、、、、、唖然。僕の席がない。。。。。

ひさびさにやってしまいました。これが今日の大失敗です。

出席の返事をきちんとしなかったようで、欠席扱いになっていました。急きょ席をつくってもらい、資料を用意してもらい、お茶と謝金はもらえなかったけど、参加させていただきました。谷口先生は大笑い。恥ずかしい限りです。

で、この委員会を終え、神田に移動して交通工学研究会の編集委員会で今日は終わりです。ひとつ失敗すると、なんかすごくリラックスできて、あとは元気よく終わりました。

でも、これから、明日の午後の福岡でのプレゼンの準備です。まだまだ今日は終わりません。

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なかなかうまくいかないこと

自分が学生のときと比べて、大学も、大学生の置かれた環境もかなり異なっているのは間違いないと思います。そしてメンタルな病気ということへの認識がかなり変わってきているのも事実です。どこがどう変わって、どんな因果関係があるのかはわかりませんが、メンタルな面で躓いてしまう学生さんが少なくありません。今の子は打たれ弱い、という意見も聞きます。でも、でも、お子様を預かった以上、学費を払っていただいた以上、できる限りの教育をするのが責務だと思っています。打たれ弱いなら、打たれ弱い子に何をどうわかってもらうかを考えなくてはなりません。

コミュニケーションが苦手な子が多いと言われています。僕自身も苦手でしたから、別に昨今急増したとは思いません。でも、そういう機会が減っていて、また人とかかわらなくても、いくらでも時を過ごす方法があるから、慣れていない人が多いのは事実でしょう。気持ちを思いをきちんと言葉にする、そこに、僕はかけています。そして自分で考えて、自分で決めて、自分でまとめてもらう、そこにもかけています。

だから、僕は、時間の許す限り話をきく。その子の目線でとにかく聞く。押しつけることは絶対にしない、稚拙でも遠回りそうでも、自問自答して到達したところを尊重する、時に少し後押しをし、時に少し視野を広げるヒントは出す、でも自分の気持ちを整理して言葉にする力をつけてもらうのを待つ。

もちろん研究室で研究指導するときは少し違いますが、学部の学生さんたちが躓きそうになるときは、一貫してこのスタイルでいようと思っています。

でも、このスタートラインに立つことができないとき、立ったけど十分に対応できないとき、自分の力の無さを実感し、時に呆然としてしまいます。

一方で、その子が、自分で決断を導きだし、自分なりに一歩進めたならば、それが仮令、別な道への第一歩であろうと、お別れは寂しいけれど、できるだけの祝福を送りたいと思います。もちろん永遠の別れではなく、一時でも在籍してくれて、少しでも僕とお話をすることで打ち解けてくれた子は、みんなずっと僕の教え子ですから、いつでもなんでも僕に相談に来る特権を有しています。

人生はこうして続いてゆくんだろう
間違っても 何度つまづいて

でも小さなその物語に
こたえはひとつじゃないんだ

♪♪

と言い聞かせて、今日も過ぎてゆきました。

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国際都市計画シンポジウムに参加して

国際都市計画シンポジウムは日本と台湾、韓国、そして香港の都市計画学会で共同で開催しているイベントです。論文の審査はそれぞれの国で行いますので、日本人の場合は、日本都市計画学会に論文を応募し、かなり厳しい審査の後、論文発表の機会を得ます。僕はその審査やらシンポジウム開催運営をする側にいるので、今回はそのお手伝いと、研究室の学生の榎本君の論文が審査を通ったのでその応援ということで参加しました。

ウェルカムパーティーとフェアウェルパーティおよび宿泊は台南市の中心からちょっと離れたところにある長栄ホテルで、シンポジウムは高鉄台南駅の近くにある長栄基督教大学での開催です。長栄はエバーグリーンといいますが、あのエバーグループとつながっているのはホテルのほうだけで、大学のほうは全く無関係のようです(大学のホームページのよくある質問コーナーにもそう書いてあるらしい)。ホテルはとても立派でかつ食事もおいしく値段も定価の半額以下になっていてきわめて快適でした。

シンポジウムでの僕の仕事は午前のC会場の討議者、午後のB会場で連名者としての同席、です。午前のC会場は都市ツーリズムと経済開発というセッション名で韓国から2本、日本から2本、台湾から1本の発表でした。司会は韓国の偉い先生で、討議者は僕と台湾の先生の2名です。何の事前打ち合わせもなく、司会者は5つの発表を連続して進め、残った時間でいきなり討議者にマイクをまわします。仕方ないので、全体コメントと各論文への質問をしました。

海外有識者へのヒアリングをもとに因子分析と回帰分析で環境問題の重要性をし示そうとした論文に対しては、回帰モデルの怪しさやヒアリングの怪しさもありましたけど、環境が最重要という結論への道筋を聞きました。2つのUシティの比較を産業連関分析で行った論文に対しては、比較した結果示された差異の原因の考察をお願いしました。九州のパッケージツアーの実態解析の論文に対しては、パッケージツアーと個人旅行の違い、日本人旅行者と外国人旅行者の違いを尋ねました。北京で選好意識調査を実施し情報の有無が運転者の経路選択に与える影響を分析した論文に対しては、結論の表現自体が、当たり前すぎることを指摘してしまいました(情報を与えれば行動が変わることがわかった、で終わってはもったいない。むしろ、北京でアンケート調査の許可を得て大規模に実施できたこと、効用の考え方が従来と異なるモデルができたこと、など論文の価値を示す結論はいくらもあるのだからそちらを強調すべきという意味です)。台北のホテル料金に対してヘドニック関数をあてはめた論文についてはセッションの後に、データの問題と検定の問題を議論しました。いずれの論文もテーマは有意義なのですが、データ収集や分析ツール、そして考察のところにいろいろと課題があるというのが印象です。

そう思っていたら、午後の珈琲ブレークで、あの渡辺Jim俊一先生(ミドルネームは先生がハーバード留学時代に用いていたニックネームだそうです)が、かなりストレートにおっしゃっていました。論文の質は以前より向上しているものの、「Research Questionが不明確で、何を明らかにしようとしているのかわかりにくい」ということと、それがクリアできたとして「得られた結果のどこに新しさがあるのかわかりにくい」といわざるを得ない論文がまだ多いということでした。これは、本当にいつも思うことで、仮説設定というか課題設定、ここに問題意識と着想力が問われますが、うまく伝わらない発表がいくつかあります。このシンポジウムだけではなく、気をつけたいところです。渡辺俊一先生のもうひとつおもしろいコメントは、「韓国と台湾の論文はアメリカ指向になっている」というお言葉でした。アメリカ留学された研究者の層が韓国でも台湾でもとても厚くなっていることにも関係するのですが、言われてみれば確かにそうでした。そしてそのことが、Research Questionの設定にも絡んできます。課題設定が希薄なままのアメリカ指向ともいえます。うちの榎本君は無事に発表をこなしていました。厳しい質問がなかったので連名者としても安心しました。

海外の学会やシンポジウムで、当然外国人の知り合いも増えますが、日本人の先生ともいろんなお話ができるのがとても嬉しいです。今回は、初日のパーティーで岸井先生と大沢先生とお話をすることができ、朝の移動のバスの中で神戸大学の小谷先生とお話をすることができ、とても有意義でした。小谷先生からは拙著「バスでまちづくり」をお褒めいただき、とても嬉しく思いました。

来年は奈良での開催になります。そしてこのシンポジウムの論文集の英文名に「Journal」の文字が入ります。

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やっぱり忙しいけど、それでもしっかりと時間をとってみた。

24日月曜は、細切ればたばたでした。9時にとなりの学科の偉い先生のところに、共同執筆の報告書の仕上げの相談に、10時には来客その1、11時にはその2、終わるや否や、正門の近くまで(車で)移動して、施設部長との打ち合わせ。ようやくのお昼は、かねてからのお約束通り、年に1度か2度しかない、中華街バイキングツアー。勘のいい学生が多いときは10人近くになりますが、今年は3人。僕を入れて4人で中華街へ。首都高使うと10分ちょっと。これまで毎年お世話になっていた順海閣は、もうバイキングをしていないとのこと。そのすぐそばの鵬天閣で、ちょっと割高だったけど、合計4人だし、ちょっと贅沢しました。これがけっこうおいしくて、3人の学生さんの食べること、食べること。エビチリにはじまりフカヒレ卵まで、すごかった。そして戻って、福岡天神の打ち合わせ。学生さんたちはどうしても先を急ごうとするから、そこをわきまえつつの議論。それを終えて、またまた別の学科の先生のところへ、今後の人事の相談に。そして戻ってから渋谷に向かう。日本生産性本部で、とても今は語れない秘密の勉強会。終わってから、今日はもう一度大学に戻り、まだ終わっていない期末試験の答案採点を全部終えた。そして帰宅したらもう午前1時。この記事書いて寝よう。

京極夏彦さんが憧れの水木しげるさんに睡眠時間を問われ、答えたら、水木さん、あと1時間短かったら死ぬよ、といったそうで、僕もそこだけは死守しようと思っています。あと30分で眠ります。

僕のからだのこと、心配してくれる人がたくさんいてくださり、いつも感謝しています。ありがとうございます。とっても嬉しいんだけど、みなさん、どうぞ、ご自分を大切にしてください。僕は自分のことをそれなりにわかっていて、あの手、この手で、言えないような(犯罪ではないけど)ズルをしながら生きています。キットダイジョウブ。

3年生の交通計画の答案には講義の感想を書く欄があるけど、みんな、とてもかわいい感想を書いてくれるので、例年に増して、なんだか愛しくなりました。でも、採点はシビアにさせていただいております。誤解のないように。でも、多くの人がいろいろなものを得てくれているのなら、点数はともかく、それでよかったですね、と言いたいです。2年生の地域基盤計画は、ちょっと意地悪な穴埋め問題を2つほど用意しました。僕のポリシーで、もし誰も正答できない問題があるとすれば、それは間違いなく僕に責任があるということで、採点対象外にしているのですが、その2問、いずれも1人だけ正解がいたので、対象外とすることはやめました。たまたまヤマが当たったのか、勘がいいのか、いやいや実力でしょう。都市デザインのところは、今年初めての講義資料なので、過去問にはないのですが(僕は全学生に3年分の過去問を配っています)、それでも勉強してくれて、しかも細かいところまで頭にいれてくれたわけでして、ありがたいです。緑という言葉もランドマークという言葉も大切なんだから、これを機に理解してくれると嬉しいです。

明日、がんばれば、明後日から、久しぶりの海外出張です。台南とハノイです。

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入試シーズン到来

お仕事は何をなさっているのですが?

大学の先生をしています。

休みが多くていいですねえ。

という流れの会話が頻繁に発生します(頻繁にそういう会話をするようなところに出入りしているからだろうか)。普通の民間企業に働いている方々、公務員の方々のサンプルを数多くは知らないので比較できないし、大学の先生もいろいろなんで比較できないけど、僕は休みが多いと実感したことはあまりありません。今年は10日から14日まで5日間職場に行かなかっただけでもだいぶ休んだ気がします。しかしながら、その間にも、数々の事務的トラブルが発生し、コースの長たる僕は、1日数回、自宅で、あるいは出先から携帯電話でメールをチェックして、諸々の対応をしていましたから、全然気が休まっていません。だから、先ほどのコメントに対しては、

ええ、学生は夏休み長いですよね

と答えます。でも、うちの研究室の学生さんたちみていても、巷でいうような、あるいは学部学生のような2カ月まるまるということは毛頭ないようです。そもそも横浜国大のシビルエンジニアリングコース(来年からは都市基盤コース)の場合、1年生はともかく、2年生は2週間近くの測量学実習、3年生は2ないし4週間の企業官庁研修があるし、4年生は研究室に配属されているので、2カ月まるまる夏休みというのを何度も体験しているわけでもありません。

さて、ではこの2ヶ月間、先生はなんで忙しいのか。ひとつには採点と教材準備を集中的にやるから、そしていくつかの学会がこの時期にあるから、またこれは僕の分野特有かもしれませんが、国や地方自治体の審議会、検討委員会が数多く開催されるから、そして、これは同じ大学でも学部などによって異なりますが、大学院入試と高等専門学校編入学試験があるから、といった理由をあげることができます。学会については、今年は、都市計画の国際シンポジウムが台湾の台南で、そして土木学会の全国大会が福岡で開催されますので、両方顔を出します。

8月17日が高専編入の入試、18日と19日が大学院入試です。ついてに21日は修士2年生の中間審査です。ということでこの1週間は、大学はバタバタしています。受験される方々がこのブログを読まれるとは思いませんが、ぜひ全力を出して筆記試験そして面接に臨んでほしいと思っています。定員や最低点という制約があって、なくなく何人かを落とさざるを得ないのですが、意欲的な学生さんたちと出会え、一緒に勉強できることはこの上ない喜びですので、期待しています。

ということで、世間的には季節外れですが、今週は入試シーズンです。

京極夏彦ワールドに染まりきっていたこの週末から、ようやく復活します。

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夏季休業前最後の1日

8月8日から一斉休業になるので7日は夏休み前最後の1日になりました。大学院生の審査がいくつかあったのと、研究室ではゼミがあり、いちばんのイベントは、ネパール人留学生プラディープ君の最終審査会でした。

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これも無事におわり、そのあとは天神モビリティデザイン勉強会で最後です。1年生女子4人に研究室メンバー約10人で、図面をみながらの勉強会です。ゼミとちがい、学生さんがいろんな意見をいい、それを整理していくという、ブレーンストーミングに近い作業です。これを繰り返していくうちに、計画の論理が整理されていきます。まだまだかたちになっていませんが、お盆明けには一気に加速し、9月3日午後に福岡で行われる中間報告会では、きっとおもしろいものをお見せできると思います。

学会の会費を払い、9月の週末に学生合宿(OBOGをお招きする学生主催の夏合宿)の参加費を払い、お金もとんでいきましたが、これで夏休みです。

公式には次の出勤日は17日です(非公式なことがあったらごめんなさい)。

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ひそかなキーワードは つながっていくこと

健太郎とじゃれているうちに眼鏡が割れて、古い眼鏡をしかたなくかけています。原稿の締め切りやプロジェクトの準備などをたくさん抱えていますが、なぜか心は落ち着いています。

ここのところ自分がやっていること、やってきたこと、考えていること、仕事もプライベートも、どういうわけか共通のキーワードがあるようです。うすうす気づいていたけど、日々、確信になっています。それが

つながり

です。つながりを感じること、つなげていくこと、なんだかそんなことがいっぱいです。

モビリティデザインのワークショップ、明日は学生チームを代表して僕がプレゼンをしますが、振り返ると、つながり、の一言に尽きます。都市と交通、施設と動線、それぞれの交通機関、需要と供給、いろんなところをつなげていくことが、みんなと僕らの課題でした。一緒に議論をしていくなかで、そのつながりの大切さを実感し、またみんなで議論すること自体がつながりであることを実感できていて、もちろんいろんなことはあるんだけど、つながることの強さを味わえていると思います。明日の三浦に続いて、天神がはじまろうとしていますが、研究室から、学部2年生、そして1年生へとつながってきています。

自分は決して一人ではない、いろんなかたちで、いろんな人とつながっているから、そう思える瞬間がたくさんあるし、感情表現がうまくできなくて、いろいろなことにぶち当たって動けなくって、そういう人たちに、たくさん、そう伝えてきたようにも思っています。本当にひとりきりの人には、本当に飛んで行って会いに行っていた、つながっていることを伝えるために、ぐちゃぐちゃになっているところを繕うことも何度もしたかもしれない。人間は最後は一人なんだけど、社会というのは、組織というのは、いつも一人っきりというのではない。それを示し続けていきたいし、それが使命のひとつかもしれない。

多くの出会いがあって、新たな発見があって、そこから新しい世界が、あるいは仕事が生まれていく、そんな場面もたくさんあったような気がします。でも、つながりを実感するのも、生かすのも、なんらかの努力が必要だということもわかってきました。動けば、進むか転ぶかするけど、動かなければ、絶対に進まない。慎重で構わないし、ちょっとずつでも構わないけど、動くこと、それが基本なのだろう。僕は動ける環境を用意することが仕事、モビリティデザインだってそうかもしれない。プライベートにはたくさん動いちゃったかもしれない。でも、いろいろなことがみえてきたし、だからこそまわりのすべてがいつもとても愛しい。

あのモビリティデザインの勉強会が冬学期も続いて、いい意味でのサロン空間に育ててゆきたいと、強く思っています。賛同しない人もいるかもしれないけど、つながりを実感できる空間からこそ、いい発想が生まれ、社会に発信できるんだと思います。夢を語れない人には魅力ある提案はできないし、議論を深められない人には説得力ある展開はできない、そしてそれは個人プレーではない、サロンでのチームプレーだと思います。

めぐりあって そして愛し合って
許しあって僕らは つながってゆくんだ

♪♪

そのままです。

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GOOD PROFESSOR

という名前のサイトに行きつきました。ネットサーフィンなどしている場合ではないのですが、息子が塾の宿題を終わるまでの隙間時間にやっています。早稲田塾という予備校のサイトですね。

http://www.wasedajuku.com/wasemaga/good-professor/

なんでこのサイトに行きついたかは隠れ家マターで秘密ですが、ここには横浜国大もあって、室井先生、後藤先生、大原先生、河野先生の4名が、「一生モノ」の教授として紹介されています。同じ職場で、存じ上げている先生がこうやって紹介されているのはとても嬉しく思います。僕などは、業績も華々しくないし、講義もいつまでたっても上手にできないし、研究指導だってまだまだだし、全体として本当に全然まだまだなので、定年まで(あと19年あるし)にお声がかかればいいか、くらいの気持ちですが、それはともかく、大学生のみなさんが在学中にいい先生に出会うことはとても大切なことだ、と改めて思いました。それにしても予備校の頑張り方というのはすごいです。昨日の模擬講義にもスパイがいたのだろうかと疑ってしまいます。

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あえて言わせてもらうよ。

忘れてはならない3つのキーワード:優先順位、愛、己を知ること

いつでもどこでも優先順位を考えているはずだ。忙しいという言葉の裏には、このことよりもあのことのほうが今の自分にとって優先される、という判断があるはずだ。この優先順位というものをきちんと考えられない人はいいプランナーになれない。

研究室では、いそがしい、は禁句です。今の僕より忙しいと自信をもっていえる子がいたらいってごらん。いえないよ、きっと。ここでいう忙しいは、物理的にやることが多いという意味。そこでの優先順位は、これは僕が判断するしかない。学生さんにとっての最優先順位は、全体ゼミだと思っています。全学年の学生が一同に会する場で、自分の研究成果を先輩に、後輩にしってもらうという活動をとおして 自分の活動経過を総括できる絶好のチャンスのはず。でも、発表をおざなりにしたり、質問をおざなりにするのは、あまりにもったいないと思う。統計分析手法ゼミや英語輪読ゼミでは、本来は先輩は後輩をサポートするべきと思っています。後輩の相談にきちんと応えていない先輩は、僕からすれば減点対象に確実になると思ってください。自分が教えてもらったかどうかではなく、自分が何をすべきか、優先順位の問題と思います。

ふたつめは愛です。まわりの人の存在、能力、価値観を認めることができない人は、プランナーにはなれないと思っています。チームワークをまとめるときには、メンバーの能力を最大限に引き出すことが課題です。これができない人はリーダーにはなれない。まとめやく、仕切りをしてはいけない。上級生としても失格だろう。なんのために話すのか、なんのために議論するのか、お互いのよさを理解し、その先にはよりよい研究成果をつくりだすため、そして社会にきちんと還元するために、のはず。そこをみていない議論は無駄としか言いようがない。他を認めるのが、愛の基本です。愛に満ち溢れていなければ計画はできないと思う。良いところをみつける能力、引き延ばす能力、これは少なくとも訓練である程度まで向上します。努力をしてほしい。

みっつめは己を知ることです。これは謙虚さにつながります。今の自分の環境にどれだけ感謝するか、ふつうに過ごしていたら、いっちゃ悪いけど、うちの研究室でなければ、できないことがたくさんできているはずです。そういう環境にいる自分に、そして一緒にいてくれる仲間に、どれだけ感謝するか、ここを失うようであれば、これまた、プランナーとしては失格と思います。自分を知れば、他人の良さを知ります。自分の視野の狭さに気付きます。自分の弱さに気づきます。自分がどうみられているのか、それがどういう意味なのかを知ることができると思います。そして他人を傷つけることができなくなります。陰で悪口をいうようならばもっとひどいと思います。本当に大切なことは何なのか、見失わないようにしたいです。前にも書いたけど、他人を理解できる能力こそが真の教養です。大学そして大学院まで来るのであれば、まずは教養人であってほしいと思います。

自分のことを棚に上げるのはいい。でも、優先順位のはき違え、愛の欠如、己を知ることそして謙虚さあるいは感謝の念の欠如、僕の教え子さんは、これらの視点について、少なくとも問題を抱えないでいてほしい。優先順位、愛、己を知ることについてはトップレベルでいてほしいな、と思います。でなければ縁を切る、とは言わないけど、僕は悲しくなると思う。(知己というのは自分をしってくれる人という意味です。失礼しました)。

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外国論文研究会

一時は存亡の危機もあったこの研究会、だいぶながく座長をやっています。あと1期で卒業しようと思いつつ、とても楽しい場なので、ちょっと迷っています。

運輸政策研究機構の発行している機関誌の外国論文紹介コーナーに掲載する原稿を作成する研究会で、尊敬する筑波大学の石田先生にお誘いを受けて参加し、その3代あとの委員長になっています。

今回から、出席委員全員が話題を持ち寄ることにしました。議論が多岐にわたって、とても楽しめました。

ドイツの鉄道自由化の評価、公共交通による地価への影響、国際物流の不確実性、途上国のバス事業の規制、マクロ経済学による社会資本の適正規模、デンマークとスウェーデンの間の橋の影響、出発前交通情報の利用課題、気候変動が交通に与える影響、e-コマースと交通需要の関係、などなどについての外国論文をいっきに議論しました。少し議論が浅いところもあったけど、とても勉強になりますし、一回り若い先生たちは、みなさん、それぞれの分野、とても物知りでいらっしゃいますし、好奇心旺盛でいらっしゃいます。

こんなに充実した勉強会、なかかなやめられません。あっという間の2時間でした。委員のみなさんがみなさんとても魅力的な人物ばかりだというのも当然あります。僕は仕事にもまわりの人にも本当に恵まれている、と今日も思いました。

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急きょの休講

6月26日、地元の相模鉄道株式会社がストライキ決行ということで、結果的に、午前中の講義が休講になりました。微妙なところがあり若干の混乱もあり、学部学生さんからも携帯に相談のメールが来ました。災害時の対応のルールを準用して、午前6時30分に不通なら午前中休講ということになっていますが、相鉄は午前6時20分にスト解除、午前6時50分に運行開始ということで、実質をとれば休講ということです。スト解除=不通ではない、と解釈すると休講にはならない、という声もあったようですが、休講ということになったと理解しました。

あの会社はストライキをしなければならないほど大変な会社なんだ、少なくとも他の運輸事業者が近年しないことをしている会社なのだ、という認識を新たにするとともに、横浜国立大学はあの会社に多くを頼っていて、しかも、それには代替性がないということも改めて実感しました。どうしたものか。昔と違って、先生方も学生も講義が休講になることのマイナスは非常に大きい、大学以外でも平日の朝に電車が止まる、という「脅し」が社会に与える影響は大きく、ラッシュ前に運行を開始したとはいえ、影響はいくらもあったと推測されます。それでもあの会社の沿線に住むこと、沿線に職場が立地していることをそうそう変えることはできない、こういうことをどう考えるのかという問題と思いました。

日常生活で自動車を買うときはメーカーもディーラーも選べる、コンビニも選べる、服飾メーカーも選べる、ファミレスも選べる、でも運輸事業者を選べない(タクシー会社は選べる)。一方で運輸事業者は、民間であり、産業であるという。民間だからこそ、というところも少なからずある。このローカリティといえる問題を避けてはいけない、ということだと思います。

とはいえ、これから横浜国立大学の学生さんたちのために通学の交通環境を格段に向上させようと画策している自分にとって、今朝の一件は、意思決定に大きく響くものでした。

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中心市街地問題についての2年生の声

僕の講義のうち、学部2年生向けの地域基盤計画(普通の大学でいうところの土木計画学)の講義で試みの経過です。はじめての試みで、大冒険ですが、2年生のみんなが一生懸命やってくれるので、おかげさまで今のところ順調です。

以下は小テストでの中心市街地問題についての意見をまとめました。とある論文を読んでの感想です。何も勉強していない子達、なかには地方出身の子の実体験もありますが、玉石混交とはいえ、多岐にわたっていて有意義でした。何人かは疑問点も出してくれました。なんで中心市街地が衰退したらいけないのか、という疑問が複数の子から出てきたのがよかったと思います。それについての答えに自分で気づくことが大事です。なくてもいい商店街があるのかもしれません。でも、大型SCを経営する企業が見捨てた地域は、自家用車でしか行けない地域は、どうなっていくのか、などなど切り口があることに気づいてくれると少し議論が深まるかもしれません。

2年生はこれらクラスメイトの意見も参考に、大学すぐそばの商店街の再生可能性について提案をします。パワーポイントをはじめて使って1枚ずつスライドをつくり1分ずつ発表します。これに先立つこと1ヶ月前に、事前に彼らなりに問題構造をKJ法によってグループ作業で試みています。その情報もすでに共有しています。さあ、どうなっていくでしょう。

モータリゼーションの問題
自治体間の調整の問題(市境での立地)
商店街の真剣味や積極性の欠如
空き店舗や空き地の活用不足
計画の具体性欠如、見直し不足
関連主体間のつながり、話し合い不足
もしかして困っている人は少ない
郊外と中心市街地の共存の可能性はないか
店舗の空間づくりの工夫不足、特に若者向け
日常売り上げではなく年2回の教科書取次ぎでのみ成立する書店
郊外SCを建設するほうが多くの人に利益をもたらす構造の問題
指揮をとってまとめていく人の不在
空き店舗に入居しづらい
国も意欲がなさそう
中心市街地に住んでいる人さえ使わない商店街
店構えや店員の声などがおりなす雰囲気の違い
地域ごとに政策は違うはず
自動車でアクセスしやすい中心市街地にしたい
郊外の安い土地を活用したいという行政の本音
中心市街地での都市機能の強化の視点が弱い
市民が郊外と中心市街地をどう使い分けているか知るべき
バブル時代の土地神話から抜けられない
郊外SCの問題がわからない
農地が転用できるところにこそ問題がある
栄えていた時代のイメージがわからない
生活圏の中での機能分担が十分デザインされていない
中心市街地商店がテナントとして郊外SCに入っている
常連を大事にしてきたか
銀行、パチンコ、雀荘と居酒屋、ゲームセンターの組合せが必要
市役所等が郊外移転したら中心市街地はないに等しいか
商店街の視野の狭さ
地方では世帯で2台以上の車があり、それがすべての前提
中心市街地商店関係者の高齢化に伴うお金不足。

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うまくいかない話のつづき

午前中はいきおいがあったけど夕方から少しずつがたがたしています。

プリンタの紙送り装置をこわしてしまい、使用不能にしてしまった。

悩んでいる子の様子に気づくことができなかった。

研究室在籍生にいらぬお願いをしてしまった(筋を通してくれないOBがいるのかな)。

などなど、今日も多々ありました。でも、たくさんの学生さんたちとお話ができた一日だったので、それで今日もよしとします。土曜は朝早くに徳島です。月曜は函館。次の週は福岡ということで、今月後半はJALの国内線に6回乗ります。

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若いつもりでも若くないような

キャンパスを歩いていて学生さんから声をかけられる、挨拶される、これは結構よくあることです。大昔ですが、横浜駅西口のダイヤモンド地下街にて、突然、あーっ、と叫ばれて指までさされて、まわりの人の注目を浴びたこともありますが、そういうのは嫌だとしても、キャンパスの中で声をかけられるのは、実はけっこう嬉しかったりします。

ローソンの中の休めるスペースで、いきなり、先生、おごって、と言われるのも、タイミング次第だったりします。

僕は横浜市内にある私立の中学高校一貫の聖光学院という学校の18期生ですが、近くにいくつも女子校があって、当時はいろいろな思い出が、それ相応にあります。中学3年生のときの数学の先生が二人いて、一人はなんと、今、僕と同じ職場にて数学の教授をされていますが、それはさておき、もう一人の先生は、当時の3年B組の担任の先生で、僕らを受け持ったすぐあとに近くの女子校に転校されました。とてもかっこいい先生でいまでもよく覚えています。その女子校出身の子が、今年の1年生にいて(本人が話してくれて)、とても身近に思いましたが、よく考えれば、平成生まれの子たちと僕では30年近い年の差があるわけで、なんの近さもないと改めて実感しました。

若くないということで。

それにしても、横浜で育って、そして今、横浜で教えていて、それはなんかとても幸せです。

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うまくいかないときもあります。

木曜日は、1限が大学院講義、2限が2年生の必修科目、3限の時間に研究室有志に英語の特訓、4限が3年生の科目、5限はモビリティデザインの演習、ということで、相当に充実した一日なのですが、うまくいくときはうまく流れます。今日はちょっとそうでもなかった。

1限目は時間配分を間違い、グループディスカッションの時間がとれなかったのが、反省です。2限目は、宿題の提出方法をきちんと説明していないことに講義終了後の学生さんからの指摘で気付き、大慌てで掲示しましたが、うまくいくかどうか不安でいっぱいです。4限目は中間テストの返却ですが、これも終了後、学生さんから、出題ミス(計算しても答えがでない)を指摘され、枝問穴埋め2箇所とはいえ、とてもショックで、これまた落ち込んでいます。当該箇所はすべて採点からはずすべく採点をやりなおしします。答案はすべて複写してあるので、こちらで対応するとはいえ、学内科目の中間試験とはいえ、恥ずかしい限りです。分子分母逆ですから。3年生のみなさん、ごめんなさい。指摘してくれた学生さん、ほんとうにありがとう。

でも、今日はとても夕焼けがきれいだったので、少し気分は持ち直しています。またがんばっていきましょう。来週はもっといい講義をできるよう再スタートです。

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リストラクチャリング

このブログの前身は、研究室のホームページのスタッフのところの僕のところのプリンのボタンのところに整理されているエッセーでした。http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/index.htm

そこに記事が67件、このブログは1100件以上の記事があるのですが、どうも要領悪いせいか、容量に問題が発生しつつあります。

で、少しずつ記事や左右欄の内容(ニフティではマイリストとマイフォトという)を整理しつつあるのですが、なかなか進みません(実はところどころ消えていますけど)。記事のアップも最小限にしようと思いつつ、多方面からの要請もありこれもうまくできません。いっそ、ある日突然閉鎖しようかとも思っていますが、度胸もなく、また週が明けてしまいました。いつ何があってもいいように、公私ともども少しずつ身辺整理をしているので、いずれこのブログも予告なく変わるかもしれませんが、その節はご容赦いただければ幸いです。

研究室の活動、特に外部の方々へのご案内やご報告などでご不便がないようにスマートな解決を図りますので、ご理解をいただければ幸いです。

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研究室の集合写真

新年度の研究室集合写真を研究室ホームページにアップしました。

昨年のやつはそうでもないのですが、今年は、一昨年同様に、准教授の岡村敏之先生がど真ん中で、貫録満点に写っています。その右側で助手のように写っているのが教授の僕です。貫録なくて申し訳ないこと仕切りです。

http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/lab/fig/member2009.JPG

研究室は岡村先生を中心に動いている、ということをちゃんと示している写真ということで、今年度も研究室は安泰ということです。僕は好き勝手にやっています。

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連休の谷間のウィークデイズ

中村文彦は忙しい、という噂が蔓延しています。でも現時点では、時間的には若干余裕があります。原稿に追われていますけれど、それは週末に仕上げます。

木曜は、横浜国大は月曜進行の日ということで、僕は、午前中は、神奈川県の西湘高校の2年生12人の訪問を受け、ほんの30分ですが、案内をお手伝いしました。それ以外の時間は部屋で雑務を処理していました。午後はずっと横浜駅西口大改造の学生提案の打ち合わせにお付き合いし、でも学生さんたちが作業に入ると僕も時間が自由になるので部屋にいました。夜は土木の教員の懇親会でした。こういう一日です。ゆったりとしていました。でも筆は進まなかった。

金曜は、朝に2件の来客、その後経営学部系のほうでの会議、昼休みに研究室の集合写真をとって、午後は定例会とゼミ、夕方に工学部系の会議でちょっとプレゼンをして、その後はずっと部屋に。そして、有志(修士1年の男の子3人)とファミレスにいって一緒に夕飯をたべて(俗称グラッチェツアー→僕の気まぐれで急に催される夕食ツアー。少人数の場合には学生負担0円でパスタとピザを満腹食べる)、たくさんお話をして(お酒がなくても明るく盛り上がれる私たち)、さらに大学に戻って片づけをして、それから帰宅しました。

ということで、けっこう大学にいるし、学生さんたちともよく話すし、なんか普通の先生っぽい2日間でした。こんな日があとどれくらい続くのだろうか。続くといいなあ。

来週はひさしぶりのタイ。がんばってきます。

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そうそううまくはいかない

根回し不足というか、見込み不足でうまくいかなかったり、そのことにかまけていて別の書類の提出期限を忘れたり、連絡不足からかえって大仰な説明をしなくてはならなくなったり、うまくいかないことが重なると、元気な僕でも沈んでしまいます。思った通りにならない時は、潔く諦めるか、違うことを想うか、とにかく切り替えていくこと、でも、それはそれなりにエネルギーが必要。エネルギー残量の少ない時に限っていろいろと起きてしまう。

人生なんてそんなもの、だからこそおもしろい。ずっと晴れているということはないし、大雨だってくるけど、でもまたきっと晴れるんだろう。晴れたら何をしようか、そこに気持ちを少しずつもっていくことで切り抜けるのでしょう。

土木工学を学んでいるみんなに、みんなの母校となる横浜国大のために、良かれと思って走っているんだから、メゲルわけにはいきません。

まだまだまだまだー。

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大学院について

大学院の修士課程の2年間はどんな時間なんだろう。あくまでうちの研究室のことについて思いつくままに書いてみます。

メインディッシュは間違いなく修士論文です。より大きなテーマをより深く掘り下げることができます。そのテーマが社会的にどんな意味があるのか、得られた成果がどれだけ地域に貢献できるのか、僕はそこを気にします。いろんな評価尺度があるので、それがすべてではないにせよ、都市を相手にしている研究が都市から見放されるようではいけないと思います。

ただし、このメインディッシュには、別な意味があります。修士論文を仕上げるプロセスの中で、たくさんのことを学びます。研究の中身もそうですが、仕事の仕方、勉強の仕方、などなど社会に出る準備とみる人もいるでしょう。僕はそうは思わない。しがらみのないところで都市のことを考えることができる機会を活かせるという意味です。行政や企業の中では、たくさんの制約がかかり、都市のことをきちんと議論できない場合が多いようです。不満を言うならば、そういう機会を活かしてくれている学生は、今の研究室には決して多くはいません。行政や企業の一員として僕と議論するのと、師弟として議論するのでは、大きな違いがあります。修士論文のテーマを肴に自由に議論できること、一緒にいろいろと見聞できること、お金も時間も犠牲にしてでも価値がある、とまでは言いませんが、僕のところの学生の特権だと思います。僕はお役に立てるよう、自分を磨きつづけています。奢ることなく、でも貪欲に、みんなのために走っています。

そしてわが研究室にはたくさんのサイドディッシュがあります。これらをいかに活かすか、そして、もっともっといろいろなサイドディッシュをいかに僕に用意させるか、これがポイントです。あちらこちらの街にいくし、他流試合もたくさんやるし、議論する機会もたくさんあるし。

と、こう考えると、大学院修士の2年間は、つまらなくしようと思えばいくらでもつまらなくできるし、有意義に過ごそうと思えば、これらのお皿の組み合わせを工夫すればいくらでも自分なりに有意義にできると信じています。

こんなことを書かなくてはいけないのは、そういう僕の想いは、必ずしも伝わっていないからです。はたからどうみえるか、当事者たる学生さんたちがどう思っているのか、それらはそれらとして、僕は、僕と一緒に大学院で勉強してよかった、僕の教え子でよかった、と思ってくれる人を増やすべく努力します。

お役所では、企業では、絶対にできない有意義な2年間でなければ、大学院に来る価値はないかもしれない。なんてたって学費払っているし、僕のフィールドワークに付き合うと食費は浮くけど交通費はかかるし(かからないときもある)、費用対効果を最大にしなくては。そういう意味でも、社会の即戦力となるような教育とか、企業や行政の新人研修でやるような教育はしません。それらは企業でやればいいからです。都市を、都市交通を考える能力を養うことにもっと集中したいからです。2年間いて損しないだけの仕掛けはつくっていますし、もっと改善します(それを活かさない人はその人が損をするだけ)。

まだまだがんばらねば。でも、絶対にがんばるから。全力先生だもんね。

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新入生の自己紹介

4月に入学した大学1年生の自己紹介大会がありました。主任の僕を含む教授の先生3人をはじめ先生方もいる中で、37人の学生が一人1分ずつ、前に出ての自己紹介です。

もしかしたら、こういうことをやっている大学って、あるいはコースって、横国の中はもちろん、全国的にも少ないのではないかと思っています。

今年の1年生は、例年に増して明るく、とてもよい雰囲気の自己紹介でした。僕はとても嬉しく思いました。いろいろな機会を活かして、物事を前に進めていこうと思っています。そして、そうしています。

自己紹介の中で、おもしろかったもの。

好きな食べ物:ベルギーチョコレート
  この女の子は、実は前の日、僕の部屋でベルギーチョコレートをたくさん食べた子です。僕に気を遣ってくれました。ちなみにベルギーチョコレート、あと少しだけ残っています。

趣味:中村先生のブログをみること
  とても嬉しいのですが、「趣味」と言われると、ちょっと複雑です。でもいいか。ありがとうございます。

その他にもいろいろあったのですが、個人にかかわることなので、控えておきます。いい子たちがいっぱい来てくれた。勉強もがんばりましょう。そして、一緒にいろいろなことを乗り越えていきましょう。

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ゆるやかにはじまる第1週

4月7日はオリエンテーション。その前、正午前には、4年生の卒業研究室配属の発表。今年は、7人とも非留年生。そして3人が女子学生、女子学生2人を含む5人が大学院進学を考えている、という状況です。

この学年は成績はともかく、横の流れがいい、仲の良い学年です。みんな、いろんな意味で、僕をそして研究室を信じ切ってきてくれたわけで、僕の責任は重大です。少しずつだけど、みんなの期待をきちんと現実のものにしていく魔法をつかっていこうと思います。

午後のオリエンテーションでのあいさつ文は、この下の記事、ほぼ同一です。そして一教授としてのメッセージは、おいしいものをちゃんと食べること、何かあったらいつでもおいで、この2つです。

で、7日の夕方も、8日の午後も新1年生が来ました。特に8日に来た子たちは、おかしをたべる、たべる、明るい元気な子たちです。この子たちともたくさん仲良くなれるといいな。そして、そこから広がる輪の中で、みんなが前向きに、大学生活に4年間、取り組んでくれればいいな。そう思った8日の午後でした。

明日は、2年生、3年生の講義、そしてモビリティデザインワークショップのあつまり、そして○○です。

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シビルエンジニアリングコース1年生のみなさんへ(オリエンテーションでのあいさつ文)

みなさん、ご入学おめでとうございます。横浜国立大学工学部建設学科シビルエンジニアリングコースへようこそ。私は今年度と来年度、コースの主任を仰せつかっております中村文彦と申します。コースの教職員を代表いたしまして、みなさんへのご挨拶をさせていただきます。

みなさんの中には今緊張している人もいると思います。実は、この私もはじめての主任のお役目でのご挨拶ということで大層緊張しています。お互い様というところです。短い時間ですからがんばりましょう。

さて、みなさんの中には、横浜国立大学の我々のコースに焦がれ焦がれて入学したという人もいれば、シビルエンジニアリングすなわち土木工学を勉強する気持ちをもちながら偏差値やセンター試験の点数などの事情により横浜国大に来た人もいれば、本当は建築学を学びたかったけど、こちらに来てしまったという人もいれば、ただただ横浜での生活に憧れてきたという人もいると思います。実に毎年、そういういろいろなきっかけでこの大学に来た人たちが、ここに集っています。

みなさんがここに集っているのは、偶然かもしれませんが、何かの縁だと考えます。その縁をどのように自分のものにしていくかはみなさんの選択です。みなさんがこれから学ぶことになっている土木工学という学問は、奥の深い、そしてさまざまな側面を持つ、とても魅力的な分野です。でも、残念なことに、我々は、高校生そして子供たちにその魅力を十分に伝えきれていません。ですから、もしかしたら、みなさんの中にもいろいろな誤解や偏見があるかもしれません。でも、せっかくここに集まったのですから、土木工学とはいったいなんなんだろう、本当におもしろいんだろうか、どこまでいけるんだろうか、という気持ちで、我々と向き合ってほしいと思います。

受験の時代は、大学をひたすら偏差値で評価しがちですが、実際のそれぞれの大学の学科、コースの教育の実態、研究の動向、社会からの評価は偏差値とは比例していません。いま、ここにいらっしゃる横浜国大の土木工学の先生たちは、それぞれの分野での一流の業績をあげている先生たちです。研究にそして教育に情熱を注いでくださる先生方です。一緒に勉強できるこれからの4年間のチャンスを活かすならば、どこまでもみなさんに成長してもらえるよう応援できる人たちです。

そして、みなさんの先輩たち、すでに1000人を超えている横浜国大土木の同窓生は、日本を支える、あるいは世界を支える重要な立場で一流の土木技術者として活躍しています。昨今の就職不況状況でも、我々の教え子さんたちはきちんと就職しています。先輩たちが実績をつくってくれているので、横浜国大のうちのコースの卒業生は社会から期待されているわけです。

すなわち、今、みなさんの前にあるこのシビルエンジニアリングコースは、みなさんが思っている以上に、みなさんに素晴らしい未来と成長の機会を与えることのできるところだということです。もう一度いいます。4年間、我々と向き合って、この学問をしっかりと自分のものにしていってください。そういうみなさんを我々は力の限り応援します。

さて、これから先生方がお一人ずつ挨拶をします。教授、准教授あわせて10人ですが、今日のうちにできれば顔を覚えてみてください。難しいかもしれませんね。でも、せめて、みなさんにどんなメッセージをくださっているか、よく聞いてください。

では、これからの4年間、悩むことも、躓くこともあるかもしれませんが、一緒に乗り切っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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だめ研究者 なれど めげずに

大学の先生はいろいろなかたちで評価されますが、文部科学省の科学研究費補助金をもらっているかどうかもひとつの指標です。毎年10月に新年度の補助金のための申請書を提出し、それが採択されるとお金がもらえます。で、僕は今年も採択されず。毎年落ちるんですが、で、毎年ショックを受けるんですが、それも重なると、この件については、慣れるどころか、ショックの重さは深まるばかりです。まわりの多くの先生が採択されると、なおのこと落ち込みます。でも、自分の信念は貫いて、がんばっていきましょう。気がつけば環境省の戦略なんとかの研究費はほぼ満額いただけたし、ISOの旅費も、もうだめかと思ったけど、なんとか助けてもらえそうだし。

今日の午後の自転車の委員会。屋井先生は、いつもかっこいいんですが、今日も最高でした。なんとなく漠然として方向性もあやふやな状況をぬけるときのキーワード

とんがる、ひろげる、ふかめる

確かに、そういう風に考えるよな、と横でふむふむ、うなづいていました。屋井先生は、今日は発言を指名する運営でした。左右に埼玉の久保田先生と僕がいるから、思う存分自由に采配できたということですが、急にふられると、やはり緊張するものです。それでも、国土交通省への想い、都市地域整備局への想い、都市交通への想い、自転車への想い、ちゃんといっておきました。屋井先生はちゃんと受け止めてくださいました。久保田先生は流石、僕の先輩ですから、わざと、僕と違う視点で、さらに切りこんでいました。きっと、屋井先生は楽しかったろうな、と思う次第です。

で、少し、元気でたわけです。相変わらず単純。

今日は18年目の結婚記念日。家内は料理とケーキをつくって待っている。花束買って帰りました。18年間、ありがとうって言わなきゃ。今年は一緒にお祝できたから。

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今年度はきっとおもしろくなる

わが横国 土木 交通研究室は変わります。僕としては大ナタをふるいました。もう二度と、僕が涙しなくてはいけないような事態が起きないように、ですが。

①僕の在室時間が大幅に増えます。語る&飲む時間が増えます。まちづくりのこと、人生のこと、所属学生さんたちとたくさん話す先生に戻ります。

②合同ゼミを進化させます。もう土木の枠を超えていきます。まだ準備段階だけど、九州の都市デザインの人たちと泊まりがけでワークショップ型ゼミをします(なぜ九州か?あそこの都市デザインの研究室が日本一だと思うから)、学内で海外の地域政策に詳しい先生方を集めての勉強会もやります。中国の大連で管理工学の人たちと合同ゼミします。

③ゼミのやり方も変えます。今年は僕のプレゼンからはじめます。僕はプレゼンが下手ですが、それも込みで、みんなと議論したいから、そこからはじめます。

ということで、今年度のうちの研究分野は、きっときっといい方向に大きく変わります。僕は、自分なりのスタイルで、自分をちゃんと、みんなにぶつけていきます。残りの人生、限られた時間、悔いのないようにします。

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教え子の披露宴

2007年修士修了の小林正孝君の披露宴に出席しました。宇都宮での披露宴。正孝君と文(あや)さんのお二人の暖かい気持ちがいっぱいに溢れるとても素敵な会でした。酔っぱらって大変なことになった人が土木事務所のほうで一名いらっしゃいましたが、そのことを除けば、本当にみんなが、彼らを祝福し、応援していくよ、っていう雰囲気がいっぱいでした。

若い人たちの門出に臨席できるのは、この職業の特権ですね。僕は、そもそもとんでもない学生時代を送ってきたし、その後についてもそんなに華々しい業績があるわけでもないし、私生活だって、とても人生の先輩たるようなことはしていないし、本当にいい加減な人生だし、で、とても「師」ではないため、そんなに気の利いたスピーチや祝辞はできません。今日も、いやいや今までも、いつも大したことを言わずにきています。うまくないお話で本当にごめんなさい。

ただひとついえるのは、自分たちの足元をいつもみつめていてほしいこと、そして自分たちのまわりをいつもみつめていてほしいこと、それだけです。あとは幸せをかたちにする努力を忘れないこと、かな。

でも世界中の君たちよ 気づかないうちにいつからか
大切なものが僕らの 心の外へこぼれていないか

♪♪

ということ。

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吉村元男著「地域油田」鹿島出版会

2009年3月30日発行のこの新刊本の中に、僕の「バスでまちづくり」からの引用があります。拙著を参考にしていただくのは、とても光栄で、嬉しく思い、記事にさせていただきました。本のタイトルをみるだけではどうつながるかわかりにくいですが、読み進めば理解できると思います。

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今日のびっくり

横浜国立大学のキャンパスは、市内保土ヶ谷区の丘陵部分にあります。もともとはゴルフ場でした。昭和52年にこの土地に移転して以降、ものすごいご尽力にて、緑を活かし増やしてきました。その結果として、他の国立大学と比しても緑の多さでは圧倒的と思っています。が、横浜に、港、海、などを期待して入学した人たちはショックなのでしょう。

よここく川柳

にこんなのがあるんだそうです。

横国大 どこが横浜 だまされた

別にだましていません。勝手な思い込みだけでしょうに。むしろ、この緑、以前はたぬきもいたこの緑を誇りに思いたいところです。この話、続きは後日。

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言葉遣いのこと @高知ゆきの飛行機で眠りながら

言葉遣い

自分の講演のテープ起こしを読むと本当に嫌になります。日本語が美しくない、そして正しくない。話し言葉だから、正しいかどうかは気にせずとも、伝わればいいでしょうと慰めてくださる方もいる。日本語文法だってデファクトの体系化であって時代とともに言葉は変化していくともいう。そうだとしても、自分は美しく正しい日本語を扱える日本人になりたい。常にそう思っています。さらにいうと、正しくても、癖になっていて止めたいと思う表現もいくつかあります。同業者の中には、学者向けの講演と学生向けの講義と一般市民のみなさん向けの講演で言葉遣いを変える人もいますけど、僕はそれも抵抗があります。聞き手の気持ちをひきつける話術というのはきっとあるのでしょうが、それは言葉遣いとは違っていていいと思います。

さて、具体的な例示をします。

自分では使わないという自信があるけど、だめなもの:「○○的」と「○○性」をなるべく避ける、「僕的」なんていうのは言語道断。

一部の学生さんのレポートで出てくる話し言葉からきたもの:接続詞の「あと」、「ていうか」 これは話し言葉としても避けたい。

有名な文法例:れぬき言葉。「食べれる」→「食べられる」、というやつ。ここのところ一緒にお話しする機会の多い僕の大好きな友たちの一人は、その若さにもかかわらず、このミスを絶対にしない。感服です。

書き言葉で自分が学生の頃注意されたこと:「思われる」は論文では使わない。あまりに軽すぎる。

最近気づいてしまったもの→これが今悩みの種です。これからいく講演では、実験的に、意識的にこれらのフレーズを避けようと思います。
  「実は」 これは使いすぎると迫力にかける
  「という気がする」 気がする程度のことを多用しているのもかっこ悪い

さて、どうなることか。

追記 朝から大騒ぎの高知行き

JALからいただいたクーポンでクラスJにアップグレードをお願いするべく、朝家を出てすぐJALに電話。オペレーターお姉さんの不安そうな声、「予約がそもそも入っていません」。ズドーンです。一日間違えて、それも一日前の便で予約を入れていていたようです。当然昨日は富山でしたから乗っていないわけで、正規往復割引運賃がそのままパーに。でも乗り遅れ払い戻しという制度があって8割近くは戻りました。すぐに予約をとりなおし、なんとか高知にいけることに。あとは順調です。機材は新型737-800で通路は狭いけどいすはゆったりしているし、クラスJは満席で乗れなかったけど、後方座席はとても空いているし、右の窓から富士山がとてもきれいにみえたし、CAのお姉さんたちはどなたも美しくスタイルよく(姿勢よくという意味です、誤解なく)、応対よくだし、仕事もできるし、快適です。

それにしても搭乗日を間違えて予約するとはね、過労から注意力が散漫になっているのかな、一昨日に確認したはずなのに、でも座席と時刻は確認したけど日付はみてなかったかもね。でも、こんなの初めてです。完全に自分のミスだし。今後要注意ですね。ANAみたいに搭乗の一日前に案内メールが来るようにセッティングしておこう。

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読売新聞の人生案内から

3月1日付の相談は、大学に入ったものの第一志望ではないために、いまでもわだかまりがあるという話でした。我が大学にも第一志望ではない人たちがそれなりに入ってくるようです。そもそも第一志望という考え方もちょっと怪しいです。高校生のとき進路を決めるとき、受験校を決めるとき、自分の夢、希望そして成績と勘案して決めると思います。そして模試の結果などからそれを調整していざ志願票を記入し、現代ではさらに、センター試験の自己採点結果をみながら最終判断をします。さて、第一志望とはどの段階のことなんだろう。本当にやりたい夢、本当に行きたい大学というのをしっかりもっているのだろうか、偏差値で大きく決まってしまっていて、志望理由なんかは後付けなのではないだろうか、ときどき心配になります。

その一方で、現実はなかなか厳しくて、思うようにできないことも多々あります。で、ある時点での自分の想いと今の自分の実際のギャップに悩むのでしょう。でも、選ばなかった選択肢が必ずしもいい選択とは限りません。結局1つしか選べない決断では、選ばなかったほうのことをくよくよしてはいけない、そこに尽きると思います。

さらにもうひとつ、大学の4年間をどう過ごすか、それは個人の努力と工夫で結構どうにでもなるし、そこさえ間違わなければ、卒業後にそれほど大きく困ることはないと思います。自分がたまたまでも入ってしまった環境の中で、最大限どう生きることができるのか、実にいろいろな可能性があります。

我々の例でいうと、建築学を諦めて土木工学に来る人たちがいます。いつまでも拘り続けて行き詰る人、拘りは残っているけれど4年間は土木で過ごすと決めて卒業後に別の進路にいくひと、気持ちを切り替えて現実を享受する中で土木工学にはまっていく人たち、いろいろです。行き詰るのでなければどちらもありでしょう。そして僕は、自分の力はきわめて微小ですが、それでも助けられる限り、助け続けるつもりで生きています。現場をみることで土木になじむのではと思ったとき、僕は、ものすごい数の見学会をしかけました。仲良かった学生さんたちからの声をはじから現実にしていきました。同業者の誰に言っても驚かれるくらいの量と質をやっちゃいました。それで果たして何人の子たちを救えたんだろうか、自己満足なだけかもしれない、と今でも思いながらです。

いずれにせよ、大学の先生も、けっこう、教育という点で、いろんながんばりをしています。僕はだめだけど(オープンキャンパスに来た人はわかると思います。ね)、講義の工夫でものすごい人もいるし、研究室の運営ですごい人もいるし、なかなかのものです。

横国土木に来てよかった、そう思ってくれる子たちを一人でも増やせるよう、こちらも走り続けます。

そんなこんなの経験を毎年みている僕からみて、今日の回答は簡潔明瞭ですばらしかったと思います。

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ビッグコミック2月25日発売

2月25日発売号のゴルゴ13.「日本土木工学会」の会長の講演会からはじまっていました。内容をここに書くわけにはいきませんけれど、土木工学分野でない方に読んでいただけるとおもしろい部分が多々あります。後編は3月10日発売ですので、それも読んでいただけるといろいろわかりそうです。建築は技術という部分とともアートの部分が強く、だからこそ建築家がいるのでしょう。土木工学は技術者ですから、そうはいかないということでいいと思います。僕のやっている計画もプランナーという仕事がありますが、アートではありません。でもエンジニアともちょっと違ったりします。いろいろと考えるのは楽しいけれど、本質はわりとはっきりしています。

今日は前期日程入試の面接試験でした。質問項目なんてだいたい決まっているので、受験生のみなさんも回答をしっかり用意していらっしゃいます。僕らは、その用意された回答の中身よりは、目線や声、そしてそのあとの問答でのリアクションに興味をもっています。この子は入学した後、いろんな悩みや壁があっても、切り抜けて、しっかり育ってくれるだろうか、僕らが夢を託すに値するだろうか、そんな思いで、平成生まれの子たちをみています。

少人数教育を標榜していますので、それに憧れて受けに来ました、という受験生はそれなりにいます。でもその中身をどう思っているのだろうか?国立大学であれば、教員と学生の比率はおおよそ決まっています。それをどう運用して何人のクラスにしているのか、どういうカリキュラムにしているのか、そこはむしろ高校生のほうから聞いてくだされば、僕らも実際を伝えられます。ひとつだけ言えているのは、うちの横国シビルの先生たちはとても熱心なので、結果的に学生さんと教員集団の距離は近いです。

横浜という地に憧れて受けに来る人も結構います。僕らの教育自体はその思いにそれほど答えられないかもしれません。ただ都会で遊びたい、都会に住みたい、魅力的な街に住みたいというのは人生の重要な動機かもしれませんが、大学の魅力ではないので、あまりとうとうと話されてもちょっと困ってしまいます。

何はともあれ、きちんと考えることのできる期待の星となる子たちにたくさん会える面接試験はなかなか充実した時間でした。

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先生の一週間

大学の先生への誤解

夏休みや春休みが長くていいですねえ→それは学生が休みであって、学生向けの講義がない期間が長いという意味で、我々は休暇ではありません。試験の採点、入試(大学入試だけでなく大学院入試とか編入試験とか留学生とか、大学入試だってAOとかいろいろある)、その他の雑務が結構あります。その他に、前の記事の野次ではないですが、いろいろな学外の仕事があり、それは結構多いです。その上、講義のない時期に内外各地の視察調査も入りますので、いっぱいいっぱいです。

学校なんかいかなくていいんでしょ?→そういう思い込みからか、いろいろな資料を、どこで調べたのか自宅に送ってくださる方々がいます。固いことをいうなら、源泉徴収のためにお教えした住所をそれ以外の目的で利用することは法律に触れると思いますが、資料を自宅に送られるのは実はちょっと困っています。よほどの事情がない限り、職場への郵送をお願いしています。それはともかく、私立大学の先生よりは余裕があるとはいえ、それほど余裕はありません。で、ここにちょっと公開します(後悔するかも)。

2009年度の前学期

月曜 0850 研究室英語ゼミ 1100 教員会議 1400 教授総会(年数回)
火曜 学内の用事はない
水曜 0850 大学院生向け英語講義 
    0900 研究室ゼミ 午後は学内の用事はない
木曜 1030 3年生向け講義 1300 2年生向け講義
    1500 オフィスアワー&モビリティデザインワークショップ(後述)
金曜 1000 工学研究院等代議員会 1300 研究室定例会&全体ゼミ

といった具合です。講義室での講義3つ、研究室での勉強4つが中心にまわります。新年度はきちんとオフィスアワーがとれるのでとても嬉しいです。その分、学外の国や地方自治体や学会とのお仕事にはいろいろとご迷惑をおかけするのですが、これで半年間すすめてみます。

で、モビリティデザインワークショップは、学内の土木工学の学生さんたち有志と僕でやるワークショップで、4月16日から毎週やります。当面は、横浜駅西口大改造の対抗案づくりをやります。単位にも何にもならない草の根活動ですが、続けます。4月30日の谷口綾子先生のようにゲストスピーカーをお招きすることも何回かします。学生さんで、すでに横浜駅西口の件で僕に申し込んでいない人で、この活動に興味のある人は僕にメールで相談してください。キャパオーバーにならない限り大丈夫です。

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まともな人

教養 = 人の心をわかる心

というフレーズ(もともとは養老先生の著書)が、今日の一押しです。大学の教養教育で、みんなは「教養」を身に付けているのだろうと思いますが、果たして、果たして。僕もまだまだですね。でも、わかる努力さえも放棄しているのは、やっぱり許したくない。

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守られていることを時に感じながら

教授としてひとつの研究グループをかかえ、いくつかのプロジェクトでもリーダー役を仰せつかっている身でありながら、未だに、守られていると感じるときがあります。

僕を横浜国大に呼んでくださった大蔵先生。もうご逝去されて5年にもなるのですが、今でも守られていると感じるときがあります。そして、自分が教授職になってから、当時、先生はこうやって守ってくださっていたんだなと実感することもあります。心の中では、どんなに感謝しても感謝しきれないくらいの気持ちでいつもいっぱいです。横国の交通工学の次の展開に向けて、新年度から始動します。

自分の直接の恩師に至っては、本当に未だに、です。自分がまだまだなのを反省するのはともかく、年齢を重ねれば重ねるほど、次の世代、次の次の世代、教え子たちのことをあれこれと案じるようになるのですが、きっとそういう習性は、萎むことなく、むしろ広がっていくのでしょう。僕の場合、まだ日本人の教え子が同業にはついていないのですが、同業の教え子を持つようになったら、きっとそうなっていくんだろうな、という気持ちです。

ただただ素直に、自分のまわりの人たちをありがたく思える、とがるのも、突っぱねるのも、しょうがないかもしれないけど、感謝する気持ち、そしてまわりを思い遣る気持ち、もっともっと、溢れて止まないくらいでいたい。人にこうなって、という前に自分がそうなっていこう。そしてそういう自分をみんなに見てもらおう、といったところです。

100歳を超えた祖母はとても元気です。寿命と病気は別もの、内蔵が丈夫なことが大事、そう聞くだけでも元気が出ます。食事は侮れません。元気の出る食事がある、ということは、元気のなくなる食生活というのもあろうかということでしょう。若い人の多くがそうなんじゃないのかな、おいしいものをおいしく食べること、これももっと研究室で応援しようと思いました。グラッチェディナーももっとやろう。知と笑顔があふれるよう、みんな、もっとやさしくなれるよう、3×3が8にならないよう。

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存亡の危機か 悪あがきと言われようとも

わが横国シビルコースの志願倍率が低いようです。大学のホームページに数字が出ています。http://www.ynu.ac.jp/admission/undergrad/siganH21.pdf

2月4日締め切りなので最終形はわかりませんが、1月30日時点では、横国の中でいちばん倍率が低いことが確認できます。これはコースの存亡の危機とも言えます。うち、ちゃんと教育しているし、在学生による評価も社会からの評価も高いし、ついでにいえば、偏差値もものすごく低くはないのに。

わかりやすい仮説をひとつだけあげます。土木工学志望の総数のうちの、偏差値で輪切りにされている部分が横国シビルに志望するとします。受験者数は、土木工学志望者総数に輪切りの幅の割合をかけたものになります。世間の風評その他により総数は減少しています。偏差値は昨年の合格者の実績で決まりますから、それなりの値になります。でも、旧帝大や東工大などの偏差値がそれほどすごく高くなければ、輪切りの幅が狭くなります。結果として積の値は少なくなります。我々の教育の努力その他とは別のところで決まりそうです。その上、他の大学が受験者確保に特段の努力をされているとすると、そこでなおのこと差が出てしまいそうです。

うちのコースは、これから教育内容をより一層グレードアップしていきます。僕自身は、新年度主任になるようなのですが、それは別として、次の2年間、コースとしての教育のグレードアップに全身全霊を捧げる所存です。ここではその中身は公開できませんが、これからの数年間で、我々は大きく変わっていきます。

ということで、倍率の低い今年、横国シビルは狙い目です。まだ2次試験応募されていない方も、ぜひご検討下さい(読み返すと本当に悪あがきみたい)。

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流行語に乗るのは好きではないのですが

CHANGE していくことになります。どの研究室もきっと、いろいろな特徴があって、それは見る人によっては素晴らしくみえ、また時には問題にみえることもあるのだろうと思います。我々の研究室は、いろいろな意味で転換期なのだろうと思っています。そして恥ずかしながらいくつかの問題点も抱えているようです。

交通のそして都市の勉強を楽しく前向きに行う環境の再生を第一に、必ずしも学会の最先端ではなくても、オリジナルなアプローチで、そして切り口で、交通と関連するまちづくりを、実社会でがんばっている人たちを応援することができるような、それは直接的でも間接的でも近未来的でもいいのですが、そんな成果を出すことのできる、存在感のあるグループへと、立て直していきます(前は規模は小さくともそうだったと思っていたのですが、いつのまにか、楽しく勉強できていない人もいるような、成果物にも少し陰りがあるような兆しを感じないわけでもないと思うときもあったりするわけです。みんながんばっているんだろうけどね)。

大学を選ぼうとしている人たち、大学院を考えている人たち、あるいはこれから研究室を選ぼうとしている人たち、選択は慎重にね。そして、自分は何を勉強したいのだろう、もう少し年長の方々向けには、自分は世の中で何をしていくんだろう、そう考えたときに、もし、もしもですが、僕あるいは僕らと一緒にまちを歩いてそしてまちを勉強したい、という人がいれば、大歓迎します。教育者としても研究者としてもまだまだ一人前ではないのですが、それでもよければ、一緒に歩いてくれるのなら、僕は最大限頑張れると思います。

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思わず プッ と笑った先生たちもいました。

本日の教授会の選挙にて、新年度の工学研究院システムの創生部門の部門長の大役を拝命することになりました。部門を構成する先生方の集団で、選挙に際してはいろいろなことが起きるのですが、票が割れると、ひょんなことから大穴があたることもあるようで、投票結果が告げられた時、僕のまわりの複数の先生が、プッと吹き出しそうになるのを、僕は見逃しませんでした(ちょっと失礼では、と思いつつも吹き出すのもよく理解できます)。かくいう僕は、頭の中が真っ白です。

約2年前にマンションの理事長に欠席裁判で指名された時以上の衝撃でした。いずれにせよ、来年度は職場でのとりまとめ役として、かなりがんばらなくてはならず、かついろいろな学内打ち合わせのために学内に拘束される時間が増えることになります。その分、隙間時間も増えるので、研究室の学生さんたちにとっては、実は僕に会うチャンスが増えることになりそうです。外部の仕事は、今までのようにはお引受けできない可能性があります。前学期も後学期も火曜以外はほぼ大学にいなくてはならない見込みです。あらかじめご了承ください。

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思い出したこと

92年、アジア工科大学に赴任してすぐのころ、職場でさみしさが募った時期がありました。それまで東大の助手、それも都市工学科の学部演習を担う、学生のたまり場である製図室の真向かいの部屋にいた身分から、いきなり個室をいただいたわけで、静かな環境の毎日でした。同じころアジア工科大学にいらした日本人の先生にちょっと漏らしたところ、研究は一人でするものだから、孤独なのは何の不思議もないよ、と言われました。

研究を推進するところでは、特に個人個人でテーマが違う状況では、個人が主役で、あくまで個人の中でのお仕事なのだろう、ということはよくわかります。

しかしながら、

たくさんの人が集う研究室の意味はどこにあるのだろう。単なる同居人に過ぎないのだろうか。きっと違う。それも、僕のやっている計画分野は絶対に違う、ということを思い出しました。

学部4年生のとき、僕は、ただただ久保田さん(埼玉大学教授)に憧れていました。彼を中心に、大学院生室では自主的な勉強会がありました。個別に研究テーマを抱えながらも、院生室では、まちづくりや計画についての視野の広い、いろんな議論がありました。

それからだいぶたって、恩師の太田先生のお誘いを受けて、国際交通安全学会に出入りするようになりました。当時、そこは、ほんとうにサロンという言葉がぴったりの素敵な空間でした。いまもその雰囲気が十分残っています。もしかしてローマクラブもこんなんだったのかと思ってしまうくらいです。

横浜に来てすぐのころ、当時の修士1年の土方君は、しょっちゅう僕の部屋に出入りしていました。部屋にある本がおもしろかったのが大きな理由だったと記憶しています。出入りすれば、その中でいろんなお話もできます。

また時はさかのぼって、東大時代。お茶の時間が好きでした。恩師の新谷先生のお話を聞くのも(たまに辛かったですが)とても楽しかったし、先生も含めてみんなで、都市や交通の話を、講義や研究指導とは別の文脈でできるのが楽しかった。

もう一度時計を最近に戻して。いろいろな仕掛けを東京急行電鉄の方々と仕組んでいますが、そのアイデアや準備の議論は、100%アルコール付でやっています。お酒がなければコミュニケーションできない、ではなくて、いろんな議論を自由にする中でアイデアが出てくるんですが、自由にゆっくり議論をする場が昼間はなかなかとれない、ということです。

僕たちの研究室は、交通を基軸においてまちづくり、都市計画についての知性の宝庫でいたい、と思っています。知の発信もそこからできるくらいのイメージです。そして、その土台が、上に述べたような意味でのサロンだといいなと思っていました。静かな環境は期待できないけど、そこに来れば誰かが居て、いろんな刺激的題材もあって、先生も学生もいて、話をしながら、まちづくりに想いを巡らせ、そこにいろんなヒントが出てくる。そんな空間が欲しいと思っていました。で、そういう空間があることが、学校に来る大きな動機付けになればいいな、とも思っていました。

研究室の規模が大きくなり、ある意味、長たる僕がふがいなく、かつ時間に追われる毎日になっていて、その結果、そういう想いも、どこかに消えてしまっていました。

学生さんたちの研究室での生活が、僕の思い描いているものとは、どうも大きくかけ離れているような気がしてなりません。これではいけない、そういう想いを確信しました。

その昔の日本橋コンペも、羽沢駅のまちづくりも、産学チャレンジも、そういう文脈だったはずです。303号室をゆったりとしたデザインにしたのも同じ発想だった。うん、思いだしたし、全部つながったよ。

僕は、僕らしさをもっともっと前面に出します。少なくとも、僕と勉強したくて、という思いで来てくれた人達が、後悔することのないようにするためには、いろんなことを変えなくてはいけません。僕の研究室は、日本中のどことも、いや世界中のどことも違うよ、良くも悪くも僕の個性丸出しだよ、となるよう、これから2年かけて、変えていきます。関連する方々、覚悟のほどをよろしくお願いします。

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工学院大学の都市交通計画 期末試験を終えて

この科目については、独特なことをいくつかやっています。期末試験については、最終回の講義で問題をそのまま公開します。そして試験当日は一切持ち込み不可にします。これは、とても効果があります。ただし、学生さんが3年後学期という、かなり成熟した人たちだからできることだと思います。問題を難しい記述式にしても、きちんと考えてくるだけの能力が備わってくる年代だからですね。

で、講義の感想も書いてもらいました。配点される問題なので、多くの学生さんが一生懸命書いてくれました。宿題がきつい、最後のほうの講義はちょっと急ぎすぎ、などというお叱りもいただき、かつ多くのおほめの言葉もいただきました。いつも一番前で聞いていてくれていた女の子3人組みの一人の子(今年度一番まじめにみえた女の子)が、時間がなかったせいか、感想を書いてくれなかったので、ちょっとがっかりしていますが、それでも、授業評価アンケートでは尋ねられていないところで、みんなが僕を認めてくれているのが、実はとても嬉しいところです。

体力的には非常勤講師は決して楽ではないけれど、この仕事だけは、先方から肩をたたかれない限り続けていたいという気持ちを新たにしました。

工学院大学の受講者のみなさんへ、半年間付き合って下さって本当にありがとう。どうぞお元気でお過ごし下さい。ご縁あれば、またどこかでお会いしましょう。

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大学の専門教育の意味

1月6日付読売新聞で、国際基督教大学の元学長の絹川正吉先生のご見解が掲載されていました。本当にその専門の道に行きたい、ということではなくても、その専門の入口に触れることで人間は大きく成長する機会を得る、というようにも理解できる一文でした。子どもが大人になろうとしているときに経験するさまざまな葛藤の意味付けの機会でもあるのでしょう。

僕が挑戦している分野が、いい素材なのかどうかわかりませんけれど、まちづくりを考えていくことが、人間を成長させてくれるのはきっと間違いないと思います。たとえまちづくりの専門家にならないとしてもいいのかもしれません。実際、僕の講義を受講している学生の80%は僕の研究室には来ないし(機械的な振り分けの結果です)、そういう人たちにとっては僕の講義っていうのは、きっと違う意味なのでしょう。一時はそういうのが解せないでいましたが、もうここまで年をとるとそういうことも気にならなくなってきました。先生がのびのびとしている(のびのびたではなく)、そこが原点だということでもあります。

今年は、魔法のメニューを増やしつつ、もっともっと本当の意味での「いい」先生をめざそうと思いました。

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年賀状ありがとうございました。

多くの方から年賀状をいただきました。ありがとうございました。学生さんたちやOBOGのみなさんからの年賀状に対して、すべてお返事を用意する予定ですが、少しお時間をください。

僕の横国での教え子さんたちも、上は30代後半になろうとしています。仕事がどんどん忙しく、そしておもしろくなる中での報告、家族が増えていく報告、特に女の子が働く女性に、そしてお母さんになっていく報告をいただき、自分の年齢を感じるとともに、みんなの人間としての成長をただただ嬉しく思っています。

土木のそれも計画系の分野での仕事をしている人も多くいて(当り前ですが)、彼らに対しては、いろいろなかたちで応援していたいな、と思っています。何年も続いてしまっている公開講座もその一環なのですが、そういう意図をわかってくれる人が少しずつ増えているようで、嬉しく思っています。内容的にはまだまだ課題は多いですが、僕に出来ることはどんどんやっていこうと思います。

僕が本当にみんなに伝えたいことは、細かい知識でも、海外のおもしろ話でもなく、土木工学でもなく、もちろん建築でもなく、僕自身もまだよくわかっていない、まちづくり、っていうのを一緒に考えていく上での心構えのところにあります。一緒にたくさん勉強してくれたみなさんはこれで十分に思いだしてくれると信じています。僕もまだまだ成長しますけれど、みんなももっともっと成長してください。

賀状の上ではみんな元気そうだけど、ダイジョウブかな、みんなとゆっくり話せる機会があるといいですね。

それにしても、多くの方が、からだを心配して下さり、なんだか感謝を通り越して、申し訳なく思ってしまいます。まわりを心配させるようではいけない、というのが正直な気持ちです。そして、市川団十郎さんではないけど、自分の命に対しては、やれる限りのことはすべてやって、それでもだめなら運命として受け入れるにせよ、命を全うするためにやるべきことを全部やる、というのが基本のようにも思えてきました。いつぞやの高知での講演のように、せっかく会場に多くの人がいるのに体調悪く十分なお話ができない、なんていうことのないよう、健康には気をつけます。

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またまた学生さんの快挙の報

IAESTEのテストにわが研究室の学生が受験して合格したとの報告をいただきました。IAESTEについては下記参照です。

http://www.iaeste.or.jp/jp/index.htm

わが研究室ではこれで二人目になります。他の研究室からの受験はないし、他の学科、学部からの受験もないようなので、我が大学としても二人目かもしれません。国際的にがんばろう、という気持ちの子たちが研究室に来てくれて、僕のつたない指導にもかかわらず、自分で成長していってくれて、こういう機会にチャレンジし、そしてみごとにチャンスをつかんでくる。自分がそういうことをできていない人生を歩んでいるだけに、我がことのように嬉しいです。

よかったね、お祝いしましょう(また飲み会の名目を増やすことができました、わーい)。

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つながってゆくんだ

海外に留学している教え子からメールが来ました。僕に出来る相談だったので、ふたつ返事で了承です。前を向いて、いろいろあっても、くじけずにがんばっている子たちのためなら何でもできます。

朝の電車で、今は働いている教え子と一緒になりました。彼女ももうお母さん。我が家と同じ小児科を主治医にしている、というところから盛り上がったりしますが、話しだせば、やっぱり昔のまま、変わらないね、僕も変わらないけど。仕事の内容が、僕のやっていることに大きくかかわっているので、それはそれで話がやっぱり盛り上がります。

いろんなところで教え子さんたちに会います。偶然会うときもあるし、教え子さんから連絡が来ることもあるし、稀ですが、僕から会いに行くこともあります。

全員というわけにはいかないけど、みんなつながっていくんだな、って思えるのは実に嬉しいものです。普段連絡なくても、このブログだけはみている、なんてやつもいるかもしれないし、相当に疎遠になっている人もいるのでしょうけど、どんなかたちにせよ、つながっていくんだな、ってときどき手応えがあると、他にいくつも厭なことがあった一日だとしても、かなり救われるし、幸せを感じます。

みんなに恥じないよう、きちんと毎日を生きていきますね。まずは睡眠時間を確保するところからかもしれませんが。

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東急電鉄との合同ゼミ

恒例になった東京急行電鉄との合同ゼミ、今回が第三回です。(以前渋谷駅工事見学のときにも宴会があったので、東急電鉄との宴会は4回目だったりしますが)。

当方からは、首都圏の鉄道需要構造変化の分析、インセンティブ導入による朝ラッシュ時需要分散の可能性、道路のプライシングと鉄道のプライシング、有料道路の通行料工夫を組み合わせることの意義、の3つについての学生発表と、僕のちょっとした講演からなる2時間のイベントです。

東急本社にお邪魔して、東急の社員20名以上の方々の前での発表です。こちらも学生20人弱いましたが、なかなかの盛会でした。

こういう機会は、わが研究室ならではだと自負しています。こういう活動にとても寛容な東京急行電鉄の各位に深く感謝します。その後の宴会は、合コンスタイルということで、東急の社員のみなさんとうちの学生が混ざりあう座席配置での3時間。将来東急電鉄を志望している学生の相談という少しシリアスな話から、同郷同士の盛り上がり、その他いろいろ、みんなとても楽しそうでした。学生同士の飲み会ともOBOGとの飲み会とも、先生との飲み会とも違う、とても楽しい会でした。

こういう活動を多面的に続けていくことで、僕等の社会貢献も少しずつかたちになるし、学生さんたちは、間違いなく、少しずつかもしれませんが、成長します。

学生さんたちへ、みんなががんばってくれるかぎり、僕は、いろんな魔法をつかって、みんなをより充実した方向に引っ張っていきます。疲れるときも、しょげるときもあるかもしれないけど、みんな、自分のペースでいいから、僕と一緒に歩いていこうね。きっとダイジョウブだよ。

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そして帰国の途へ

バンクーバーは日本と17時間の時差、まだ土曜の朝8時前です。9時半にはホテルをチェックアウトして空港へ。現地土曜正午前のJAL便で日本時間日曜午後3時前に成田着の予定です。

チューリヒでの国際会議参加と現地視察、バンクーバーでの現地ヒアリングと現地視察、一度にまとめて行えてとてもとても充実した出張でした。

チューリヒでは、いつもお世話になっている計量計画研究所道路計画研究室の方々と合流し、今回もまたお世話になりました。ここに御礼申し上げます。

バンクーバーでは、年末そして年始の特集記事執筆のための調査出張ということでがんばっていらっしゃる某新聞社のS記者さんにご同行いただき、ヒアリングと現地視察も一緒に動いていただきました。お夕飯(バンザイバーガー)もご馳走になり、本当にお世話になりました。ありがとうございました。彼女はこの後も、オタワ(積雪注意?)、デンバー、大西洋をわたってリーズまでヒアリング調査が続くとのこと、お体に気をつけていただき、実りある調査そして記事執筆となることをお祈り申し上げます。

ということで、結局は、僕は、いつもいつも、なんどもなんども、そしてきっとこれからも「気づかないうちに」、いろいろな人に、「助けられて」きているということです。自分ひとりの力なんてたかが知れています。これを少しずつ、少しずつ、恩返しをしていくのが、僕の残りの人生のテーマでしょう。教育をがんばる動機付けのひとつもここにあります。

でも、がんばってもがんばっても、助けられている場面のほうが多いままで、なんというのか負債が減らない状況かもしれません。それでもがんばっていくのでしょう。

もうすぐ家族に、みんなに会えます。

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祝 研究室学生 最優秀賞&優秀賞受賞

「神奈川産学チャレンジプログラム」というのがあって、県内の大学と社団法人神奈川経済同友会が協同し、産学連携による人材の育成を目的としています。2008年は第5回でして、今回、はじめて、研究室で学生有志によるチームを複数つくって、38ある「研究テーマ」、神奈川経済同友会の会員企業が、日常の経営課題の中から提示していただいたものですが、これらのうちの3つに挑戦しました。

で、先日、審査結果が届いたようで、1つは最優秀賞、つまり一等賞、もう1つは、優秀賞、つまり2等賞を受賞したようです。あと1つは残念ながら3位以下だったようですが、それでも研究室で2つ受賞するのは、とてもすごいことです。

僕らの普段からの活動が、現場指向、実務指向であることの教育効果かなと、いつものように自惚れていますが、そんな僕とは関係なく、研究室学生さんの底力を実感しました。

みんな、すごいね、よくがんばったね。本当に偉いと思います。ちゃんとお祝いしましょう(宴会の予定がひとつ増えるのはとても嬉しい)。

受賞式、みんなでいっておいで。ゼミは休講にしちゃいましょう。でも研究もがんばってね。

僕はチューリヒの国際会議を終え、20日に久々の大西洋横断です。憧れのバンクーバーに向かいます。もちろん、とても元気です。

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土木計画学研究発表会に(ちょっと)参加して

土木学会の中の計画系分野の年に2度の大会ですが、計画学研究発表会が、11月1日から3日まで和歌山大学で開催されました。

今回の大冒険は、学生の発表(留学生含めて6本)をすべてポスターセッションにし、ついでに元助手の矢部君の発表も(業務の関連で僕が連名)ポスターセッションにしてもらい、さらに、僕も単著でポスターセッションに投稿したというところです。36本のポスター講演のうち4分の1のものに僕の名前がある、ということに当日気づきましたが(ポスター講演が36本しかないことが問題)、とにかくやっちゃいました。いつもお世話になっている岡山大学の谷口先生のところもほぼ同じことをお考えのようで、あちらのすべての発表4本かな、もポスターセッション会場にありました。

僕の意図は、ポスターセッションのほうが数多く、深く議論ができ、学生さんに有益な点が多いと、昨年の八戸での大会をみて確信したこと、この1点に尽きます。岡山大学の谷口先生に言わせれば、学生の発表をみに、会場をあちらこちらハシゴしなくて済み、大会3日間の時間も有効に使えるというメリットが大きいということですが、僕は言われてはじめてそうかと思った次第です。なぜ僕も単著で発表したかというと、学生さんががんばっているのに僕ももっとがんばられば、という思いと、昨年、ポスターセッションで、美しい谷口綾子先生や、清水哲夫先生がおひとりで発表されているのをみて、楽しそうと思ったのと、同じく昨年、通常セッションにて、僕の尊敬する石田東生先生が発表されているのをきいて、なんだか参加したくなったのと、といったあたりです。

で、蓋をあけてみると、学生さんたちは、多くのことを得たようで、これは大成功。僕のほうは、いろいろな先生が、冷やかしにいらっしゃって、それは賑わっていましたが、なんだかねえ、まあ、多くの先生方に可愛がっていただいていることを改めて実感しました。画質は落ちますが、当日のポスターを近日中にPDFでアップしておきます。

それでも多くの先生(本当に多くの先生が来た)とお話しでき、いろいろな打ち合わせや調整事項もその場でこなし(ポスターセッション会場に行けば中村を捕まえることができるという情報があったようで)、濃い90分でした。屋井先生からは、公共交通と自転車のことをもっとやりたいね、というお話を、喜多先生からはベストプラクティスの学習は、ただの学習ではだめだよ、というコメントを、多くの先生から、リーダーシップというのはどうすればいいのか、首長の選挙だけではないだろうというご意見を、そして、バスの運行の信頼性については、少し説明不足だったようで、何回か説明を求められました。まだまだあったのですが、略します。

いずれにしても、通常のセッションでは得られない深いレベルでいろいろな議論ができました。もしかしたら、僕がいちばん得をしたかもしれません。羽藤君とはある約束を交わすに至り、藤井先生とは、岡山の中道さんのポスターの前でちょっとふざけてしまい、といろいろありましたが、とても楽しかったです。

ただ、延べ3時間近く立ちっぱなしでしゃべりっぱなしは、ちょっと疲れました。今度やるときは小さな椅子を持参したほうがいいかもしれません。

翌3日は、公共交通のセッションで司会をしました。通常のセッションは、間違いなく司会者の力量が問われます。目標は、多角的で前向きな議論をたくさんでき、特に公共交通のセッションの場合には、若い方の頑張りをつぶすではなく、学術的に前進してもらうことと、実際の公共交通の現場に直面して、学者さんたちがどう取り組むべきか、というところを見据えることが大事と認識し、個別の分析手法や問題設定の姿勢について、こまごまと議論することのないよう、個人攻撃にならないよう、適度な緊張感と適度なリラックスを演出しようとがんばりました。果たして出来がどうだったかは、参加された方の評価に委ねますが、何回やっても完璧ということはあり得ない、でも楽しい仕事です。

で、もっと長く居たかったのですが、諸事情により、早々に帰京しました。

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進路指導

横浜国大のシビルコースでは、少人数ということを活かして、就職担当の先生が、学部3年生と大学院1年生、すなわち1年半後に卒業あるいは終了する学生全員と面談します。これは、規模の大きいコースではできないことだと思います。

で、僕は昨年、今年と就職担当なので、そういう役回りです。今日も30人弱面談しました。みんないい子たちで、それだけでも救われるのですが、不安でいっぱいな気持ちを、どうやって元気づけようか、自信をもってもらおうか、あの手この手でのお話タイムでした。土木工学の分野で進路を考えている子たちの面倒は教員集団で最後まで対応します。それも、ありとあらゆる手段を使って応援します。他大学や他学科には負けません。

正論を振りかざすならば、いくらでも厳しいことをいって突き放すこともできるし、社会に出たら厳しいんだから、今から慣れておけということもできますが、そういう作戦が実を結ぶためには、いくつかの背景条件が必要で、どうもそうでもない場合が多いこと、そして、そもそも僕は、他人に社会の厳しさを教えるほどの資格を持ち得ていないこと、などから、学生さんが、怠けることなく、甘えることなく、自分でがんばろう、という気持ちになってもらうこと、この一点に絞ってのアドバイスです。厳しい現実のお話もたくさんしているのですが、彼らを打ちのめすことは目標ではなく、一人で、あるいは仲間とがんばって、一緒に卒業しよう、という気持ちにつなげていくことです。面談の終りに、元気な顔で部屋を出ていってくれれば、それが次のステップにつながれば、御の字です。

でも、もし、そういう僕の気持ちをぶち壊すようなことがあったら、他人を、無意識にせよ、追い込んでしまう、貶めてしまうようなことがあったら、血の通った人間の集団としては、最低かもしれないし、僕は、そういう集団にいることを恥じるのでしょう。大学は、人生の中では通過地点のひとつに過ぎません。勉強するところであって、職業訓練センターではないはずです。社会への適応訓練は十分条件かもしれないけど必要条件ではない。だからこそ、明るい顔で次の世界に羽ばたいてほしいと思います。

まして、僕の分野、まちの計画、ということからすると、隣人の痛みを理解できない、数々の不合理に折り合いをつけることができない、なんといっても本当の意味での優しさのない、そういうプランニングマインドというのはあり得ないと思っています。得てして行政プランナーにそういう傾向があるとすると怖いと思うので、そうならないことを祈っています。集団の中がギスギスした雰囲気というのは、もっともあってはならないんだけど、果たしてみなさん大丈夫だろうか、大丈夫であってほしいと思っています。僕自身、ほのぼのとした環境で生きてきて、それは絶対にプラスだと信じているので、まわりにもそうあってほしいというわがままを持っています。極論すれば、そう思わない人は、まわりにいて欲しくない、とも思っているのですが、仕事柄、それを前面には出しません。

読み返すに、なかなかいい先生にはなっていませんなー。まだまだ修行の身です。

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他流試合のほうが盛り上がっているんだけども

工学院大学での講義、今日は終了後、数人の女子学生が前のほうへ。講義内容への質問でした。なんという熱心さ、テストとか何か関係なく、自分たちが知りたいこと、そして先生が言いたかったことを、確認しようとする強い意欲。こういう子たち、最近、横国シビルではあまりみなくなったような気がして。試験前になると質問に来る人たちは結構いる。でも、試験とかには関係なく、自分の勉強したい気持ちから、というのが以前にも増して少なくて、もっと知的刺激をがんばらなければならないのか、でも同じようにやっていて工学院大学の子は質問に来て、横国の子はあまり来ないっていうのは、少し心配になりました。僕に出来ることはまだまだありそうだから、もう一押しがんばってみます。

ちなみに今日は、2限が新宿で講義、13時に初台に移動して、とある会社で打ち合わせ、その後関内まで移動して、横浜市の交通政策協議会。ここでは好きなこと好きなだけいってしまいました。そして大学に戻り入試関連の打ち合わせ、それから東京は神田の交通工学研究会にいき、機関誌交通工学の編集委員会。11月号の口絵に、鬚をはやしたダンディな佇まいの岡村敏之先生の写真がカラーで出てしまうことになってしまいました(成り行きで)。

それにしても、移動の多い一日でした。明日は1限2限が講義、3限4限がゼミ、その後は共立女子大で打ち合わせ、その後は高校のクラスメートたちとの勉強会(+宴会)です。

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あれ、榎木津礼二郎みたいなこと言ってしまった。

榎木津礼二郎が誰かは、京極堂シリーズをお読みいただくか、隠れ家をみていただくかにします。

ちえちゃんとバスの中で研究打ち合わせをしていて、半分ふざけて、でも半分は本気で僕の価値基準。

研究は、やっている人が面白いと確信してやっていなければいけない。
うちでの研究は、中村に面白いと認めさせなければいけない。

なんて傲慢な先生でしょう。西新宿の母の占いによれば、僕がもっとも人生で気をつけなければならないのは、自惚れと調子に乗ることであり、もっとも心を砕くべきは、人のため、この4文字だそうです。それはよく自覚しているつもりなので、至らぬところは多々あれど、本当に人のためになるようにがんばっています。で、学生さんが研究で悩んだとき、その原点は、上のふたつだよ、という話をしました。

あくまで、まちづくりの実践に近いところでの研究という意味ですが、行政を、市民を、あるいはコンサルタントを説得しきらなくてはならない。自分がおもしろいと思ってなくてどうするんだ、そして、僕(のような素直で単純な頭の人)程度を説得できなくてどうするんだ、という意味です。

でも、思い返すに、おもしろいかどうか、だけで生きている(ように見せている)榎木津礼二郎さんと、そんなに遠くないな、と思いました。僕の憧れですから、ちょっと嬉しい展開でもあります。

それにしても、研究室をきちんと運営してきて下さった岡村先生の留守中にこんなことでいいのかな、でもいいんだ、本当にそう思っているし、ずっとそう思ってきたし、これからもそう思うし。みんなの心が、自分から動くっていうのはこういうことだと思っています。みんな、研究、楽しもうね(もちろん肉体的には苦しいし、生みの苦しみのような精神的な苦しみはあるだろうけど、いちばん根本のところで、自分はこれをやるんだ、という強い意思が、しかも、そのテーマに惚れていることに裏付けされる意思がほしいということでもあります)。

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世界大学ランキング

TIMESの別冊なのだそうですが、ウェブでもランキングをみることができました。

http://www.timeshighereducation.co.uk/hybrid.asp?typeCode=243&pubCode=1

うちが入っていないのはちょっと悔しいとしても、この評価基準でいってアメリカの大学が多数上位に入っているのは、やはりすごいなあと思います。世の中にどれだけ評価されているか、当然ながら評価指標は多面的であるとして、重要なことです。

インターンシップにいった学生さんが、戻ってから、「先生ってすごいんですね」と言ってくることがあります(内心、何を今更、という気持ちと照れ笑い)。企業や官公庁の人が、きっといろいろとあることないこと言うのでしょう。でも、学生からすれば、講義でしかみていない先生が、外でも有名ということになると、やっぱりびっくりするんでしょう。外からどう見られているか、大切といえば大切です。でも、外見ばかり気にして、本当にやるべきことが蔑になってしまうのなら、それは本末転倒なのでしょう。子供たちの教育に、そしてまちづくりにかかわるすべての人たちのために、がんばるという基本線を忘れずにいたいものです(学会のために、というフレーズが出てこなくてすみません。なかなか出ません)。

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どうしても熱くなってしまう他流試合の講義

新宿の工学院大学の建築都市デザイン学科向けの講義「都市交通計画」。みんな交通のことも土木のことも何にも知らないんだから、よーくきいていてね、という気持ちがあふれんばかりになってしまい、どうしてもその方向で熱くなってしまいます。そういう自分がよくわかっているので、この講義では、たんたんとやれば60分弱で終わるだろう内容で臨んでいます。これがいつも90分いっぱいになるわけです。

ビジュアル機材を一切用いず、プリントも最小限に(1日半ページ)、そして、延べ20人近くの学生に発声してもらいと、古風なスタイルの講義ですが、今日も最初っから脱線。需要と供給、行動をみること、選択という概念、行動がかわるということ、をあれやこれやの例示で話します。

横国の学部生にはあまりみられない、彼らのすごいところは、前3分の1くらいだけではありますが、僕がしゃべる一字一句を聞きもらすまいと一生懸命ノートをとっている子たちがたくさんいることです。

今日の講義での最後の脱線は、路面電車が衰退したことの解釈です。モータリゼーションだとか、地下鉄やバスへの転換、なんて答えは求めていません。道路の真ん中を走る路面電車がなぜ渋滞に巻き込まれるのか、路面電車が邪魔なのか、車が邪魔なのか、というふたつの判断をどう整理するのか、ここを突っ込んだ議論をしました。みんなの目と手をみている限り、ついてきてくれていました。この熱心さ、1年間で約10回(本当は15回)しか会えない先生から、聞きだすだけ聞き出そうという貪欲さがあちらにあり、僕のほうは、君ら建築の子たちは、まちの交通をわかっていないんだぞ、それじゃまちづくりはできないんだからね、というスタンスにあり、なんだか、変な真剣勝負です。だから熱くなるんだろうな。

当然ながら、横国でも熱いつもりなんですが、ちょっと質が違います。他流試合の道場破り的なところが、僕の心のあるところに火をつけているのでしょう。でも、同じだけかそれ以上のエネルギーを自分の本務の職場にも注いでいますので、どうぞ誤解のないように。

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雑感 夜中に原稿かくと筆が走ることの例示

研究室の前教授の故大蔵泉先生は、データがばらつくことにいつも細心の関心を払っていらっしゃいました。平均値がいくつか、ということよりは、最大値や最小値、標準偏差でもなく、まずは個々のデータがどのように散らばっていて、そこに何が読めるのかを考えることを重視していらっしゃいました。

ずっと不勉強なまま横浜国大に赴任したばかりの僕は、大蔵先生のそういうご指導を横目でみて、いつも、ほんとうに素直に感動していました。えてして議論が細かくなっていき、大局を見失いがちになるのかと思いきや、そこは絶妙なバランスで、物事をとらえていらっしゃいました。

個性の時代といいます。みんな個性的です。多次元でデータがばらついています。でも、僕は今の時代は何かおかしいと感じるときがあります。先日、これはもしかして漫画かな、で、今の時代を表わす言葉として無関心をあげていました。多様な価値観のもと、個人それぞれにいろんな選択肢があって、みんなそれぞれだから、とここまでは良いんだけど、そのまま無関心にはいっちゃっている。これは一面居心地がいいんだけど、これは社会ではない。昔なかった日本語でキレるというのがあるけど、居心地が良すぎるものだから、ぶつかると痛い。痛みからの防衛本能でキレてしまう。これも社会ではない。

データのばらつきのおもしろさと同じように、みんな個性があることはおもしろいし、きっといいことなんだけど、それはそのばらつきが見えるからだと思います。散布図といいますが、グラフ用紙上にいろんな点が散らばっていて、自分の立ち位置がわかり、他の人の位置もわかり、その間の距離もみえるから、個性になるんだろう。つまり、他人がみえなかったら、それはばらつきとは言わないのかもしれません。

人間が生きていく上で、他者とのかかわりは避けることができない、特に都市では。器用に生きる必要はないけど、他人を認め、受け入れ、かかわっていくことができないというのは、言葉が足りないけど、何かおかしいのかもしれません。また少し飛躍するけど、足りないのは、本当に言葉であり、言葉を使う場面だとすれば、答えはひとつ、もっと話そうよ、もっと泣いたり笑ったりしようよ、というあたりだろうか。誰でもいいから、一緒に大きな声で笑ってみよう、一緒に空を見上げてみよう、虹を探してみよう、見つかったら嬉しいものね。

僕等のまちづくりっていうのは、そういうことを受け入れていく空間や仕組みづくりかもしれません。平均的な人間像の平均的な動きだけでデザインしていたら、きっと大きな間違いをやらかしてしまいそうです。

この話もきっと、モビリティデザインにつながっていく。平均的な様子を描写するモデルなんて、本当のデザインにはきっと使えないんだろう、データはいろいろなことを発見できる本当にそういう意味での宝庫。なのにそれを捨ててしまう研究はちょっと嫌かもしれません。みんなのそれぞれのいい面を活かせない教育も同じ意味で嫌かもしれません。いろんな人たちが集い会える空間が画一的になってはいけない、というのも同じ文脈ですね。

これまでの交通計画だけではまちはよくならない、みんなわかっているのに、次の一歩にいけていない。僕も、この戦いに参戦しているみたいだ。あと5年生きれればいいかな、って思っていたけど、8日朝のニュースをみてたら、あと40年生きてみたいなあ、と思いました。素敵なお爺さんになって、それでもまだ魔法使いの先生としては現役でいて、そんな人生を送りたいから、僕には老後はない。もちろんその時僕の横には素敵なおばあさんがいて、僕のまわりにはたくさんの教え子さんたちがいるはず。

モビリティデザイン、中村流でがんばるぞ。

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バーベキュー大会始まりました。

バーベキュー大会始まりました。

横浜国立大学の土木工学グループ(学部は建設学科シビルエンジニアリングコース、大学院は、工学府社会空間システム学専攻建設システム工学コースと環境情報学府環境システム学専攻システムデザインコース)の学生が一同に介してのBBQ大会です。開会にあたり代表教授の柴山先生がご挨拶をされています。これが16時15分。このあと19時まで続きました。みんなとても楽しそうでした。久し振りにあった元気なたくさんの笑顔に会えました。嬉しいことをいってくれる学生さんもたくさんいて、非常に安直かもしれませんが、先生やっててよかったなあ、と思う瞬間です。

いい教育ができることの土台には、こういうことがあるのだろうと思っています。馴れ合いではなく甘えでもなく、学生さんたちは先生たちを信頼し、僕等は学生さんたちを信頼している、それは、いろいろな場面でたくさん交流しているからこそ培われるものだということです。ひとつひとつのイベントは小さなものかもしれませんけど、毎日の規則正しい食事で健康が保たれるのと同様、少しずつの努力の積み重ねというのは侮れません。

本当は建築第一志望だったのに土木工学のほうにきて不貞腐れている子も、はじめての一人暮らしで不安でいっぱいになってしまった子も、失恋してしまった子も、成績が芳しくなくて落ち込んでいる子も、みんな、少しでも元気をもらっていってくれれば、あるいは元気のもらい方を少し覚えてくれれば、それで十分ですね。あとは僕がみんなの期待にこたえられるだけの先生になれるよう、もっと成長しなくては、というところですね。

隠れ家のほうにさらっと書いたけど、当面、魔法使いのような先生、というのをテーマに考えてみようと思います。相談しているうちに元気になる、というのでもいいし、なんだかこんがらがっていることが、話をきいていると解きほぐされていくでもいいし、たくさんの魔法を使いこなせる先生、というのもおもしろいかなと思っています。無論、京極堂さんではないですが、魔法なんてものはないのですが、それでも「魔法」にみえる技は、いくつもありそうです。僕もまた少し成長できそうです。そしてそれはみなさんのおかげです。

高校生のみなさんへ、こんなふうに交流していけるところは、世の中そんなにないですよ。サークルにもバイトにもはいらなくても、居場所をつくってあげられると僕等は思っています。偏差値だけで大学を見ないでくださると助かります。

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ひげを伸ばし始めた岡村先生

2008092703580000

投票結果→賛同1票(ちえちゃん)、中立1票(ご本人)、賛同せず6票〔残り全員)、

さあどうなるか

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顛末その2

雨降って地固まる。自分がここにいること、その存在理由さえをも見つめなおす。学生さんたちも、そして僕も。あなたたちを救うことはできないけど、救われたいあなたたちと、僕なりの方法で、歩みをともにすることはできそうです。新学期、少しぎくしゃくするのかもしれないけど、あなたたちに、横国でよかった、と思えるよう、多くのことを仕向けていきます。みててくださいよ。

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夏がとおりすぎてゆく中で

9月というのは少し中途半端です。世の中は夏が終わり秋にむかっていくし、子供の夏休みも終わるんだけど、大学は9月いっぱい夏休みということで、中途半端です。

それでも、非常勤しているほうの大学は後学期がはじまり、昨日は第1回の講義をしてきました。それなりに覚悟をきめて教室にきている子たちだから、100人近くいても、特に、静かにしろ、などということもなく、僕が話始めると静かになる。そして一生懸命話をきいてくれる。

この講義は、パワーポイントを使用せず、学生さんとの問答をもとにお話をすすめていくという、自分の本務のほうの大学とは違う教授法で教えています。それが成立するだけの意識の高さを信じているからです。僕はその大学にはこの講義時間にしかいません。だから、学生さんたちは必死になるのでしょう。横国だと、学生さんのほうもいつでも中村に会えると思っている分、少し気楽なんだろうな、それはそれでいいんだけど。僕の中では対照的な2つの大学です。

いろいろな委員会も少しずつ始まってきました。10月になると一気に忙しくなります。大学の講義も、学内の委員会も、外のお仕事も、そして出張も、でも、いまものすごくやる気に恵まれているような錯覚かもしれない気分でいるので、きっとなんなく乗り切っていくのでしょう。まわりのみなさんのおかげです。

来週の木曜からいよいよ北欧都市交通視察です。このブログのレギュラー女子学生のまいこちゃん、あさみちゃん、ちえちゃんと、榎本君、河合君、橋爪君との大旅行です。みんなで、たくさんのことを学んでくる予定です。今日のランチは事前打ち合わせをしました。海外が初めてのあさみちゃんは緊張しているよう(にみえないけど)でしたが、大丈夫です。みんな一緒だと、なんとでもなります。

そして帰国するころには、秋がまた少し深まってゆくのでしょう。

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打ち上げ-!!

前の記事にあるように、この3日間忙しくしていました。そのご褒美に、水曜夜は、研究室学生有志による飲み会を実施しました。

今日は夜の時間帯に国土交通省本省で、あの名古屋大学の加藤博和先生とご一緒させていただき、バスについて多くのありがたいお話をいただきました。でその打ち合わせを時刻通りに上、一目散に新宿へ。どこで飲んでもいいのですが、参加するであろう人たちの終電時刻との勘案で新宿になりました。横浜からわざわざ飲みに来てくれたのは、男子2人、女子3人の5人の学生さんたちです。で、みんなでカラオケです。

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写真で右端の男子学生の陰に、もう一人の男子学生がいて、それで全員です。みんな歌うし、あさみちゃんは踊りの新作を披露するしで、笑いの絶えない2時間ちょっとでした。

ブログを読んでくれているみんなは、いろいろと気を遣ってくれ、結局、Amazing Grace、恋におちて、ハナミヅキ、と、それぞれ女子学生さんとデュエットさせていただき、それ以外にも、Re、こころ、たしかなこと、ダイジョウブと歌わせていただきました。学生さんたちの前で歌ったのはちょっと久し振りでしたが、なんとかできました。でも、ピアノで歌いたいなあ、などと我儘を内心抱いたりしました。

気遣ってくれたみんなへ、ありがとうね。とても嬉しかったです。

ジョホールバル以来のストレスも無事にとれました(特にあさみちゃんのお立ち台をみて)。ちえちゃんのCOCCOとちかちゃんの椎名林檎は、えのきちさんの桜坂の比ではないくらい、かっこよかったです。きゃずやが、たしかなことを一緒に歌ってくれたのも嬉しかったです。秀逸はあさみちゃんの、この日のために準備してくれたフリつきポニョでした。マッチョの唄の振り付けは、そろそろみんなも覚えそうです。

ちなみに今回の参加学生は、7月の合宿のカラオケメンバーとかなり重複しており、研究室カラオケ班というのが、はっきりと存在感を示しつつあります。遊ぶときにはしっかり遊ぶ、ちゃんとできて嬉しい限りです。カラオケ班の例会を月に一度はできるといいな、などと班員の意向もきかずに思ったりしました。

木曜は、通称夏休み登校日(投降日ではない)で、研究室での質問受け付けコーナーを日中日長オープンすると共に、優秀で意欲的な若干名の学生と中華街でランチをする企画もあります。さあ、どうなりますやら。

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入試そして審査を終えて

学生さんたちが夏休みの間、大学の先生もずっと夏休みだと信じている人たちが少なからずいます。夏休み中失礼しますという挨拶の電話やメールもいただきます。でも、僕等はそうではないし、うちの研究室の場合、学生さんたちの夏休みも2か月丸々ではありません。

今週は、月曜に高等専門学校からの編入学試験、火曜と水曜は大学院入試、水曜はさらに、一部ですが、大学院学生の審査がありました。

高等専門学校からの編入試験の歴史は、われわれ横国の土木ではまだ日が浅いのですが、それなりに人気のようで、優秀なそしてまじめな学生が数多く受験にいらっしゃいます。ただ、一般に計画論しかも僕等のやっているような実証的かつ実践的な計画論は高等専門学校ではあまりやられていないので、計画系を志望する受験生は少数です。科目の性質上仕方ないけれど、正直にいうとちょっと寂しいです。

大学院入試、今年はたくさん働きました。受験生もよくがんばっていました。よく勉強してきたな、といえる成果を出してくれると、こちらもとてもうれしいです。正式な結果は後日通知されるのですが、とても安心できる結果にただただ満足です。

PEDコースという独特なコースがあり、修士課程なのですが修士論文は書かず、半年おきにレポートを提出してプレゼンするという身分です。で、そのPEDの学生の審査会も水曜に行われました。横浜国大へのスクールバス導入可能性、そしてもうひとつは僕の大好きな街のひとつ、熱海市の中心地区交通マネジメント案提案、ということで僕としてはわかりやすい、半期でちょうどいい作業を伴い、実践的であり、技術的そして学術的なオリジナリティにこだわることない、いいテーマを設定したのですが、担当された学生さんたちの進捗が若干悪く、こちらにも原因があるにせよ、ここですぐに公開できるような内容ではありません。どこか、別の機会にまた報告させていただきます。横国の乗合型構内直通路線のスクールバスはひとつの理想形で、全体のバランスをとりながらそれを成功させる戦略というか道筋があることを示すつもりでした。熱海については、高低差と地区内狭隘道路を工夫しつつ歩行者優先で、駅前と海を見渡せるようにつなぐ案をベースに、効率の悪いバス路線網のガラガラポン再編成を提案する案をつくったことは確かです。いつかひのめをみますように。

それにしても、暑い中、本当にお疲れ様でした。

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教育を見直す中で

研究室の教育ではなく、学部学生の教育ということで2つ。

何度か書いているキーワードですが、信頼関係。いろんなことがあっても学生さんたちを信じていたいと思います。頭の出来はともかく、ここまでの経緯はともかく、勉強しようと思って高い授業料をはらって、あるいははらってもらって大学に来ている。その気持ちを信じていたいと思います。ちょっと躓いても、遠回りしてもいいから、ずるいこと、せこいことはしない、そうあってほしいと思います。僕等、少なくとも僕は、もし何度も裏切られても、それでも信じ続けるんだと思います。それができなくなったら、教員をやめるのだろうとさえ思います。

一方で、みんなの好奇心をどこまで引き出せるだろうか、これは僕のほうの努力目標課題です。こちらはもう少し希望があります。もやもやしていたのですが、それをすべてふっ切った6月下旬以降、講義は少し変わりました。1年生の講義でもオープンキャンパスの模擬講義でもいろんな質問がたくさん出る、これは、素直に喜ばしいことですし、それを公開することで、同じ話をきいた仲間がどういう質問をするのかを知ることができる、これは得るところが大きいと思います。秋学期の2年生の講義、新宿の工学院大学での講義でも取り入れてみようと思います。若造みたいですが、この件では少し成長させていただきました。自分の成長というのは、一生味わい続けていけるはずだとまだ信じています。つまり、これで完成という瞬間はあったとしても、きっとそのすぐ先には次の課題があるはずで、それに気づくうちは、実は幸せなんだと思います。

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ちょっと嬉しくて

会議のあとのディナーのあとの2次会。ステージがあり、グランドピアノがあったけど、プロのお姉さんたちの場なので、耐えました。それはともかく、森地先生、屋井先生、兵藤先生とかなりディープなお話をする機会を得ました。勉強になることが多く、そしてそれぞれの先生のお考えもよくわかり、議論もいろいろさせていただきました。森地先生から英語をお褒めいただき、その他いろいろお気遣いいただき、ただただ嬉しい限りです。もっとがんばろうという気持ちをたくさん持たせていただきました。僕もいずれは、若い人たちに、辛辣なこともいいつつ、もっとがんばろう、と思ってもらえるような先生になりたい、とも思いました。

みなさんに可愛がられているのを実感するのは、とても嬉しいです。

東北大の稲村先生が来年3月で定年になり、3月20日に最終講義、その数日前にバンコクで特別講演があるとお伺いし、バンコクのは聞きにいこうと決意しました。もう14年前ですが、バンコクでのシンポジウムの後、一緒にお話をする機会をいただき、そのとき以来、いつも可愛がっていただいていた先生も、もうそういう御年なのかと思うと、自分も年をとったのかな、と思う次第です。

ステージのお姉さん2人、とても唄が上手で、しかも、日本語の曲を一曲歌っていただいて(なぜかkiroroの未来)、これもなかなか素敵でした。うーん、でも、聞いていると、ものすごく唄いたくなる。その面では、ストレスがたまってしまいました。これは帰国してすぐ発散しよう。

明日は早起き、おやすみなさいませ。

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国際的な学会の理事会を傍聴して

東アジア交通学会のボードミーティングに同席させていただきました。これが今回のジョホールバルへの出張の最大目的です。十数カ国の学会代表が集まる会議で、学会の現状そして今後にかかる議題を1日かけて議論していました。僕は2009年秋のインドネシアで開催される大会に向けての情報紹介をさせていただきました。それ自体は特段の問題はないのですが、開発途上国の研究を支援していくという方向の中では、多くの深刻な議論がありました。若い研究者の動機付けという部分と、本当にアジア各国の将来のためになる研究という部分、限られた財源と人的資源をどうバランスよく活用していくのか、このブログで何度か名前を書かせていただいている森地先生や屋井先生、そして家田先生の考えていらっしゃることがストレートに出てくると、とても勉強になります。ここでもとても書けない辛口の議論も多々ある中で、僕としては、本当に途上国のために、今の僕らができることは何なのだろう、いろんな立場でいろんな課題があるけど、研究者という立場でみたときには何なのだろう、これまで地道にわりと草の根でやってきたことは決して間違いではないけれど、なんだか、もっともっといろんなことができそうな、しなくてはならない、そして何より、したい、という気持ちでいっぱいになりました。目立つ必要はないし、パフォーマンスばっかりも嫌ですが、引っ張っていくためにすべきことがいろいろありそうです。

ということで、開発途上国関連研究のスタンスをよりはっきりそして強化していこうと決断しました。

明日は早朝にシンガポールに戻って、朝のJL便で帰国します。

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前学期総括

テレビ取材が一日延期されたため、ぽっかり空いた1日、すっかり後回しにしていた前学期の試験の採点やら、大学院入試の準備やらをしていました。前学期は、2年生必修の地域基盤計画と3年生選択必修の交通計画と大学院博士課程の都市交通管理学特論の3科目を担当しています(それ以外に研究室ゼミと研究室メンバー向けの英語輪読もやっています。オムニバス形式の講義も1年生の土木工学と社会で3回、横浜市立大学の大学院交換講義都市基盤工学特論で5回です。学内の会議もいくつもあり、そしてご存知のようにこれらの隙間に国土交通省、都、県、市町村、学協会、運輸事業者他といろいろな会議があります。それでも私立大学の先生に比べれば楽なようなので、コメントは差し控えます)。

地域基盤計画の期末試験(穴埋め18箇所、計算8問)はよくできていました。さすがに範囲を絞れば、それなりにこなしてくれる子達が多くて、少し安心です。それにしても誤字がすごい。今回の最頻出誤字は、

寄与 と書くべきところが 奇与 になっているものでした。意味考えてみればわかるのに、ワープロ変換ミスのような間違いを手書きでするところが現代っ子かな。

交通計画の期末試験(穴埋め72箇所、記述5問)は思ったよりはできていないけれど、誰もできていない問題が一問もない、というのが嬉しいところです。もし全員ができていなければ、間違いなくこちらに非があると僕は考えます。でも2人以上出来ていれば、だいぶ気分が楽になります。中間試験が易しかった分、難しい問題として用意した、英国のCTMの図を用いた説明や、ボンエルフ以前に歩車共存を実現したこれも英国のランコーンニュータウンのShared Spaceがちゃんとわかっていた人もいたし、ブキャナンの道路の4段階の道路構成の各段階の道路を英語名で言えた人もけっこういたし、3年生、交通計画の深みにはまっている子が何人もいるようで、嬉しいです。来年度も意欲的な学生さんがうちの研究室にやってくるといいな、と今から楽しみです。

都市交通管理学特論は米国UCBの経済学者スモールの名著の第三版を読み込んでいく中で、モーリングの定理や、ロードプライシングの最適価格計算などの論点を試験にしました。これもよくできていて、嬉しい限りです。難しい本だし、僕も上手に説明できていない部分多数ですが、学生さんたちは、英語でやる講義にもかかわらずがんばっています。

僕はそういうがんばっている、そしてこの分野が好きな学生さんたちを一生懸命応援します。男の子も女の子も、勉強して楽しい、続けてよかった、と思えるだけのものを、僕は用意できていると思います。僕自身、リーダーという資質ではないし、管理能力はあまりないけど、しがみついてきてくれる、あるいは追っかけまわしてくれる子達のリクエストには応えていき、それがチームとしての研究室の原動力というか牽引力になっています(裏を返すと、追っかけてくれなければ後で大変なことになるんだけどね)。

土曜はテレビの取材(出演が確定したらこのブログで詳細を報告します)、日曜夜からジョホールバルです(現地滞在時間は27時間しかないとんぼ返り出張)。これは東大の家田先生の鞄持ちのような会議出席で、実はちっとも気楽ではない仕事ですが、これも何かのご縁、がんばります。帰国は火曜、そして水曜が終われば、個人的打ち上げー、そして夏休みです。 夏休み明けは高専編入そして大学院入試と続きます。

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休暇まであと少し

8月14日から休暇に入ります。7日と8日は比較的穏やかな日々です。そして10日深夜から2泊3日というか48時間のシンガポール(ほんとうはマレーシアのジョホバール)出張、13日午後から夜に片づけをして、という段取りです。

7日は午前中に1年遅れくらいの原稿を仕上げ、午後は片づけ、夜はひさしぶりに交通経済系若手の勉強会への出席でした。

いよいよ第三版になる「まちづくりキーワード事典」。きっとまもなく出版されます。交通まちづくりという言葉もモビリティデザインという言葉も加えない予定ですが、それでも、かなり加筆しました。交通以外のところもだいぶかわっているようなので、楽しみな出版になります。

お昼は、お約束通り、暑い夏の日に大学に来てくれた子たちを連れての外食でした。千華ちゃんのリクエストで、みなとみらいまでドライブして、そこでカレーランチを食べました。往復で1時間20分で済んだのでよかったよかった。行きそびれた学生のみなさん、ごめんね。でも、こういう機会はしばらくないかも。

夜は、交通経済の若手の先生たちの中に僕とあさ美ちゃんで突入?し、議論を拝聴させていただきました。関心の共通点と相違点がわりとはっきりしていて、おもしろい勉強会でした。参加者の中で年齢順でも上から2番目の僕は、今日は静かにしていようと思っていましたが、結局、いいたい放題、発言してしまいました。みなさんがこれだけ一生懸命調べていったら、きっと地方都市のバスはもっともっとよくなるに違いないと思えた勉強会でした。うちのあさ美ちゃんもがんばってくれるでしょう。

あと少しで本当の夏休みです。

8日はテレビの取材に同行する予定で一日あけていたのに、取材が土曜夕方に伸びたこともあって、部屋での片付けの一日になりました。がんばります。

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オープンキャンパス あと6日

8月1日午前に横浜国大のオープンキャンパスにて模擬講義を実施します。いろいろ試行錯誤をしつつ準備をすすめています。

教室は工学部講義棟A棟207号室です。同じ建設学科でも大人気の建築学コースはA202という、詰めて座れば300人は入る教室ですが、僕らのほうは詰めて座って120人ちょっとという、工学部での標準サイズの教室です。さて、何人いらっしゃるのか、かなりどきどきです。こうやってブログに情報公開しているので、受験と無縁の方もいらっしゃるかもしれません。とらぬ狸の皮算用ではないですが、教室が満杯の場合は、受験生、父兄、高校や予備校の先生が優先されるのでしょう(ありえない、ありえない、7年前は30人だったし)。

で、その規模と教室レイアウトに影響を受けますが、インタラクティブな要素をどう組み入れるか、何パターンか用意せざるを得ないようです。ということで、当日の入り具合によって、講義の進め方が変わるかもしれません。中身や伝えたいメッセージは変わらないとしても、見た目とか雰囲気は、ふたをあけてみないとわかりません。

恥ずかしいことに、前にも書きましたが、普段の講義でもそういうところがあって、あたりはずれのばらつきが間違いなくあります。先月くらいから高値安定というか、いつでもハイテンションの方向にもっていきますが、聞いてくれる学生さんの輝き方に大きく影響されている部分はあります。そういう点では、まさにライブなんでしょうね。聞いてくれる人たちによって演奏も唄も間違いなく変わってきますから。

でも、きっと時間に都合をつけて(早稲田と同じ日程だとか)、もしかしたらものすごく遠いところから来てくれる、期待に胸をふくらませているだろう人たちのために、でき得る最高のものを届けられるよう、がんばらなくては、と思っています。とはいえ、所詮、学内授業評価の低い僕ですからね、ここまで書いておいて、なんですけど、あまり期待しないでくださいませ。

以前、近くの高校で出前講義をしていたとき、ちょっと話が難しいところもあったのか、いちばん熱心にメモをとっていたのが、部屋担当の社会科の先生でいらっしゃいました。7年前の講義でも、ご父兄の方のほうが受けていたようなかすかな記憶があります。今回の主役は受験生、高校生だということを、今から肝に銘じますので、このブログ読者の父兄のみなさまもそこのところはご理解くださいませ。

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遊んでばかりではありません。

ブログを読みなおしていると、趣味の記述の割合が増えてきているのが目に見えてわかります。読者層をまったく顧みず(自分のブログですから気にしなくていいんですが)、自分のために書き残しておきたいことを書き始めた結果こうなっているわけですが、気が小さいもので、仕事もしないで遊んでばかりの大学教授、とみられるのもちょっと嫌なので、いいわけめいた記事をひとつ。

国土交通省関係や各自治体関係の仕事のちょうど谷間で、急に予定が重なることはあっても、少し時間的にゆったりしているのは事実かもしれません。でも、研究室には来客がひっきりなしにいらっしゃいますし(なかなかその詳細を紹介できないのですが、楽しい議論がたくさんあります)、わが横国工学部の将来を見据えた戦略に関する会議もあるし、大学にいると研究室の学生さんが相談によく来るし、試験前になると学部生の子たちも質問に来ます。

コインパーキングは、僕の場合、ヘビーユーザーという立場もありますが、まちづくりの中では難しい存在と思っています。高度に電子化された技術を駆使することでのさまざまな可能性の展開、パーク&ライドのようなものへの発展可能性などを考えると、ただた地上げみたいでけしからん、とは言わずに、彼らの力を社会にどう活かすか、そこのかじ取りをしていくほうが、僕の仕事のような気がします。そういう意味で、新しい展開をたくさん考えています。

都市計画道路の見直しでは、その道路計画が、現時点の判断として、本当にいるのかどうかを多面的に評価していきます。費用便益分析だけでは足りず、その道路がなくても困らないことを、交通量の変化だけではなく、沿道地域の開発の考え方にまでつなげていかなくてはなりません。土地利用と交通の連携、空間計画と交通戦略の連携は、どこにでもころがっている重要な問題です。交通やさんが、交通だけで閉じないように、議論を広げていき、そこの意味を少しずつ示していくのも僕の仕事と思っています。

自動車工業会と自動車技術会は別の団体で、前者の機関誌JAMAGAZINE、後者の会員誌オートテクノロジーに、それぞれ原稿が掲載されました。次は交通工学の9月発行号に短い記事、運輸と経済の10月号では座談会、と専門誌での露出は続きます。

箱根のパーク&サイクルでは、日経新聞と毎日新聞に記事がでていて、日経では僕の名前も昨年に引き続きだしていただいたようです。

来週の水曜は、ひさしぶりに記者会見の場にのぞむ予定です(12月の大会のためのプレス)。

土木学会の土木計画学研究発表会、11月はじめに和歌山でありますが、昨年八戸での大会に参加して決断したことを実行できました。学生の発表(千華ちゃん含め6編)はすべてポスターセッションとし、僕自身も単著の原稿を提出し(ほとんど論説ですが、この10年くらいの海外調査の総括をこの1年くらいの各種講演の結論スライドから抜粋してつくりました)、計7本のポスターで乗り込みます。すごく楽しみです。

学部2年生の女の子4人が質問にきてくれました。お菓子をくれたので、それはわいろになるといけない、と思い、僕もお煎餅のお返しをしました。こういうほのぼのした雰囲気は大好きです。時間をみつけて質問に来てくれるのは大歓迎です。でも質問をきいていると、僕の説明の下手くそさが手にとるようにわかってしまい、まだまだだなと思ってしまいます。

オープンキャンパスの模擬講義では、自分のいちばん得意なところを、お話しするので、あまり心配していませんが、2年生前学期のあの講義には、まだまだ改善課題があります。来年に向けて、教科書の再選定からがんばろう。

学外実習の斡旋で2件、ちょっとあったのですが、これも普段から懇意にしていただいている方々のご厚意に甘えるかたちではありますが、なんとか対応をしていただけて、ほっとしています。学生さんが困っていたら、それを助けることに全力を傾けています。教授にあがって、教務関連の実務が減ったので、そういう場面も減りましたが、それでも遭遇するとがんばってしまいます。みんなが理不尽に困ることはあってはいけないと思っています。今でも先生としての気持ちは、十分若いんだな、と実感しました。

模擬講義でふだんの講義よりずっと先進的な試みをいれてしまうと、きっと楽しいのですが、「うそつき」になってしまいそうで、ちょっと躊躇しています(ふだんもこれくらい気合いいれて講義しろ、と言われる??)。でも、お祭りですから、パワー全開でいかなくてはいけません。普段の講義かどうかにはあまりこだわらず、高校生に関心をもってもらうことを最重要目標に、講義の構成を仕上げていきます。

この1~2週間でのお仕事関係のお話はまだまだありますが、備忘録として残すべきことはこれくらいにしておきます。さあ、土曜日だ。まずは皮膚科と耳鼻科からはじまります。

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大学教育のこと 読売新聞朝刊より

7月20日付の読売新聞の朝刊の特集で、大学の教育力向上への取り組みの評価に関する記事がありました。今回は東日本編ということで全国の半分の大学についての記述です。

http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20080703-OYT8T00569.htm

総合評価は5段階で、国立大学の場合、A評価9校、B評価19校、C評価5校、D評価1校で、なんと、わが横浜国大は、C評価(東日本で回答した国立大学34校のうち、29位から33位の間)でした。

ショーーーーーーックです。

ちなみにとっても評価が高いのは、東日本の国立では、山形大学、私立ではICUです。山形のことはうちの内部の会議での工学部長が言及されるのでそうかなと思っていました。ICUは知人を通して知る限り、すごくいい大学だと思っていました。

今回の評価は、4つの学部おしなべての評価だから、これをもとにうちの工学部が、あるいはシビルエンジニアリングコースがどうか、ということはないのですが、それにしても、なんだこれは。しかも、オープンキャンパスの直前に。

総合評価の構造を新聞記事から推定すると、次の諸点が重視されているようです。

 卒業前に退学する学生の割合、
 入学後1年以内に退学する学生の割合、
 入学前および入学後の高校学習内容補習
 同 大学学習内容準備支援
 教員の個人面談
 学生のアドバイザー
 学習支援センター
 到達度試験
 習熟度別クラス編成
 教員相互授業参観、授業評価
 学生による授業評価
 補講実施率
 出席状況の把握
 教育成果の確認(在籍生、卒業生、企業)
 教師力表彰制度

で、大学全体で取り組んでいるかどうかで個別評価がかわってきているようです。小さな大学とはいえ、かなり個性の強い4つの学部からなる本学では、統一的な動きは十分ではないのかもしれません。ちなみに、僕らのいるシビルエンジニアリング(=土木工学)コースについていえば、できていない項目は以下のいくつかくらいです。

 入学前の学習支援 
   リクエストは受け付けられるのですがしていないのは事実
 習熟度別クラス   
   専門科目は1学年33人なので物理的に困難
 学習支援センター  
   小規模なコースなのでセンターはありませんが、
   個別の教員は十分に支援しているものと信じています。
 教員相互授業評価 
   以前、教員が交代でレクチャーする仕組みを試みましたが。

あとの項目は、実はきちんとやれているものと思います。学内での工学部長諮問会議の中でお手伝いしている関係で、シビルエンジニアリング以外の様子もわかりますが、工学部に関して言えば、制度化していないものもありますが、実質的には、ほぼすべての点をクリアしています。だから学部別で評価していただければ、Cということはなく、AかBになるのだろうと思います。他学部のことは残念ながら知りません。

受験生は、大学全体でまず評価するのだとすれば、ここは、いくらあがいても、大学全体でこうだから、と言われれば、それまでで、今回の報道での評価を甘んじます。でも、具体的な志望分野をもって、そこから横浜国大を選択肢にしてくださるのであれば、その志望分野でどんな教育がされているのかを見極めていただければと思います。

とはいえ、新聞は影響力あるから、当面辛くなるかもしれません。

うちの工学部は、これからもっとよくなるぞー、と具体的に、そして速やかに意思決定してアピールしていかなくてはなりません。その準備はできつつあるのですが、ホップステップジャンプを急がなくては、と思いました。

不適切な記述へのお叱りを受けましたので、この後の記述は削除しました。御不快に思われた方に対してお詫び申し上げます。

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学生の気質のこと

ときどき感じるのですが、ここでがんばれば、という絶好のタイミングのとき、そこまではいかなくとも、いろいろな機会で、時々見え隠れするのが、

このくらいでいいんじゃないかな、いいよね

というような判断です。もうちょっとがんばればもっと開けるのに、

これくらいでいいでしょう、

という、よく考えるとわけのわからない根拠に基づいている判断をしてしまう場面をみてしまいます。学生さんのレポート、テストの準備、テストの時間、ゼミの準備、いろんなところに、こういう気持ちが見え隠れしています。

東大から横浜国大にきてすぐのころから、そして今日にいたるまで、本当によく感じます。横浜国大の学生の気質かな?でも、大蔵&中村研時代のスーパーガールズだった武士俣明子さんや池田久美子さん(最近、同姓同名の有名人がいますが、うちの久美子さんはあの選手よりも美人と今でも思っています)は、そういう気質とは正反対でしたから、国大生がみんなそう、ということはないのでしょうが、それでも気になります。

あきらめているのか、まさかとは思うけど、馬鹿にしているのか、そうではないけれど、自分で勝手に線をひいているのか、自分の可能性を信じていないのか、よくわかりませんが、僕がそういう場面をみるたびに、とてももったいないような気分になります。もうちょっとがんばるともっとおもしろいのに。

完璧主義を求める気など毛頭ないし、無理して倒れても困るけど、諦めが早すぎ、ここに尽きます。せっかくの勉強の機会を活かそう、と思って、ちょっと、気持ちの向きを変えると、そんなに力まずに、この気質を超えることができると思います(今日の英語ゼミが早く終わりすぎたことも、この話の一環かもしれませんね→4年生は要反省だよ)。

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旅は道連れ 

金曜と土曜は札幌で学会です。今回はまじめに、木曜の夜の便で札幌入りしました。午後の打ち合わせ(運輸と経済の10月号の準備)が早めに終わったので、羽田空港にいき、当初予約していた便よりもかなり早い便に予約を変更しました。カウンターのおねえさんがクラスJをお勧めしましたが、そこはけちけち、普通席にしてもらいました。そして搭乗。

出発までの間、座席でミステリー小説を読みながら、ふと見上げると、東京海洋大学の兵藤哲朗先生が、そしてそのまま左を向くと、東京工業大学の藤井聡先生が。結局、僕は20D席、通路はさんで隣の20Cに藤井先生、そして21Cに兵藤先生という偶然です。

で、着席してから、千歳空港に着くまで実質約1時間40分、藤井先生と僕はお話をしていました。僕が街を歩く意味、現場を知っていればいいのではなく、現場の経験を考えることが重要と思う意味、そして藤井先生がいま、モビリティマネジメントそして交通まちづくり、果ては、モビリティデザイン((?)についてどう思っているか、ほとんど、パネルディスカッションでした。空港についてもまだ議論したりなく、札幌駅までの快速電車の中も二人でずっと議論していました。札幌駅近くで再度、兵藤先生も合流して3人で歩いた札幌駅の構内で、名古屋大学の森川先生と学生さんたちに会いましたが、きっと森川先生は、なぜ兵藤+藤井+中村で歩いているのか、ちょっと不思議そうでした。で、もう少しお話をしようと、そのまま、札幌駅前の居酒屋へ3人で入りました。兵藤先生と僕は20年来のお付き合いで、最近はそうでもないですが、一時期はかなりいろいろな仕事を一緒にさせていただきました。僕の兄貴分の一人です。で、そこでさらに2時間近く、3人でいろいろな議論をしました。ちょっと書けないこともありますが、これからの日本、都市、そして土木計画学の研究について、かなり前向きで突っ込んだ議論をしました。なんだか以前にもまして、とても仲良くなった気がします。実に贅沢な移動をさせていただきました。

僕は、いわゆる現場主義が形骸化しないよう、そして僕のもとで育った(在籍している、ではなく、もとで育った です)学生さんたちが、きちんとその成果を世の中に還元できるよう、がんばらなければなりません。そしてプランナー、デザイナーというのが何なのか、なりあがりや似非ではなく、本物のそういう人たちが育つための環境整備を真剣に考えていかなければなりません。そういうことを認識しました。

僕が受けてきた、そして僕が都市工学科助手時代にお手伝いした、そして横国にきてから立ち上げてきた、教育のスタイルは、やっぱりかなり独特で、そしてその意味は、わかる人にはわかってもらえるんだな、ということも痛切に実感しました。藤井先生、兵藤先生にきちんと理解してもらえるのは、とても誇りになります(兵藤先生は以前からご存知でしたけどね)。

もしかして、まだこれからですが、今回の学会の期間で、いちばん充実した議論をし尽くせた時間だったのかもしれません。幸せでした。

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実に、まだまだペーペー教授

毎年そうですが、年度初めは、自治体関連の委員会が少なく、政府関連も決して多くなく、秋冬にくらべて大学にいる時間が多くなっています。今年はその反面、学内の会議が多くなりました。教授にあがる、というのはそういうこともあるんだ、と予測はしていましたが、それにつけても増えました。横浜国立大学の工学部の教授と言われる人たちは数十人いるのですが、その方々の顔もだいぶ覚えてきました。それぞれの先生のご専門というのは到底わからないのですが、どういうものの考え方をされるのか、少しずつわかるようになってきました。

で、その数々の会議ですが、ほとんどの場合、僕は若手で、いろんなことがわかっていないまま会議に臨んでいます。こんなこと聞いていいんだろうか、こんなこと言っていいんだろうか、そういう場面が連日のように続きます。同じく若手で参加している国土交通省の審議会部会では、まずそんな気持ちにならないのですが、学内ではだめですね。わからないことだらけです。

で、そういうときは、「聞くは一時の恥」と肝に銘じ、質問します。(自称)「若手」の特権でもあります。その質問がきっかけで、期待していた以上にいろんなお話をいただくこともあります。あとで思えば、いい質問とは程遠かったりすることも多々ありますが、話の本筋からずれていなければOKと割り切っています。

研究室では全員参加のゼミで特にですが、学生同士の質疑を歓迎しています。ここでは少し状況が違って、あまりに間抜けな質問をすると、(たぶん僕の)冷たい視線が飛んでいくことがあるのでしょう。わりといい質問がよく出ます(そうするとつい誉めてしまいます)。限られた時間での議論だし、みんなが時間を共有しているところだから、やはりいい質問といい議論に時間を割きたいと思います。

僕のところには多くの来客があります。ただのご挨拶という方もいますが、業務の打ち合わせが多くあります。自治体+コンサルタントというペアが多いかもしれません。彼らは、上と同じ雰囲気で、あまり馬鹿な質問をしてはいけない、というスタンスでいらっしゃいます。確かにコンサルタントの方が、間抜けな質問をすると、少なくとも内心は、こんなこともわからずによくお金もらっているな、などと思ったりします(=顔に出てしまっていますね、きっと)。これが元教え子だったりするとなおのことかもしれません(が、アフターケアサービスとして実は結構助けてしまいます)。仕事だと厳しいのは仕方ないですね。

で、上記と決定的に違うのが、学生さんからの質問だと僕は心得ています(どの先生もそうだというわけではないかもしれませんが、少なくとも僕は、です)。ゼミの場は集団の場ですが、個別の相談の場での質問については全然別です。学生さんは、学生さんでいる間(前の段落の例のように卒業してからは本来は別です)は、どんな馬鹿なことを質問しても、許されます(馬鹿な質問がでる原因の少なくとも半分は教える側にありますから、頭ごなしなことはとてもいえません(たぶん))。

学生さんは、たくさん質問し相談する権利と義務があるし、それではじめて、授業料との費用対効果があるんだと思います。僕の横国での12年の歴史の中でも、とんでもない質問は数々あったし、それも、いま偉そうに働いている人たちだって、学生のときは、みんな結構おまぬけな質問もしていました。研究室の学生だけでなく、学部生にしてもそうです。どんどん質問してくれて歓迎です。時間がうまくあわなければメールでも構わない時代です(実際にそうしてくれる学部生も何名もいます)。学生さんたちからの質問で、僕も育ちます。

横国の子たちは実は優秀だからだと思いますが、自分で質問をして、ゆっくりお話をして解きほぐしていくうちに、自分でこたえに気づいて、それで部屋を去っていく子も多くいました。僕は、ただニコニコうなづいて聞いているだけですが、学生さんからすればそれでいいんでしょうね。僕もそれでいいです。

以前研究室の助手をしていた平石君が、迷える子羊さんたち、と言っていましたが、子羊さんたちは、きっと迷うのが仕事のようなもんですから、その迷いの場に居合わすのが僕の仕事でしょう。そう思っています。何をすればいいのかわかりません、と言い切る学生さんも結構いたりします。でもどういうわけか10分も話していると、自分が思っていたことを思い出して元気になっていったりします(時間のかかる人もいなくはないですが)。

で、話を戻しますが、ペーペー教授は、きっとあとしばらくは、そういう学生さんたちと同じくらい馬鹿な質問をあちらこちらで繰り返しながら、大学の学内政治を学んでいくのでしょう。いつかベテラン教授になるんだろうか、なんだか、なりそうもない気がした、46歳の誕生日の夜でした。

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はじめての講義

スリランカ人の留学生が、博士学位取得後、どうにか母国で大学教員の職を得たという朗報も束の間、講義準備がとても大変で、ヘルプメールが何回か来るようになりました。「みんな自分でなんとかしてんだから、甘えんじゃねー」なんて英語では言えないし、まあいいかと思い、英語の講義資料を提供することにしました。交通研究室の英語版で、アクセス制限つきですが、僕の許可を得た教え子さんは誰でも入手できるようにしました。

さて、僕にとってはじめての講義、東大の助手時代、1回だけ講義をまかされ、90分間、当時の博士論文のネタであった駅前広場設計の話をしたのが最初かもしれません。でも、大学2年くらいから湘南台の塾の先生をしていて、なんだか数十人の前で話すのは、別にどうということはなく、ただある話題をきちんと構成してまとめて話すというところが、なかなか大変だった記憶があります。でも単発ですので、連続でやる講義とは異なりますし、これがはじめてだ、という実感もあんまりありませんでした。

東大で助手のポジションのまま、バンコクのAITでAssistant Professorとして働き始めたのが1992年、いよいよ連続ものの講義をはじめて担当しました。しかも英語。科目名は人間居住開発のための多変量解析。僕の前任の前任はあの西村幸夫先生。都市デザインの大家のあの先生も英語で多変量解析の講義をしていたというのが、実はいまだに信じられませんが、西村先生が参考にした、さらに前の先生が作成された講義ノートをみせていただいたのですが、どうも自分には使えそうにありませんでした。日本のとある参考書の英訳に近いのですが、ちょっと僕には難儀でした。前任は、東工大の計量経済学の樋口先生。彼の講義ノートは今度はとても難しい。これもお手上げでした。で、結局、樋口先生の構成、西村先生の例題をベースに自分で他の参考書の例題もあわせて英語の講義ノートをつくりました。これは、いま読み返すと間違いもちょっとあるのですが、ちゃんと製本して、AITの出版物とさせていただきました。今にして思えば、これの日本語版を地域基盤計画で使えば(あるいは英語版のまま使えば)いいのかなと思うほどのいい出来です。

AITの多変量解析の初回はよーく覚えています。インド人、ネパール人、パキスタン人のおじさんたちのうるさいこと、うるさいこと、その中で、タイ人の女の子が、本来はコースも違うのに一生懸命がんばっていたこと(彼女は、1994年の僕の離任時に、彼氏と二人で花束をもって見送りにきてくれました)、日本人女子学生も一人いて(彼女は群馬大の先生になっちゃったけど)、インパキおじさんたちに質問攻めにあっている僕を心配そうにみていました。やつらはうるさいけど、実はなんもわかっていない、ということに気づき、またやつらはよくしゃべるけど、文法は間違っていて、僕の英語のほうが正確だということに気づき、自信はその後復活していきました。

もうひとつの講義は都市交通計画。これは当時共著で執筆していた教科書(現在、学部3年の交通計画および工学院大学の建築都市デザインコース3年の都市交通計画で指定している新谷先生のやつ)のゲラ刷りをもとに英語で講義ノートをつくりました。こちらは、人間居住開発学科の学際領域建築寄りの学生と、土木工学交通工学寄りの学生の2つのグループが、なかなか打ち解けない、不思議なクラスだったのをよく覚えています。プレゼンをさせても微妙に関心や論点が異なっていて、それがとても楽しかったことも記憶にあります。

当時はパワーポイントなどなかったので、プリントと板書での講義ですが、それでもとても楽しくやっていました。

帰国して1年後、横浜国大に勤め始めました。僕にとってははじめての土木ワールドです(AITは土木ではなく学際領域で半分文系でしたし)。で担当が測量学と地域都市計画そして地域基盤計画演習。測量学が、僕の日本語の最初の講義ということになります。まだ矢部君が二十歳前という時代ですね。前任の宮本先生からは講義資料は引き継がなかったので、すべてオリジナル作成でした。誰かに頼る余裕もなく、すべて自分でつくりました。学生の頃は全く勉強しなかった測量学ですが、誤差論としてみればとてもおもしろく、実際の測量技術の話をすべて三浦先生にお任せして、ひたすら数学として勉強しました。地域都市計画は、小林重敬先生と高見沢実先生と相談して、大蔵先生の交通計画とも調整して領域を決め、これも苦労しました。地域基盤計画演習は、大蔵先生と相談して、多変量解析を中心にさせていただきました。このころも、パワーポイントやOHPなんか使わないで、プリントと板書だけでした。大変だったけど、道具がない分、伝えることに、もしかしたら、いまより一生懸命だったかもしれません。

今日、横浜市立大学の大学院での講義(今学期5回だけ担当しています)で、1枚の写真から、いろいろなことを連想してもらい、そこから、都市の公共交通の課題を探る講義をしました。学生さんたちからのリアクションがおもしろいので、こちらの話もどんどん広がっていきます。予定通りになんか進まなくてもよくって、こういうインタラクションが僕を元気にしてくれました。最近、横国ではそういう講義していないな、小テストするようになってから、なんか違っているなあ、というぼんやりとした感覚があります。話すときの「熱さ」は、きっと不変なのですが、何かちょっと。この「勘」をなんとか少しずつ取り戻していこうと思います。

と、いろいろ思い出したので、やっぱり、スリランカ人OBにいおう。「講義ノートくらい自分でなんとかしろー。金もらってんだろ。甘えんじゃねー」(心の中でだけ)。

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グラッチェの常連かも

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夜の時間帯の有志ゼミのあとに、有志で食事にいく機会が増えました。いつも近くのファミレスですが、ピザとパスタでけっこうおなかいっぱいになります。今日は、TOEIC模擬問題集をつかった英語力向上ゼミでした。僕が文法と語法のすべての問題(52問)を解説するというやつで、少なくとも僕はとてもためになります。参加した7人の学生プラス1名で遅い夕食です。お酒はなし、ですが、みんなの顔をみることができ、お話ができ、研究の相談も、進路の話も、研究室のイベントの準備の話も、ばか話も、ちょっと○○な話も、和気藹藹とさせていただきました。僕にとっては、とても貴重な時間です。みんな、付き合ってくれてありがとう。

今年度は、こういう夕食や、生協での水曜ランチ、そして講義がなくなる8月9月はきっと、中華街昼食など、最近やらなくなったことをきちんと復活させていこうと思います。外の仕事の時間もいろいろやりくりして、なんとか時間をつくっていきます。

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横浜建築都市スクール乱入!?

横浜建築都市スクール乱入!?

建築学コースのPEDの中間講評会に招待されました。元気な学生さんたちに感心しました。PEDは従来の大学院とは異なり、研究論文はないけれど、半年ごとに成果物をだしていく新しいかたちのコースです。建築のPEDはものすごい人気です。4つスタジオがあって、それぞれに一流の建築家がついて、そのもとでひとつのテーマをやっていくわけですから、間違いなく人気なのでしょう。

大学のキャンパスではなく、馬車道の駅のそばのビルの3階と4階に教室を持ち、今日の発表会もそこで実施されました。

ここでがんばっている建築家のたまごさんたちが、もし、学部のときに僕の交通計画の講義をとっていてくれたら、大学院の1年で、僕の社会基盤政策論をとっていてくれたら、きっと、少なくとも、人々のモビリティや空間のアクセシビリティを理解する深さや、都市と交通をつなげる深さは、全然違ったんだろうにな、というのが正直な感想です。ただでさえ上手ではない講義に多くの人が来るのはちょっと困りますが、今日、学生さんたちの発表に対して申し上げたコメントの多くは、僕の講義を通しで聴講していただく中で見えてくることが多くあったと思います。そういう点も含め、建築の都市デザインの人たちともっと交流をしていかねばならないと実感しました。なんせ、工学院大学では、都市デザインの学生に交通を教えて、しかもたくさんの受講者がいるのにね、自分の本務の大学では何もしていないのは、ちょっといけませんね(でも、正確に、はっきり言うならば、していないわけではなく、建築の人が聞きに来ないだけです)。

講評会に参加してのもうひとつの印象。今は知りませんが、僕がいたころの時代の都市工のジュリーを思い出しました。都市計画マスタープランや、地区計画あるいは駅前広場計画のような図面を作成し、プレゼンをし、先生方が審査するのですが、えてして、先生方の議論になります。新谷洋二先生と伊藤滋先生の議論とか、そうそう聞けるものではない議論も聞けたわけです。今日の講評会でも、コメントをする先生方で意見が異なり、その間でのやり取りもあり、というのが印象的でした。

わが研究分野のゼミでも、時として、岡村先生と僕で議論してしまったり、盛り上がってしまったりしていますが、やっぱり4人くらいの先生でそれがあるのは、ちょっと羨ましいです。僕が合同ゼミに躍起になっていたり、意欲的な学生を、東大の勉強会や国際交通安全学会あるいは日本交通政策研究会の勉強会に連れて行くのも、同じ狙いがあります。いい議論を、おもしろい議論をきくことは、間違いなくためになります。学会の発表会は、そういう盛り上がりをするのもあれば、そうでもないものあって、いろいろなんですが、いずれにせよ、今日もそんなことを思いました。

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宮田利雄先生の古希のお祝いに参加して

土曜は、横浜国立大学名誉教授の宮田利雄先生の古希のお祝い会に参加させていただきました。僕が横浜国大に来た最初のときから、宮田先生にはとてもかわいがっていただいた記憶があります。最初の歓迎会のときも、先生が教室主任で、僕が入試委員や教務委員をしていたときも、大蔵先生が他界されたときも、そしてわが愛妻の具合が悪くなったときも、いつもたくさん、そしていちばん心配してくださった先生です(それだけ僕が情けないということでもあります)。

きっとパーティーは、研究分野関連の方々と研究室関連の方々ばかりなのだろうと思いましたが、なんとしても、ちゃんとおめでとうございます、と申し上げたいと思って、土曜の午後、東陽町までいきました。でも、やっぱり、僕以外、全員、研究分野関連と研究室関連の方々のようでした。僕が顔を存じ上げているのは、現職の先生方と僕の講義を受けたことのある学生OBOGさんたちだけでした。でも、OBOGさんたちはみんな、僕に挨拶してくれて(謝恩会でも同窓会でも、そういうことはほぼ皆無なんだけど)、みんな自分たちの現在、そして在学時代のこと、などいろんな話をしてくれました。みんな苦労しているようだけど、前向きで、とても素敵な青年たちでした。わずかばかりかもしれませんが、エールを送りました。会は終始なごやかでとても楽しい時間を過ごせました。

感想1

本来なら一人だけ浮いてしまう空間なんだけど、まして僕は立食パーティーが苦手なんだけど、とても楽しく過ごせたことがとても嬉しかった。昨日の深夜、この1週間のストレスをうまく解放しようと自分で用意した時間なのに、一人だけ浮いてしまう空間に入れられてしまい、非常に居心地悪い時間となってしまい、先方にも気を遣わせてしまいました。結局ストレスも解消せず悶々としていたのですが、今日はとても気持ちよく過ごせました(以下金曜深夜のこと→それにしても、仕事じゃない時間に仕事の話を強要されたり、他の大学の先生の愚痴を聞かされたり、歌を強要されたり、ほんとうに勘弁してほしかったと思うばかりです。先方も悪気はなく、お気遣いもいただいたので言ってはいけないかもしれませんが、なおのこと辛かったです。羽沢のご担当がキャベツの由来をご存じないらしいのもショックでした。まあ人生そうそう思う通りにはならないのですから、そういう展開も(決してはじめてではないし)仕方ないね、と割り切れる気持ちになりました)。

感想2

宮田先生は奥様を本当に大切にされていました。今日のパーティーの中で上映された、先生の18歳から70歳までのお写真やビデオ、そして先生ご自身での説明をうかがって、本当にそう思いました。夫婦のかたちというのはそれぞれだけど、相手を思いやることはとても大切です。僕はどうだったろうか、愛妻のためこれ以上できないくらい頑張っているつもりだけど、空回りしてやしないか、反省することしきりです。僕のまわりにいる素敵な人たちに、どれだけお返しができているのか、僕はきっとまだまだすることがたくさんあります。そうそう簡単には死ねません。

感想3

ホテルイースト21東京は、とても立派なホテルでした。食事もとてもおいしくて、思わず、ビデオ上映で静かになっているタイミングに、「おいしい」と口走ってしまいました(隣にいた愛ちゃんに思いきり小声で笑われた)。

感想4

会のお開きのころ、ようやく、宮田先生にご挨拶できました。忙しい中を、とねぎらっていただき、家内のことをご心配いただき、その退院と復帰を喜んでいただき、とこちらがおめでとうございますというよりも何十倍ものお心遣いをいただきました。中村は忙しくて、なかなかつかまらない、アポをとるのも会議日程調整も、とても大変という噂が蔓延しているようですが、僕の中では忙しさ=優先順位で、大事と判断されることが手帳にはいっていきます。この会も僕の中で優先順位が高いということです。で、逆にいうと、忙しいので、という言い訳は、もっと優先順位の高い用事があるので、と翻訳すると、ちょっとムッとするけど本音だと思います。でもそんなところだろうと再認識しました。

追記

往路 北山田→日吉→田園調布→大岡山→
    大井町→新木場→タクシー(かなりマニアック)
復路 東陽町→茅場町→中目黒→日吉→
    北山田(これが普通ですよね)

いずれにしても、みんなが集まり交流する中で、もらえるエネルギー、これは何にも代えがたい財産です。ほんとうに実感しました。

お誘いくださいまして、本当にありがとうございました。

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失うもの 得るもの

今日は約1年ぶりの社会資本整備審議会&交通政策審議会の計画部会がありました。委員の若干の入れ替わりがあり、最年少委員という状況ではなくなりましたが、まだまだペーペーです。虫明先生がご出席されていました。虫明先生は土木工学の中の河川の大先生で、僕がAITにいたときにタイにいらっしゃりそこで御挨拶をして以来です。会議終了後、御挨拶に伺ったら、そのとき、すなわち16年前のことをちゃんと覚えていてくださって、なんだかとてもうれしく思いました。そしてタイでのことを思い出しました。

タイにいた2年間は決してパラダイスではなく、数々辛いこともありました。当時、開発途上国の都市交通にはほとんど興味なく、英語もあまりできず、それでも学科では日本の代表ですから責任は大きく、でも同年代の人は少なく、新婚間もない家内は具合が悪くなり、などなどです。でも一方で2年間で、外国人そして日本人の多くの先生に出会い、そのことが間違いなく自分を成長させてくれました。失ったものもいくつかあったのだろうけど、得たものもいくつもあったというのが事実なのでしょう。渦中にいると得たものをなかなか実感できないものですが、時間という薬のおかげで、得たものに気づいていきます。神様はそうそう意地悪ではないのだと、実感できるときです。

あるとき、もしかしたらそういう文脈ではないかもしれないけど、僕の尊敬する筑波大学の石田先生が、海外で多くの先生と仲良くなるのは財産だ、というようなことを教えてくださいましたが、それもまた、本当にそうだと思います。

別に海外でなくても、いろいろなところでの出会いが自分を成長させてくれます。僕のまわりでも、大学院で新しい生活をはじめた人、就職した人、転職した人、5月になって少し息切れをしている人も多いかもしれません。が、拙速な判断をすることなく、自分が過ごしてきた時を信じ、次の道を選んだ自分を信じ、日々前向きにしていれば、きっといつか、得るもの、に気づいていきます。僕もそういう人たちをたくさん応援していきたいと思いました。

それにしても国土交通省のセキュリティゲートには頭来ました。その話はまたいずれ。

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開発途上国関連研究

われわれの研究室では、開発途上国の都市交通に関する研究もいくつか実施しています。ひとえに僕のマネジメントの問題だと思いますが、学会等での論文発表をしていないものもいくつかあります。まだ試行段階ではありますが、過去の開発途上国関連研究論文の概要をまとめたサイトをつくってみました。以下の研究室トップページの下にwhat's newのところから入れます。ご関心の方はどうぞ。ついでですが、研究室の概要というところをクリックすると、最新の研究室メンバーの集合写真もありました。今年は真ん中にたたせていただきました。

http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/index.htm

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一緒に勉強してくれる人たちを募集します。

<大学院進学者募集のお知らせ>

僕たちの研究分野(交通と都市の研究分野、略称は交通研)で、僕たちと一緒に勉強してくれる人たちを募集しています。いくつかのメニューがあります。

特に、

OBOGを含む社会人の方々、

他大学の学生さんたち、

の本学大学院への進学は大歓迎です。まずは以下の区分をお読みください。

1)すでに修士号をおもちの方、取得見込みの方、あるいは相当の実績(具体的には都市計画学会や土木計画学研究発表会、交通工学研究会論文発表会での論文がある人)

博士課程後期課程で入学いただくと、所定の成果をおさめると博士号を取得できます。通常のコースと社会人コースがあります。社会人の方でも週1度は平日に大学に顔を出せる方なら、最短2年、通常なら3年で取得できます。

2)学部卒業あるいは高等専門学校の専攻科修了の方、見込みの方

博士課程前期課程で入学いただくと、所定の成果をおさめると修士号を取得できます。通常のコースと社会人コースがあります。またひとつの研究分野で2年間研究をするコース(TEDといいます)と半年おきに指導教員をかえていき、半年ごとに論文をまとめるコース(PED)があります。僕たちのところで勉強したい、という場合には当然ながらTEDをお勧めします。学部成績が順位で上位3分の1以内でかつ第一志望あれば、特別選抜という入試制度で、書類審査と口頭試問のみの試験になります。そうでない場合は、一般選抜になりますが、英語と数学、そして計画系の専門試験(測量学、土木計画学、都市計画、交通計画、交通工学の学部講義期末試験レベル)で判定されます。

3)いずれにも該当しない場合

研究生という制度が学部と大学院にあります。こちらは前例が少ないですが、研究室のゼミや打ち合わせなどに参加できるので、それなりにメリットがある人も多いかもしれません。

上記のうち1)2)については、例年6月下旬頃に願書提出がありますので、早めの検討をお勧めします。

このブログをお読みいただければ、僕の関心の領域はなんとなくおわかりいただけるかと思いますが、実際の研究論文の題目は、もう少し幅広です。以下をご覧いただくと研究論文題目の記録をみることができますので、ご参考にしていただければ幸いです(現時点では、2008年3月修了と卒業がはいっていませんが、これはきっと連休明けには更新されます)。

http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/index.htm

また、大学院の募集の正式な情報は下記からたぐっていってください。

http://www.cvg.ynu.ac.jp/G0/index-j2.htm

問い合わせは f-nakaあっとまーくynu.ac.jpまでどうぞ。匿名のご相談は固くお断りします。他大学および他大学院の学生さんの場合は、現在の指導教員の先生にご相談されることをお勧めします。

ちなみに、過去には、

中央大学、日本女子大学(住居)、工学院大学(建築都市)、芝浦工業大学、法政大学、関西大学、日本大学、群馬高等専門学校

から、僕らの大学院に進学していただいています。こうして進学してくれた多くの学生さんがとても有意義な時間を過ごしてくれましたし、僕らも有意義な時間を過ごせました。建築出身の人でも、都市交通の勉強を意欲的にする人は大歓迎します。

社会人の実績はまだ多くなく、現時点では、OBが大手民間コンサルタント会社在職中に修士号を取得された例と、東京工業大学の大学院を修了後、民間企業に就職された方が、その激務の中、僕らのところで、博士号を取得された例のみです。でも、僕らは、社会人の方々と一緒に勉強できることをとても期待しておりますので、いつでもお問い合わせください。

以上、かなり本気の営業をさせていただきました。

追伸

大学学部は偏差値があって序列がなんだか明解ですが、大学院はどうか?

学部の偏差値序列に多くは引きずられているようにみえます。

でも、僕らは、そうではない強さをもっているという自負があります。研究室での過ごし方は個人の動機や意欲などによって違いますが、僕らと一緒に交通そして都市を勉強したい、という強い思いのある人たちをこれまでも最大限応援してきたし、今後は、さらにそこを重視していこうと年度初めに心に決めましたので、そこは信じていただければと思います。就職にしても、自分で内定を勝ち取ってくる人が多いですが、あらゆる方法で、応援をしています。

いままでも決して低い評判ではないと自負していますが、今年度以降は、それをさらに高めます。決して教育をスパルタにする気はありません。前向きに、そして楽しく自分から進んで勉強できる場、最新の交通や都市についての情報交換や議論ができる場、としてレベルアップをはかっていきます。必ずやります。僕らより研究能力の優れている先生はたくさんいらっしゃいますから、そういう面ではとても敵いませんし、スパルタ型の教育で開花する学生さんの多い研究室も多々あるようですが、そういうのではないかたちで、目標を実現していきます。

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略称は交通研です。

僕と岡村先生で指導しているグループを交通と都市の研究分野と呼んでいます。研究室という概念やゼミあるいは講座という概念は、使われ方が、大学によって、同じ大学でも学部や学科によって異なるし、実は正式な定義がいろいろあったりします。

で、いま我々、横浜国大の土木工学グループは、5つの研究分野という言い方(生態系をいれると6つ)をしていますので、先の標記になります。でも、なんだかわかりにくいし、説明も面倒くさい、ということで、略称を考えました。交通と都市の究分野と考えれば、ごくごく自然に交通研と略せると思います。ということで、略称「交通研」でいきたいと思います。以前にも書きましたが、僕自身は略称をあまり使わないので、ちゃんと、交通と都市の研究分野といっていきますが、関連各位におかれましては、どうぞご遠慮なく、略称をお使いください。学生さんもね。

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新学期のスタート

テレビ東京の放映を確認し、今日も1日が終わろうとしています。

卒業研究の配属が決まり、希望者が多い研究分野ということで、留年生1名を含む9名の配属が決まりました。いよいよ新学期がスタートします。

この3年ほど、家族のこともあって少し余裕を失っていたのは事実で、講義も研究室指導も、これまでの蓄積と勢いに頼りつつ、いまにして思えば、決して間違った方向には、いっていないものの、やや惰性気味だったと反省しています。全力投球をしていたという自負はありますが、力の配分を工夫していたかというと?です。

きっとこのままいくと綻びが際立っていくかもしれない、でも、焦っても何も生まれない、全部自分で抱え込んでいたらきっとパンクしてしまう、なんだか、そういう直観があって、今年度は、少し変えてみます。

講義では、元気一杯で、まちづくりの雑談(自慢話と批判されるときもありますが)をいっぱいする中村先生は当面みられなくなるかもしれませんが、ご容赦ください(講義を手抜きすることは絶対しません。むしろ逆です)。当面、試行錯誤は続くと思います。外の方をお招きする講演や公開講座でのスタイルは変更しません。

研究室活動のほうでは、せっかく来てくれた学生さんたちが、まちづくりのことや交通のことを学び考える機会をより多くつくっていきます。僕が思っている、これからのまちづくりへの貢献や研究の方向性については、どんどんぶつけていきます。姿勢としては、実はこれまでと変えるわけではないのですが、時間をもっともっとさきます。先生とお話をする中身の濃さで、すぐには無理かもしれないけど、日本一をめざします。

こういうことを書くと疑われますが、他意はなく、自分がいつこの世を去ってもいいように、思いを伝える先は、まずは、研究室にきてくれた学生さんたち、そして公開講座などで、時間を割いてでも僕の話をききにきてくれる人たちです。ここにもっともっと注力して、いつ死んでもいいようにしておこうということです(僕はいまのところとっても健康なので、くれぐれも誤解のないように)。学部3年までの教育は個人プレーではなく教員集団によるチーム教育足り得るのだから、そこを重視しますが、研究室は、みんな、僕と岡村先生を選んできてくれたわけですから、その気持ちに、これまで以上に応えようと思います。まちづくりの勉強、交通の勉強は楽しい、という実感に支えられて元気に明るく過ごせる研究生活を一人でも多くの学生に味わってもらいたい、そのための真剣勝負が続いていきます。

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入学式の警備をおえて

4月4日は、横浜文化体育館で大学の入学式でした。今年は、会場警備の当番にあたりました。といっても体育館の控え室で3時間半ほど待機しているだけですが、実は、横浜国大の入学式にはじめて参加しました。体育館はアリーナ2500席、2階3階席2500席が、新入生と父兄で満席です。

式自体は30分で終わりました。特段の不穏な動きもなく、平和な入学式でした。飯田学長のお話の中で、キャンパスの中の歩車動線分離のデザインを高く評価するお話がありました。学長がそういうお考えであることも嬉しかったし、それを新入生にお話しいただいたことも嬉しく思いました。

新しい場所で、新たな気持ちで、不安もあるだろうけど、希望に胸ふくらませて、充実した大学生活を送っていただければと思いました。

この5000席を前に、音響は悪いかもしれないけど、歌をうたえたらな、などと不謹慎なことも思いました。

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横浜国大はYNU

最近質問も増えたので、年度初めでもありますし、整理しておきます。

横浜国立大学はYNUという呼び名を普及させていきます。(MITとかUCLAばりの知名度をめざします。少なくともAITやBUETには追いつきたい。)。

2001年以降工学系の組織は3区分されました。

横浜国立大学大学院工学研究院 
      これは教員の所属する研究組織です。
横浜国立大学大学院工学府    
      これは大学院生の所属する組織です。
横浜国立大学工学部        
      これは学部学生の所属する組織です。

意味としては、工学研究院にいる先生が工学府と工学部に教えにいっているという解釈だそうで、九州大学のやり方に準じて採用したという経緯があります。研究組織と教育組織を分けることによる効果云々の議論はここでは省略します。

他の大学の大学院の研究科に相当するのが工学研究院&工学府です。研究科の中の専攻、その中のコースという呼び名は工学府でも同じです。

工学府社会空間システム学専攻建設システム工学コース 
     これが土木工学を学ぶうちの院生の所属です。
工学研究院システムの創生部門人もの空間分野
     これが土木と建築の教員の所属です。僕もここにいます。

各種審議会&委員会事務局のみなさまへのお願い
 委員会名簿等での僕の所属の扱いですが、他の大学の先生について学部学科まで入っている場合は部門までいれていただけると幸いです。字数だけで調整されてもかまわないといえばかまわないのですが、みる人がみると指摘を受けてしまいますので、ご配慮いただければ幸いです。
 マスメディアに載せていただけるときは、横浜国立大学教授で十分です。専門は都市交通計画といっていただければなお嬉しいところです。

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バス案内システムではありません。YNU土木工学棟教員在不在表示器更新

土木工学棟教員在不在表示器更新

わが職場の建物の教員の在不在表示のランプを写真のようなウェブ上のものに更新しました。学内にいる限り、遠隔操作ができるので便利な反面、ディスプレイの前に立ってもなんの操作もできないので要注意です。もしキャンパスにお越しになる機会がありましたら、ぜひご覧下さい。情報は朝8時15分から午後6時までの間表示され、3分間隔で更新されます。当面は試行運用です。ちなみにソフトウェアは、わが土木工学教室が誇る技術職員の原山さんの自作です。ありがとうございました。

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ちょっとゆったりできた1日

今日はいそがしいようで、少しゆったりできた一日でした。今日中に片づけなくてはいけないことがあとちょっと残っていますが、それでも少し上機嫌です。ここのところ、夜時間帯の委員会がだいぶ少なく、いいペースです。

6年近く前に卒業したOGが訪ねてきてくれました。とても元気そうで、昔と変わらず明るく楽しく、少し昔を懐かしみながら、ひとときを過ごしました。こうやって顔を出してくれると、この仕事をしていてよかったなと思います。一緒にバンコクにいったときに、あのオリエンタルホテルのダンスディナーレストラン、サラリムナムに来るのに、一世一代?の衣装をまとい、同級生たちから、ジュリアロバーツばり、などと冷やかされていた彼女ですが、あのときと同じように、元気で、そして素敵な女性です。転職をするようですが、次の場所でもぜひがんばってほしいと思います。

夜は、院生室で、つい1時間半くらい、そこにいた学生さんたちと雑談をさせていただきました。学生さんだけのところで、お邪魔だったのかもしれませんけど、ちょっと居座らせてもらいました。

研究室の新年度について、他大学との合同ゼミの相手先候補について、ここのところ少しさぼり気味だった見学会の企画について、研究室有志での海外調査について、自分の昔話も含めて、いろいろなお話をさせていただきました。やっぱり、研究室のみんな、とてもいい子たちだな、この子たちと一緒にいれてよかったな、と思いつつ帰宅の途につきました。

華ちゃん、きりたんぽ、ありがとう、みんな、お話につきあってくれてありがとう、おやすみなさい。

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メールサーバー暫定復帰

メールサーバーが暫定復帰しました。しかし諸事情により予断を許さない状態です。業務関連のみなさま、当面、ニフティのアドレスへの送信をお願いします(何個か前の記事参照)。

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静かな週末があけて

週末は静かに過ごしました。2つの理由があります。

1つめは、金曜午後より大学のわれわれのメールサーバーがストップしたこと。正確には、大学外とのやりとりができなくなったことによります。学外からのメールは一切届かず、学外へは一切メールを送れず、ホームページもみれず、学外から学内にアクセスできず。これは静かなものです。諸事情により当面この状態が続きます(学内にいると学内間でメールは機能しています)。

本記事をお読みの方で、私にメールを送ろうとされる、された方へ。nakamura☆-fumi☆@nifty☆.comから3つの☆を除いたアドレスが僕のアドレスですので、当面はこちらにお送り下さい。ご不便をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。

そしてもうひとつ。

土曜の朝、高熱を発した息子を小児科へ。インフルエンザと判明。隔離室で処方と会計を済まし、帰宅。午前の習い事も、夜のピアノの発表会も、日曜の墓参りもすべてキャンセル(ピアノは練習不足が露呈せずに済んだので少しホッとした面もあります)。タミフルは断って、別の吸引薬の処方で、息子の熱は日曜には微熱、同夜には平熱に。息子が静かに寝ている週末は、これまた静かなものです(でもちょっとさみしい)。

すばやい回復の様子をみて、もともと丈夫な子なのでと喜ぶ一方で、感染の原因は、ここ何日か、僕の帰りを寝ぼけ眼ながら待っているうちに寝不足&過労になったことも一因かと思うと胸が詰まります。今週は早寝をしてもらいます。ごめんね、健ちゃん。

あとは自分がインフルエンザを発症しないことを祈るばかりです。疲れをためないよう、明日はグリーン車にでも乗ろう、そして今日は早く寝よう。

ちなみに、月曜は朝は公共事業再評価の委員会、夜は日本交通政策研究会の勉強会でした。夕方に某業界新聞の新春号の取材が写真つきでありました。これはでてのお楽しみ。

朝は小林先生の厳しい一面をみさせていただき、勉強になりました。人にわかってもらう資料づくり、自治体の方々、今回はまちづくりの方の方々のご努力に期待します。そして費用便益分析の問題、今回もいろいろとわかってきました。道路のほうは市の担当の人がとても一生懸命動いて下さったので、スムーズにすすみましたが、問題の根源は、評価とは、というところにあると思います。慢心せず勉強していこうと僕も思いました。

夜の勉強会は、ネタとしては、当方の学生2名と名古屋大学の学生1名の発表ですが、それらを肴にいろいろな議論ができ、これもとても勉強になりました。運輸事業者の経営が一般企業の経営とどのように同じでどのように異なっているのか、この事実は、世の中の規制緩和論さえひっくり返すかもしれない面がある、というところまでは議論しませんでしたが、そういう文脈でのやりとりは、実はとても刺激的でした。高速バスとはなんぞや、定時性とはなんぞや、というところも実に深いものがあって、考えさせられました。こういう議論ができるのも、学生さんたちががんばってくれるからです。厳しいことをいつもいっているかもしれないけど、実のところ、感謝です。

どちらかというと行き当たりばったりなところもありますが、研究室の学生さんたちには、できるだけ刺激的なおいしい空気をたくさん吸ってもらって、成長してくれればと思います。公平性を考えると、全員一緒に、ということになりますが、現在の規模で、それをするよりは、テーマや関心も広いので、いろいろな機会を提供していく中で、自発的に参加してくれる体制を続けていこうと思います。

先週は、わが故郷の東大の都市工学科の都市交通研究室での勉強会に有志学生5名が参加しました(こういう自主性は実はすごいと思います)。懇親会には、あの羽藤英二先生も合流して、原田先生、羽藤先生、高見君を交えての大盛り上がり(シラフの羽藤君のテンションが高すぎただけか?)でした。詳細は書きませんが、考えるところも多々ある会でした。

でも、僕は、自分のやっていること、やっていくべきことを、改めて確認させていただいたような気もしました。次の10年(寿命があればですが)のデザインを少しずつ動かしていきます。

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ばかばなし

長崎の夜に盛り上がった話題から備忘録として。あくまで馬鹿話ですので、誰が実践しているというものではありません。この記事は、くれぐれも本気で読まないで下さい。

1)眼鏡の使い分け
 さまざまな場面で眼鏡を使い分ける。謝罪の面会のときと叱責のときは違う、というような意味です。

2)ゼミで学生の発表がつまらないとき
 すぐに発表をやめさせる、そのまずさを指摘する、のは青くて、眠る、席をはずして戻ってこない、自分の部屋のロデオボーイで遊ぶ、あらかじめ仕掛けておいて、誰かに呼び出されて退席する、など。先生が戻ってこないため泣き出してしまう学生もいるかも。なんてかわいそうなことか。

3)で、学生が泣き出したとき
 一緒に泣くのがもっとも効果的(効果ってなんでしょうね)。

失礼しました。

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自慢話ばっかりすんな

前学期の講義の授業評価アンケートの中で、個別意見を書いてくれた学生が4名いました。量が多い、早口である、ブログの使い方、といったあたりの3票は想定の範囲内で、もともと、3コマ分の講義内容を2コマにつめているのだから止むを得ない部分もあります。それでも、この3つの件については、毎年、少しずつ是正しています。

しかしながら、表題にあるコメントが残りの1票なのですが、これはけっこうおったまげました。1票とはいえ、きっとそう感じている学生が少なからずいることを示していると理解しました。少しでも街づくりの現場に興味をもってもらおうと、身近な事例や話題をふんだんにいれているのですが、こう感じる人もいるんだな、というのは、なかなか新鮮でした。先生がいろいろがんばっているというのは、その教え子にとっては励みにもなるのですが、どうもそうではないということで、反省です。結果的に、講義の中の脱線はきっと減り、その結果、早口も是正されるということで、きっとそれでいいんだろうなと思いますが、もし僕が学生だったら、こういう話がききたいのに、というような内容は、講義の中に入らなくなっていくのでしょう。個人的には残念な面もありますが、時代の流れなのだろうから、割り切らせていただきます。僕の本音をききたい人は、宴会で僕にしゃべらせれば、いくらでも話しますし、研究室ではたくさんお話しします。でも講義ではもうお話ししません。ということで許してもらうことにします。講義のプロになる道は、なかなか険しいということで、努力あるのみです。

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11月3日 うれしいこととかなしいこと

3日の午後は、2000年修士修了の内山君の披露宴でした。この秋の3連発披露宴のオオトリです。レインボーブリッジを見渡せるとても素敵な会場で、なんともいえず内山君らしい、とても心温まる披露宴でした。彼が公共計画研究所で活躍しているのは、とても嬉しく、そして誇りに思っています。かわいいお嫁さんと末永く幸せに過ごしていただければ、思いました。

で夕方から、大学祭、常盤祭の見回りという仕事につきました。どういうわけか息子の健太郎もついてきたので、彼と17時から22時まで二人で勉強していました。研究室の学生さんも何名か、相談にきてくれたりして、それはそれは穏やかな時間が過ぎてゆきました。

21時からは工学部講義棟A棟の巡回です。事務の方と2人で、器物の破損状態その他異常事態がないかどうかをまわり、それを大学の本部に報告するというものです。器物の破損はわかりやすい定義ですが、異常事態の定義は、とても難しく思いました。

このブログは、解析している限り、学内学外のさまざまな方の目に触れるようですので、書き方には細心の注意を払いますが、横浜国大にきて12年目で、はじめて常盤祭の2日目の夜の時間帯をみてしまった僕としては、「常盤祭の常識」がないからだろうけど、ただただ唖然としてしまいました。

どう唖然としたか、なぜこの記事のタイトルに「かなしいこと」とはいっているのかは、ちょっと秘密にしておきます。すみません。

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ちょっとした変更のお知らせ

まずは経緯から。

横浜国立大学に土木工学科が設立した時に、最初に赴任されたのが、お二人とも故人ですが、井上孝先生と大蔵泉先生でした。そのとき以降、計画研究室という名前で十年余り、僕が赴任する1995年までそうだったと思います。

赴任して直後、大蔵先生からのご提案で、大蔵先生と僕の研究室を交通研究室と命名し、英語名ではtransportation engineering lab.ということにしました。その表現で今日まで至り、英文と和文のパンフレットまで作成しています(左サイドにある交通研究室へのリンクを参照してください)。

ここに来て、研究室という言葉と、研究分野という言葉、あるいは教室という言葉を少し定義づけと階層化をしておこうということにしました。具体的には、

横国には土木工学教室という教員集団がいます。
教室の中に5つの研究分野があります(第1~第5)。
研究分野の中に何名かの教員がいます。
各教員が自分の研究室を持ちます。

ということになります。こういう流れの中で、教授と准教授が同じ「研究室」という言い方ではなくなってくるということです。同じ「研究分野」にいる、という言い方です。

ちなみに、正式には、教員は大学院工学研究院システムの創生部門人もの空間分野の所属だし、大学院生は、大学院工学府社会空間システム学専攻建設システム工学コースの所属であり、当然ながらこれはこのままです。

それなりにがんばっている(とはいえ、この数日、数々の課題が自分の中に露呈してきて、かなり燻っている状況です)我々の活動は何らかわりませんが、そういう流れの中で、交通研究室という言い方を若干変更します。

横浜国立大学
  土木工学教室
     第4研究分野(交通と都市研究分野)
        中村研究室&岡村研究室

ということで、少し時間がかかるかもしれませんし、同窓会はじめ多くの方に混乱を強いるかもしれませんが、ホームページその他を順次更新していく中で、「交通と都市研究分野」という名称を浸透させていきます。「交通」ではなく、「都市交通」でもなく、「都市と交通」でもないところに、僕と岡村先生で話し合った結果の共有する思いが深く反映されていることを申し添えておきます。

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プランナー教育

研究室の人材育成方針として

planning mindを持ったengineer あるいは
engineering senseを持ったplanner

というのを掲げています。土木工学の中に計画分野があるということ、カリキュラムの大半が力学系であるときの自分たちの位置づけを考えると、こうなってくるのはある意味、必然です。

都市計画学会誌268号で、わが先輩の中野恒明先生が、大学教育におけるプランナー育成のあり方という原稿を書かれています。中野先生は、僕の12年先輩になる、東大都市工の8回生で、僕は、彼がアプル総合研究所を主宰していらっしゃるころから存じ上げています。とてもすごいプランナーで、一時期、同じ浦安市民になったことを誇りに思ったくらいです。現在は芝浦工大の先生です。

で、その中野先生の原稿の中のフレーズです。詳細はぜひ原文を読んでいただきたいと思います。

行政都市プランナーと民間都市プランナーの共同の必要性

民間都市プランナーで経験を積んでから行政都市プランナーになれる

3種類の民間プランナー(小規模、建築系事務所、土木系大手)。どこが本当に幸せか。

都市プランナーに求められる能力(3次元で空間を描き提示できる、多くのことを体験していて、その「経験」を伝えられる)。チームとして総合力がある。(予測するだけが計画ではない)。

一般教養としての都市計画教育。その充実が都市プランナーの地位をあげていく。

僕は自分の研究室の学生さんたちに、どれだけのメッセージを伝えているだろうか。忙しさにかまけて少しサボっていたかもしれません。

いちばん大切なこと、それは

実際の都市空間の中に自分をたたずませ考える時間をしっかり持つこと、頭でっかちにならないこと、自分の五感を信じること、

だと思います。一般的な計画系の研究室との大きな違いは、いくつかありますが、僕が現場主義というときには、このことが根底にあります。街をみない人にプランニングはできないし、プランニングの研究さえ、させたくない。街が嫌いな人がいい計画をできるわけがない、と思っています。

中野さんはご自身をプロフェッサープランナーとおっしゃっています。あと何年かかるかわからないけど、僕もそういう面も持ちえる人間になっていきたい、そう思いました。これが、少なくとも当時の、都市工と土木の教育の違いだったんかな、などとも思い、自分の受けてきた教育に持っていたはずの誇りを思い出したような気分です。僕は、自分の研究室の子たちに、(計画分野で生きていきたいという気持ちを持っていることを前提に)、自分が受けたもの以上のものをきちんと伝えていこうと思います。

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ドキドキの結果

金曜の1限、実験的開講の講義、果たして誰が受講したか?結果は、合計16人。計画以外の土木工学を勉強している人も何人かきてくれましたが、なんと最大派閥は、建築の都市計画グループでした。うちの研究室に関係する人は当然全員履修しているのですが、ちょっと複雑な心境ではあります。

でも、自分の直接の専門でもないのに来てくれる人たちの、きっとあるだろうなんらかの期待には絶対応えたいので、履修しなかった人たちが本気で悔しがるような講義をしよう、という意気込みで、初回から、超ハイテンションでいかせていただきました。

僕の基本的なスタンス、前向きな、一生懸命な学生さんたちには、きちんと応えよう、みんながやる気を出すように仕向けよう、という路線を再確認して、いよいよ本格的に後学期スタートです。

続きを読む "ドキドキの結果"

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開講時のドキドキ

新学期がはじまり、講義がはじまります。初回というのは、実はいつも緊張しています。

今学期は、新宿の工学院大学の都市建築デザイン学科での都市交通計画、うちの2年生向けの地域・都市計画、大学院向けの英語講義のInfrastructure Planning、そして同じく大学院向けの日本語講義の社会基盤政策論、ということで4コマあります。

新宿のやつは、初年度が50人くらい、ところが次の年は8人、そしてまた増えるのですが、僕の都合で月曜1限に移したら激減し、30人以下の時代が続きました。今年はなんとか時間をやりくりして、水曜5限にさせていただいたら、現時点で60人強、それも月曜1限のときよりも、みんな一生懸命参加してくれて、とても嬉しいです。この講義の初回は、何人、そしてどんな態度で来るのか、ドキドキでした。

60人以上いても、特に私語もなく、居眠りもなく、講義中、次々と指名して意見をきいていくのですが、それも答えてくれるし、プロジェクタ他のAV機材はほとんど使わないのですが、インタラクティブな講義をさせていただいています。建築系の子たちをあいてにビジュアル抜きで話をひきつけ続けるのは、やりがいがあります。

地域・都市計画は、昨年より建築学コース学生にも単位がつくようになり、建築学コースの3年生あるいは4年生が何人来るのか、彼らがどういう印象を持つのか、これがドキドキです。もちろん、うちの土木のかわいい2年生たちが、こういう科目を通してどう成長してくれるのかが最大の関心事でもあります。

大学院の英語の講義は、留学生、そして2年に一度は、世界銀行と連携している社会基盤管理学コースの学生さんたちとの交流が楽しみですが、初回は、どの国からどんな意気込みの人が参加してくれるのか、これもドキドキです。明日の金曜の2限です。

大学院の日本語の講義は、今年、実験的に開講させていただきました。大学院で担当してきた2つの講義とも英語オンリーで、それが理由か、日本人受講者が少ないことをずっと気に病んでいました。英語であることが理由なのか、後学期であることが理由なのか、そうでない理由がまだまだあるのか、これを探ろうと思い、今年は、肉体的にはちょっと辛いのですが、日本語での講義を実験的に開講します。実のところ、未だに堅調に売れているらしい拙著「バスでまちづくり」をベースに、同書よりも深い部分を話していくという、自分としては非常に濃い、日本中の他の誰にもできないだけの、そして現場主義・実証主義の立場では十分に価値のある講義を準備しています。これを受講する学生はどういう研究分野の誰で、そして全部で何人なのか、いまはこれがいちばんドキドキです。明日の1限です。

なんとなく嫌な予感はしていて、この僕の意気込みに反して、土木工学の大学院生はほとんどとらないのではないかと思っています。僕のやっていることは、土木工学の中では隅の隅のほうなのだから仕方ないですが、果たしてどうなることでしょう。今年も日本人受講者が少なければ、こういう講義は自分の大学では二度とやらなくなるかもしれないくらいのつもりです(研究室向けにはやり続けるけどね)。

結果は、近日の記事で報告します。

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いろいろ更新

学生さんたちへ。学生情報を少し更新しました。ぜひみてください。

交通研究室のホームページもちょっと更新しました。
http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/

トップページ左上の写真は6月のオランダ出張で撮影したものです。有名な電機メーカーのフィリップスの発祥の地であり、最初の電球工場のあったアイントホーヘンの、ハイブリッド走行(発電して走行するし、道路上の磁気マーカーでの誘導による自動走行もできる)のバスです。独特なデザインです。前輪の後ろにドアがあるのが特徴です。

また、1年生の講義の感想をアップしました。研究室のトップページから講義のところにうつるとpdfファイルでみることができます。1年生のみなさん、ちょっと褒めすぎです。現実はそんなにいい講義をしていないと思います。途中で眠ってしまう学生さんも何人かいましたし、まだまだ改善の余地ありです。ですので、外部の方、どうぞ誤解のないようにお願いします。

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今年も合同ゼミ

今年度も対外試合というか合同ゼミをいくつか企画しました。あまり難しいことは考えずに、楽しく勉強できればと思っています。僕自身は、学生さんたちに対して、研究室に在籍している2ないし3年間で徹底的に鍛えよう、という気持ちは皆無ではないですが、あまり強くなく、でも充実した前向きな時間をすごしてもらおうと思っています。このイベントもその一環といえます。

来週はDMVの試乗とセットで北海道に行く際に、高橋清先生のいらっしゃる北見工大にお邪魔します。ここでは僕の教え子さんたちは、ディベートに初挑戦します。どうなりますやら。

そして、秋の10月18日には、谷口守先生、松中亮治先生のいらっしゃる岡山大学と合同ゼミをします。こちらについては、新しい試みを企画しました。どちらかの大学にいくのではなく、双方である場所に集合しようということになり、中間地点?ということで、恩師の太田勝敏先生にわがままを申し上げて、豊田市の豊田都市交通研究所にて開催することにしました。ついでに、合同ゼミを公開することにしました。

10月18日午後、豊田都市交通研究所(http://www.ttri.or.jp)にて、谷口・松中研究室と中村・岡村研究室の有志による合同ゼミを公開の場で行います。詳細は未定ですが、少なくとも、松中先生と岡村先生のありがたいお話と、有志学生による研究発表があります。都市および交通に携わる実務者、研究者、技術者そして大学生の皆様で、ご興味のある方は、豊田都市交通研究所の橋本様にお問い合わせいただければ幸いです。谷口先生の胸を借りるせっかくの機会ですので、楽しいイベントにしようと思います。

あともう2つ、これらはきっとクローズドですが企画は準備中です。

学生さんは大変かもしれないし、予算の管理も大変なんですが、それでもアクティブに、閉じこもることなくがんばっていこうと思います。

今日の夜の委員会を経て、来年は、再び文科系と、それもあの大阪外国語大学(もうすぐ大阪大学)の森栗先生のところがいいな、と強く思いました。その前に慶応SFCの古谷(ふるたに)先生のところかな、とも思案しています。いずれにせよ、いつも、発案の発端は僕のきまぐれ、で申し訳ありません。

ということで、予告編でした。

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うまく いかないことも でも あきらめずに

このブログをなぜやっているのか。基本的には自分のためです。でも、公開しているからには、いろいろな副次的な効果を期待しています。わが研究室の営業という側面もかなり強いです。

高校生の大学受験、わが大学のコースの学生の研究室配属、あるいは他大学学生もしくは社会人の、大学院進学、などにおいて、進路の選択肢を絞り込む際の参考になれば、という思いは正直にあります。

大学院進学については、毎年それなりの数のお問い合わせをいただいていて、実に嬉しく思っているのですが、今年は非常に少なくなっています。それでももちろん問い合わせてくださり、受験してくださる方がいらっしゃるので嬉しいのですが、なんだかかなりの減少傾向にあります。原因のある割合は僕らにあるのだろう、ということで、少し反省してみることにしました。

大学院でどうせ2年間勉強するのなら、自分のやってみたいことができる研究室、自分を伸ばしてくれる教育体制の研究室がいいんだろうと思います。そういう魅力を感じられる教育をしているか、そしてそれがちゃんと伝わっているか、少し甘んじていたところはあるのかもしれません。

一人一人が、自分の見つけてきたテーマに向けて、個人のペースの差はあるにせよいきいきとしていないとすれば、うちの研究室のスタイルでいう限り、責任は教える側に多大にあるのだから、そこは踏ん張らねばと思います。

僕が学生の頃の教授は大御所ばかりで、いちばん休講の多い、つまりお会いする機会の少ない、伊藤滋先生は、どういうわけかスターで、先生のお話がきけるだけで、なんだか感激、という不思議な状況でした。思い出せば出すほど、いい加減な面も多々ある先生なのかもしれませんが、先生のお話が直に聞けるときはとても嬉しかったです。まだ修士1年の頃、ゼミ資料作成が間に合わず日曜に登校していて、行き詰っていたから、1階上の伊藤大西研にいったら、たまたま某国から出張帰りの伊藤先生がいらして、当時誰も知らない、その国の地下鉄と都市というものを、即席ゼミ室でスライド上映してくださいました(その国はどこかは秘密です)。博士の1年の終わりの審査のときに、駅前広場計画で博士をがんばりたい、という意味のプレゼンをしたときに、審査委員長の伊藤先生から、重要なテーマだからいいね、とお褒めをいただいたときもなんだかすごく嬉しかったです。

直接の恩師の新谷先生にも太田先生にも、若干異なりますが、この先生のところにいてよかった、と思う場面はいくつもいくつもありました。

で、僕がそういう先生になれれば、ということは、このブログでも何度か書いていますが、そういう視点からの自己点検評価、そして改善計画を考えていきます。そして、自分でただ気張るだけでなく、それが見えるかたちにしていこうと思っています。まだ実感していない学生さんたちも多いかもしれませんが、少しずつ動いています。きっと変わっていきます。

さあ、うまくいくでしょうか?

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中村せんせー

ブログの更新が遅れ気味です。マンション管理組合理事長業務のほうで頭がいっぱいになる瞬間が多々あるためですが、なんだか一方通行の雪道をどうやって自分の車で乗り切るか、といった感覚ですが、前に進むのみと思っています。

今日は、表題のように声をかけていただくのが多い一日でした。

まず、昼休み、製図室を覗いたら(何年か前に製図室で盗難があって以来、製図室のドアが開いているときは必ず覗くようにしています)、3年生が何人も、水曜の交通計画の中間試験の勉強をしていて、声をかけられました。前日の悪あがきといえばそれまでだけど、それでも勉強している姿をみるのは嬉しくて、サービスをすることになりました。みなさん、いい点とらなくてもいいけど、充実感のある試験時間をすごしてくれればいいと思っています。

午後1時前、でかける直前にXコンサルタンツのQ氏がアポなしでいらっしゃいました。以前より大変お世話になっている方ですし、ここのところご無沙汰していたので、なんだかお会いするのが嬉しくて、少し、お話をしました。合併後の計画の整合の問題や、道路整備の考え方の問題など、いろいろと勉強になりました。

その後、川崎のアセスですが、自家用車で行きました。川崎市を大きく揺るがしているだろう案件の説明と質疑ですが、この会は、隣席の坂上先生のバランスのよさと鋭さに、いつも多くのことを学ばせていただいています。その他本日のアセスの会の中身は書きませんが、かなり時間がかかってしまいました。終わってから、声がかかりました。以前、本学で論文博士を取得する際に、審査をお手伝いさせていただいた方からです。カザフスタンの仕事をがんばっておられると聞き、嬉しく思った次第です。

時間がないので、車を川崎においたまま電車で東京へ。国土交通省の都市交通の小委員会。最終回に50分遅刻です。でも、大御所のマリクリスティーヌ先生よりは先に着いたようで、少し安心です。さっと資料に目を通し、気になる点を何点か指摘させていただき、一段落。今回の会議でももっともヒット作は、東工大の中井先生のご発言でした。アピール資料はよくまとまっているけどアピールしてこない、というのは、ある意味、とても厳しいご意見でした。

委員会の後は、都市地域整備局の何名かとバスの議論です。出身学科の先輩、後輩が、やまほどいるこの局については、いろいろと思うところがあるのですが、基本ポリシーとして、がんばろうとしているところは応援する(このことが理事長としてはいろいろと問題になっていくのですが)ということで、少し議論をさせていただきました。

終わって、エレベータを降りるところで声がかかりました。後輩の東君が声をかけてくれ、エレベータ内で少しお話をしました。彼は、関東地方整備局にいたときに、いろいろと一緒にお仕事をする機会があって、僕としては、ぜひ次世代を背負ってほしいと期待している人材です。

東京から川崎に戻り、さて車で帰ろうというとき、川崎駅のホームで声がかかりました。同僚で隣室の、このブログにも何度かコメントしていただいている細田先生ご夫妻でした。こちらは頭がかなりぼーっとしていたので、きちんとしたご挨拶ができなかったのが悔やまれますが、受賞式のお帰りということで、もっときちんと、おめでとうございます、というべきでした。ごめんなさい。

声がかかるのって、嬉しいです。基本的に寂しがりやですので、何か、肌で感じるものに、とても価値を感じます。

でも、いちばん嬉しい一声は、21時過ぎに家について、めずらしくまだおきていた妻子からのおかえりコールでした。疲れも嫌なこと(今日は嫌なことはひとつしかなかった)も、ぜーんぶ吹っ飛びます。

こうやって書いていると、悩みなどない人生にみえるのかもしれませんが、そんなことありません。数々の紆余曲折を経て今があるし、この瞬間も、悩みは尽きません。でも、嬉しいこともいっぱいある、ただそれだけが励みです。

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受賞御礼

社団法人土木学会の平成18年度国際活動奨励賞の受賞通知が届きました。

これもひとえにまわりのみなさまのおかげと感謝いたしますとともに、今後、より国際的な貢献に精進するように、という叱咤激励と理解し、より一層がんばっていこうと思っております。

自分がもらってしまってほんとうにいいんだろうか、という気持ちが大きいのは事実ですが、でも、正直、特にこの3回の学生海外視察旅行の企画や運営などを評価いただいたものと捉えれば、嬉しい気持ちもいっぱいあります。

賞のためにがんばる、というのは変ですが、がんばれば、誰かがどこかでみていてくれている、だから信念をもって生きていっていいんだ、と考えるのは、そう変ではないし、そう思うことにします。

横国土木の先生方、海外でお世話になった先生方、学生さんたち、そして家族、みなさまに感謝の気持ちをお伝えしたくて、記事にさせていただきました。

ありがとうございました。

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週末雑感

急ぎの業務があって、金曜はばたばたとしていました。幸いに、助っ人をお願いした多くの方のご快諾があって、なんとかなっていますが、落ち着きのない週末になりつつあります。

金曜の夜は、学生さんたちと夕食できるかなと思ったけど、みんな忙しかったようで、振られてしまいました。ちょっと寂しかったけど仕方ないですね。自分が学生のとき、お昼の時間に、太田先生が「食事いきますか」とみんなに声をかけたけど、タイミング悪くて誰も行かなかった、ということが何度かあったのを思い出しました。

公開講座の申込みは、思ったほど伸びず、現時点では38名です。リピーターの方も多く、またいろいろな機会でお会いしている方々も多く、それはとても嬉しく思っております。欲張っているわけでもありませんが、もう少し増えればと思ってもいます。まだまだ大丈夫ですし、無料ですからドタキャンしても全然平気ですので、冷やかしででも、申し込んでください??。

膝の痛みは少し治まり、階段の上り下りの苦痛はなくなってきたけれど、湿布の痕が被れてしまいました。とはいえ解決しそうで安心です。

月曜からニューヨークに行くのですが、その前に仕上げなくてはならない仕事が2つあるので、がんばらねばなりません。

でも、日曜は、マンションの大規模修繕の住民説明会で、理事長として挨拶と司会進行もしなくてはならず、自分の時間は、昼間は、十分にはとれなさそうです。まあなんとかなるでしょう。

ということで、占いでは得点が高いけど、少し低調な、そして、なんだか落ち着かない週末ですが、来週はひさびさのアメリカ、自由時間の全くない出張ですが、それでもいろいろなものを得てこようと思います。

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都市工同窓会



東京ミッドタウンのリッツカールトンホテルにて、東京大学工学部都市工学科の40周年同窓会が開催されました。ものすごい人数の参加者で、ほとんど朝の通勤電車のような立食パーティーでした。でも、多くの方にお会いできて、充実した時間ではありました。

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いいかげんな先生

先生がいい加減だと、学生さんは、自分でなんとかしないと、と思うようになり責任感が高まるということがあります。もちろんそれなりのポテンシャルがある学生さんたちがいるという前提です。

少なくとも、都市が、交通が、研究活動が、あるいは、ないとは思いますが、先生が好きで、集まっている人たちですから、モチベーションは十分にあって、きっと僕らの仕事は、それをより盛り上げて、かつ持続させることだと思います。

この研究活動はマラソンにもたとえられますが、むしろ連続テレビドラマのようなものかもしれません。盛り上がりがあり、少し冗長気味のところもあり、コマーシャルもあれば、おさらいをするところもあり、シリーズものだと、途中に区切りもある。大事なことは、次回の予告があること、つまり、次につなげるものがあること、なんだと思います。

ひとつひとつ、階段を踏みしめるように仕上げていく、でも、そこに、ずっと立ち止まっていてはいけなくて、靴の泥やらなにやらをはらって、次の一歩を踏み出さなくてはならないとき、なんていうのも、なんどもあるんだと思います。

完璧なつもりでいても、あとで見返せば、いろいろ気づく。だからあの時は失敗、というのではなく、気づいたら、次に進めばいいんだろうと思います。

休みも必要。気分転換も必要。区切りも必要。次へのホップステップジャンプも必要。でも、なによりも、明るく前向きで、元気な心が必要。そういう心がないと、都市を、そしてそこに息づく人、社会をみる目が曇ってしまいそう。それではいけないものね。

そんなことを思いながら、夜のとある委員会で提出した中途半端な資料の反省をしている自分でした。

ひさびさに、深夜の餃子やけ食いをしました(ひざの痛みも忘れてしまう快感)。

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英語を馬鹿にされても

日本人の英語がどれほど馬鹿にされているか?

その昔教わったんですが、次のサイトはなかなかのものです。LとRを間違う日本人向けのURLでしょ。

http://www.engrish.com/

日本人にみられる英語の間違いを集めては、あざ笑っている、いやなサイトです。特にそのFAQのところがきつい。日本の英語教育批判まで満載です。事実は事実としても、日本語自体を馬鹿にしている雰囲気があるところは、ちょっと許せません。

いずれにせよ、気分転換にみてみてください。

Concerning the Engrish Phenomenon:

1. What is Engrish?

2. Is Engrish found only in Japan?
3. Why do the Japanese try to use so much English if they can’t do it right?
4. Why can’t they get it right? Don't Japanese study the English language?
5. Why don't the Japanese check their English beforehand?
6. Is Engrish real? Those photos are doctored in Photoshop, aren’t they?
7. What are common Engrish mistakes?
8. Are these products on your site targeting Japanese people or westerners living in Japan?
9. Where does the word “Engrish” come from? Are there other words to describe it?

ひとつめの質問 Q. What is Engrish? だけ答えを載せておきます。

A. Engrish can be simply defined as the humorous English mistakes that appear in Japanese advertising and product design.

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新人たちと

ひとつめは新1年生。横浜国大の土木では、1年生の最初の木曜に、自己紹介大会をします。40人に満たない小さなクラスですので、とにかく仲良くなろうという趣旨です。名前、出身地、趣味などとともに、横浜国大を選んだきっかけを言ってもらいました。

土木工学への興味とか、もし願わくば、都市や交通への興味というのを期待していました。AO入試や前期日程入試での面接試験でも、そういう答えをいくつも聞いていたし、期待大です。しかし、

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偶然とはいえ

カテゴリー設定に悩みましたが、この2年くらい続いている不思議な事件です。

僕は、東京大学の工学部都市工学科の出身です。自分が配属された研究室は、当時、教授が新谷(にいたに)洋二先生(もうすぐ喜寿です)、助教授が太田勝敏先生(現東洋大学教授)でした。僕の8つ上に原田昇先生(現東京大学教授)、4つ上に久保田尚先生(学部は横国土木で1期生、現埼玉大学教授)がいらっしゃいます。

研究室は新谷太田研究室で、原田、久保田という大先輩にかわいがられて育ちました。原田先生は、当時は非集計モデルそしてマクロ交通需要予測を中心にされていましたし、久保田先生は地区交通中心でしたから、研究テーマはかぶらないのですが、それでも研究室での成果物の原稿等では連名する機会もありました。

で、事件は2年前に遡ります。

太田君という学生が、他大学からわが研究室に大学院生として来ました。これが最初です。そして、同じタイミングで新4年生として原田君が配属されました。でもそのときは、これ以上のことはないだろうと思っていました。

そしてその1年後、今度は、外部から新谷(しんたに)君が、大学院にきました。ここで、新谷、太田、原田が揃いました。

そして、この春、ご想像のとおりの事件がおきました。

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新入生をお迎えして

4月5日は入学式、そして6日はシビルエンジニアリングコースの教員と新入生の初顔あわせです(個人的には結婚記念日でもありますが)。

新入生へのメッセージというのを毎年、各教員が言うのですが、なかなか個性があっていつも実は楽しませていただいております。その場では、健康であることと誘惑に負けないことを申し上げました。

この子達の4年間が、少しでも実りのあるものになりますように、そういう思いで、僕らはこれからも走り続けるのですが、さあ、どうなっていくのでしょう。この醍醐味は、大学の先生の特権ですね(特権と思わない先生も日本中にはいそうですが)。こういう自分の立場を、最大限楽しんでいられる自分はきっと幸せなのだと思います。

やっと新年度が動き出した気分です。どうぞよろしくお願いします。

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新年度のはじめにあたって

あっという間に新年度になりました。毎年、今年こそはウィットに富んだ嘘でみんなを喜ばせようと思って4月1日を過ごすのですが、今年もそれには至らずです(前の記事は事実です)。

研究室はスタッフも学生さんもみんな人間的に素敵な方々ばっかりですので、このいい雰囲気(と僕が思い込んでいるだけかもしれないけど、思い込めるだけでも幸せかもしれない)を持続させていければと思います。

研究室としてのパフォーマンスは、多面的に評価されるので簡単には言い尽くせませんが、それでも、いろいろな意味で、少しずつアップさせていこうと思います。

昨年度よりは海外渡航は少ないはず(昨年度は、釜山、BKK、パリ、台北、BKK、ケープタウン、欧州、ヤンゴン、コロンボ、BKK、ダッカ)ですが、年度末に学生視察でブラジルのクリチバ(ニューヨーク経由)を敢行する予定(2008.3.1出国、3.5ニューヨークで解散予定)なので、それに向けて、体力と財源を確保するようなペース設定を考えます(とかいいながら、4月はニューヨーク、6月はオランダなんですが)。

でも、なにはともあれ、みんなが、健康で、前向きなことです。それだけで十分に幸せです。

毎朝好きな音楽が、テレビをつけると自動的に流れる半年というだけでも嬉しい今日でした(妻子は7時30分と8時15分と2回みている僕に呆れていました)。

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母校でお世話になった秘書のTさん

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30日の夜は、東京大学工学部都市工学科の都市交通研究室で36年間秘書をされていたTさんの停年退職パーティーに参加しました(ご尊顔をぼかしてしまいすみません)。初代教授の井上孝先生(横国交通研の初代教授でもある)はもうすでにお亡くなりでして、まもなく喜寿になられる2代目の新谷先生(横国交通研の2代目でもある)、3代目の太田先生、そして今の原田先生、他には、僕を含め、昔助手をしていたメンバー、そうではないけれどTさんと懇意のメンバーなど、総勢20名あまりでのパーティーでした。

実質的には、新谷研同窓会になっていました。東大都市工の都市交通研究室は、日本でいちばん文献の揃っている研究室です。それはTさんのおかげでした。勤務中に司書の資格をとり、保管のルールを決めたのはTさんです。都市工学科の図書室は、その後のTさんの指導で成立しています。

今や表千家の師範でもいらっしゃるTさんは、いつもニコニコしていらっしゃって、僕らをはじめ、学生はみんな、とても救われていました。卒業論文の背表紙の文字を書いていただいたのも昨日のことのようです。

退官後も時間雇用で、勤務されるということで、実はそれほど状況はかわらないのですが、それはそれとして、お世話になった(実はいまも横国交通研の学生はお世話になっている)ことを感謝いたします。

写真は、わがままを申し上げて、ツーショットをとらせていただいたものです。

今にして思えば、この、自分が育った研究環境が、自分の今のスタイルをつくりあげていて、たぶん、それがいまのうちの研究室の雰囲気にそのままつながっているということかもしれません。そして、うちを育った人たちは、その得たものをきっと次の世代についでいくのでしょう。

2次会もすごかった。

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卒業・修了に際して

23日は、卒業式、修了式、そして謝恩会でした。謝恩会は、学生さんたちが一生懸命準備してくれて、別にとりたてて突飛な内容があるわけではないのですが、例年になく、一生懸命さが伝わってきて、とてもよかったと思います。

お別れに際しての気持ちは、プレゼントをもらった後の挨拶でも言ったのですが、ここにも記しておきます。

具体的には、same moonという唄の歌詞のままです。歌詞そのままは書けませんが、要点だけ書いておきますね。

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紅茶の美味しい喫茶店

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今日は、めずらしく横浜駅西口で時間調整です。スターバックスもドトールも満席で困っていたら、紅茶の専門店を発見。スリランカ産のなんとか、というお茶で1時間座ってメールチェックをしていました。

午前は、同じ横浜駅西口で県の窒素酸化物の委員会でした。交通のことを議論するのに、言っちゃ悪いけど、事務局も委員のみなさんも交通のプロではない人ばかりでした。先生方はそれでも、知見や経験の範囲でいろいろな発言をされるけど、それも、これまた言っちゃ悪いけど、専門的見地からの視野からは少しずれています。事務局はいったい何を狙ってこういう会を催したのか、よくわからないまま時間が過ぎていきました。

交通に関してこういう取り組みをしているということを専門的に評価するのなら、そういう人選で、そういう資料をつくるべきですが、どうもそうでもない。言いたいことは言ったけれど、ひさしぶりに、この委員会はどうなっていくんだろう、と心配になった会合でした。

午後は豊島区、紅茶のあとは、県の都市交通のほうです。これらは、比較的スムーズにいったと思います。

年度末シフト、後半戦もいよいよ山場です。遠距離ものを2つこなして、ゴール間近です。

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大学生は勉強しないと思われている?

今日いちばん笑ったこと。

息子に、机は大事に使ってね、と言って、ついでに、コマーシャルでも6・3・3で12年(某学習机メーカー)っていうでしょ、といった時の息子の返答

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卒業研究審査会を終えて

なんとか無事おわりました。4年生のみなさま、お疲れ様でした。まずはゆっくり休んでくださいね。みんな自分たちで、どこがよくてどこがまずかったかわかっているようなので、それは安心しています。

今年ははじめて(僕が横浜国大にきて12年ですが)、審査会の夜に打ち上げをしました。多くの学生さんが集まってくれました。2次会はカラオケになっていました。自分の意思とは別のところで、たくさん歌わせていただきました(歌うとたくさん呼吸するので花粉やウィルスがいなくなる)。みんなのための時間なのに、みんなに気を遣ってもらい、恐縮でした。でも楽しかったので、よかったよかったということにします。

次は謝恩会の後の研究室打ち上げかな(謝恩会に僕は出席するのでしょうか)。

コミュニケーションが多くとれるかたちを持続させていこうと、改めて思いました。

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とある1日

研究室の学生さんではない方々にとって、参考になれば(ならないかな)。

2月27日は朝の9時30分から、卒業研究発表会のリハーサル。リハーサルといっても完璧な準備など誰もできておらず、28日の本番までの課題は多々あります。修士の先輩からの的確なアドバイス、岡村先生からの事細かな指示、僕はなんだか大雑把な方向性の修正や混乱の整理をお手伝いするようなコメント、結局、正午までかかりました。

そのあと、今日は、JICAの都市公共交通コロキウムのセッション4のコーディネーターになるべく新宿の幡ヶ谷へ。あらかじめお願いしてある課題に対して、参加メンバーの研修生(マレーシア、タンザニア、ハイチ、ペルー、パキスタン、ウガンダなど)からの東京の公共交通に関する勉強の成果のプレゼンにコメントをする仕事。短期間なのでやむを得ませんが、つくばエクスプレスのこと、東京メトロのこと、コミュニティバスのこと、タクシーのこと、事実誤認は是正するとともに、奇抜なアイデアは大歓迎というスタンスでコメントしました。僕は楽しかったけど、研修生はどうだったんだろう。これは、来年、僕がこの仕事に雇われるかどうかで、はっきりと評価されます。

そしてふたたび大学へ。4年生7人は、必死で作業しています。何人かの学生は、パワーポイントスライドのチェックやグラフの見直し、表現方法などの相談に来ます。僕のほうは、新年度の研究申請や今年度の研究成果のまとめ、その他依頼原稿の仕上げなど、実は、ばたばたしています。そして20時。お腹が空いたので、学生有志を誘って夕食へ。このパターンは、不定期ですがパターン化しており、研究室用ブログの僕の予定から事前に判断できます。それを狙ってということはないでしょうけど、必ずしも切羽詰っていない大学院生6名が参加。愛車ディオンは7名乗りなので、みんなで三ツ沢西町のグラッチェへ。そこでパスタとピザをみんなでシェアし(たいした金額ではないのでサービス)ました。

4年生のこと、この1年間のゼミのこと、就職のこと、勉強のこと、学部3年生のこと、いろいろな雑談をしながら、それでもあまりゆっくり食事しては4年生がかわいそうと思いながら、ひとときを過ごしました。

帰りは、夕食もとらずにがんばっている4年生への差し入れを買いに、これまたみんなでローソンへ。はたからみたら、おじさん一人と若者6人という不思議な集団です。お菓子やら手巻き寿司やらアイスやら買い込んで(これは僕と院生で負担)、大学に戻りました。院生6人は、4年生のアドバイス体制に戻り、がんばっています。こんなにぎりぎりにがんばっていることをどう評価するかは別として、がんばっているみんなに、火の用心をお願いして、僕は帰宅しました。

こんなんでいいのか、というくらい和気藹々としています。もっと厳しい研究室もあるし、もっと学生と距離をおいている先生もいるようですが、僕は僕でしかあり得ない、というのがこの十数年での答です。

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また春がくる

講義の感想をいつもかいてもらっているのですが、後学期の都市計画の講義の感想をアップしました(研究室のホームページからご覧下さい。)

http://www.cvg.ynu.ac.jp/G4/index.htm

最終回の講義でクリチバ市(ブラジル)のビデオを見せるのですが、あまりに強烈なのか、そこにばっかり関心が集中してしまっているようで、嬉しいような、自分の講義自体はインパクトがなさすぎるのか、反省するところ大かもしれません。それでも、ややむずかしめのテストでもきわめていい点を取る学生が半数以上いたので、よし、としています。

年度が少しずつ終わる中で、春を感じるわけですが、何もかもうまくいっているわけでは決してなく、しかたないこともそれなりにあって、多感になりがちです。

別れが来る分、きっと出会いもいくつもあるので、かりに差し引きができるのであれば、きっと得をするんだろうけど、差し引きなんてできやしないので、それぞれをひとつずつ受け止めていかざるを得ません。

時間に追われて飛び回っているようでも、ふと立ち止まって考えてみると、気づくことも多々あります。毎年、この時期はそんな気分だったりします。

帰国後ちょっと体調が悪いのですが、徐々に回復してきました。来週には完全復帰をめざします。

月曜には、前記日程入試の面接官として登場します。今年は部屋の都合で、交通研究室のゼミ室も活用しますので、受験生の何人かと、そこでお会いすることになります。

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楽しい日本交通政策研究会プロジェクト発表会

土曜日には仕事をいれないのですが、日本交通政策研究会のプロジェクト報告会と国際交通安全学会の内部発表会は、研究費をいただいている手前上さぼるわけにはいかず、毎年、参加しています。

2月17日は、日本交通政策研究会のプロジェクト報告会です。研究室の小林寛和君の路面電車の電停の修士論文と、塙綾子さんのバス停の修士論文をあわせて20分で発表してきました。当人たちが15日の修士論文審査会に用いたスライドとほぼ同一のものを使いました。発表で違う点は、コンビニでの実験がいかに大変だったか、広島の実験がいかに大変だったか、バーゼルをみつけるのがいかに大変だったか、これをきちんとお話ししたことです。うちのかわいい学生さんたちがいかにがんばったか、これは聞いていただけるすべての方に伝えなくてはなりません。

で、質疑応答の時間は最高に充実していました。

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いいな東大って、久しぶりに思いました。

今日は、午前が環境省の委員会、お昼に大学で修士論文の審査をして、すぐ霞ヶ関に戻り、国土交通省の委員会。その後、久しぶりに東大にいってから帰宅という日程でした。

環境省のやつでは、高速道路のSAやPAをどう考えるかというところが個人的に興味を持ったところで、新年度のネタにしようと思った次第です(詳細はまだ部外秘です)。

お昼は、世界銀行留学生の審査でした。交通研究室のエーエーマウさんの審査のときは、忙しい中、研究室メンバーが何人もかけつけてくれて、とても嬉しく思いました。留学生と日本人学生の距離は、この数年で、わが研究室に関していえば、確実に縮まっています。英語がチンプンカンプンでも、仲間の発表を応援する、というのは、なかなかいいと思います。ちなみに、他の研究室のことはちょっとわかりません。

午後の国土交通イノベーション推進会議。いつになく冴えていませんでした。あんまり大した発言ができなかったけど、それでも東大の坂村先生がサポートしてくださり、かなり救われました。

そして、交通工学研究会に関するとある要件のため、東大の原田先生のお部屋に伺いました。

噂にはきいていたけど、ここにあったとは。
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学生に救われている教授

年度末に向けて、いろいろな勉強会や審議会などが目白押しなんですが、得るものの多いときは嬉しい限りです。

今日の午後は、神奈川県の公園審査会でした。年に1度で、昨年休んだから2年ぶりです。かなり前ですが、何かの勉強会のときに公園の駐車場の台数予測を強く批判してしまってから、だったら公園の勉強に付き合え、ということになり、審査委員をやっています。

今日も、駐車場の量の問題を発言してしまいました。そして、次の資料で、河川と道路の連携と書いてあって、ここのところ、修士1年の冨田君のテーマをずっと気にしていて、この話題については思うところが多いので、これまたなんだかたくさん発言してしまいました。都市の河川沿いの道路空間にみえる空間を緑地確保の視点だけで考えるとまずくて、あくまで都市の中の動線であること、つまり都市活動あるいは都市生活とのつながりをみていかないとかえって無駄なことになる、という主旨のことを申し上げました。

少し違う話題の中で、交通ということを見直すと大変勉強になるし、日頃から学生さんとゼミで議論をしていること、その前後に考えていることが、結構いろいろなときに役に立っています。

大学の先生やってて幸せを感じる瞬間は多々ありますが、なんだかんだいって学生さんたちと議論しながら自分も視野が広がるし、成長(お腹周りではないよ)していくことを実感しています。僕は学生さんを救っていないわりに、学生さんたちに数多く救われているなと、あらためて実感しました。

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大学受験のみなさんへ

センター試験も終り、受験する大学の選択を最終決定するタイミングです。まさか、このブログを読んでいる人に、そういう状況の人はいないだろうと思っていますが、万が一ということもあって、思っていることをまとめておきます。あくまで私見です。大学、あるいは学科、コースの考えではありません。

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OBOGのみなさんへのお願い

横浜国大OBOGのみなさんへ。

サンプリング率が低いので、ごく一部のみなさんだとは思いますが、工学部長名でアンケート調査が郵送あるいはメール配信されると思います。もし届いたら、ぜひご協力をお願いします。

事務連絡先は僕になっていると思います。問い合わせは、メールで僕までお願いします。

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新年にあたって

あっというまに新年になりました。本年もどうぞよろしくお願いします。年賀状の文面ファイルを画像形式で左に載せましたのでご参考になればと思います。年賀状にはいろいろ批判的な意見もあるようですが、あまりむずかしく考えずに、あの人の賀状をみたい、という人がまわりにいれば送るということでいいんだろうと思っています。力みすぎるとかえって何も見えなくなる、いろいろなことにはきっと意味がある、そう思えることが幸せなんだろうというところでしょうか。

信じるところへ、という唄がありますが、歌詞は書くわけにいかないのですが、そういう気持ちで、今年もがんばります。

年末年始とばたばたしていましたが、雑感をまとめておきます。お題は、リセット、八重洲ブックセンター、バンコク、目線、です。ご興味あれば、続きをどうぞ。

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1年が終わろうとしています。

2006年の一年間、みなさまにお世話になりました。御礼申し上げます。

どうなることかと思ったブログも続いていますし、秋には本も出たし、なんとか順調な仕事っぷりだったか、とは思っています。

反省することも多々あります。2007年は、少しは成長できればと思います。

12月29日から完全に休業モードになっていて、思考は停止していますが、1日夜には復帰して、ブログも再開します。

どうぞまたご贔屓にお願いします。

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距離と密度

まだ東大で助手をしていたとき、工学部の横断的プロジェクトとして交通工学共同研究というのがたちあがり、土木工学や都市工学はもとより、機械、航空、船舶などの大先生(いまやみなさん名誉教授)の集まりの事務局作業をしていました。1993年に技報堂出版より発行した「東京の交通問題」がその成果です。

毎回、各先生が順番にお話をするのですが、そこに、新谷先生を引っ張り出し、さらには、伊藤滋先生も引っ張りだしてしまいました。両先生とも、僕のお願いをご快諾いただき、工学部の他の大先生たちの前で講義をしてくださいました。

伊藤先生は、冒頭に、あれれ、とおっしゃい、今日は、君(つまり中村)のような若い(当時は30歳くらい)人に話すつもりできたんだけど(聞き手は年寄りばっかりじゃないか)、といわれましたが、それでも講義をちゃんとしてくださいました。そのテーマが密度でした。中身はちょっと忘れてしまいましたが、いわゆる密度論を総括的に展開してくださいました。伊藤先生は、都市工学科の僕らの世代では、伝説の先生で、休講は多いし、神出鬼没で、先生のお話をきけるというのは、とても貴重な機会で、学部生のころから、誰もが、先生の話をききたい、と思うような先生でした。最近のメディアでは、批判されていることも多いようですが、僕らからすると、いまでも神様です(当時の都市工学科の教授、都市計画の川上秀光先生、都市設計の大谷幸夫先生、都市解析と住宅地計画の下総薫先生、国土計画の伊藤滋先生、そして都市交通の新谷洋二先生は、みなさん神様のようでした。ベストティーチャーかというと?だし、講義が上手かというと?ですが、その話の中身に惹かれつづけました。

以上が前置きで、本題にうつります。

都市の交通を、都市の文脈で考えるとき、伊藤先生が展開された密度、そしてもうひとつのディメンジョンとしての距離、この2つはかなり重要なキーワードです。この2つの視点をどう扱うかで、すべてが決まってくるといっても過言ではないと思っています。TOD(トディじゃないよ)の話だって、密度だけで議論してはいけなくて、地区内の距離と、都心との距離を扱わなくてはいけないし、密度も単なる夜間人口だけでいってはいけない。夜間人口も、多様な生活様式を表す指標としては不十分。こういうことをわかって、どんな分析を展開するか、これがセンスなんだろうと思います。

交通の分析は人を相手にしていますが、交通計画の分析は、その人が住み、動く空間をも相手にしていますので、空間を、からだと頭でつかむ能力がとても大切です。つまり、教育としての交通計画研究でも、その能力の育成が大切なんだと思います。

少なくとも僕は、まちが好きな人たちと一緒に勉強していたいし、まわりの人にそうであってほしい、と思います。

昨日は研究室の忘年会でしたが、あまり上手に挨拶できず、不完全燃焼でしたが、きっと、学生さんたちに言いたかったことを言い切れなかったのが、不完全燃焼の理由かと思います(武士俣さんがドタキャンしたことや、山﨑夫妻(二人とも)が来ればいいなと思っていたことや、2軒目のおでんが、我が家のほどの味ではなかったことや、歌わなかったことや、たいした理由ではない)

研究としての基本的なことや作業面でのこと、それもとても大事ですが、長丁場の研究を自分の意思で続けるためには、まち、せめてまちの中の交通を考えることが、好きでないと無理と思っています。もちろん数学が好きというところで攻め込む研究アプローチもありますが、あくまで、うちでは、という意味で、やっぱり、結論は「愛」かもしれません。そして、まちを考えるときに、密度、そして、距離、という切り口でみると、きっと、新しい発見が多いと思います。

このテーマはもう少しまとめてみます。都市解析の教科書ではかなりまとまっているんですが、フィジカルプランニング、そしてマネジメントの視点での突っ込みがまだありそうです。

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不完全燃焼

研究室の忘年会をしました。OBの方も何名か参加してくださり、それはにぎやかな会でした。3次会までつきあいましたし、多くの学生さんとお話をしたような気もします。

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テクニカルショウに向けて

来年2月1日のパシフィコ横浜で行われるテクニカルショウでの展示と講演に向けて、研究室の活動がわかる1枚の資料をつくりました。先日のパンフレットは、研究室としての教育という面が強くでていますが、今回は、僕のオリジナルで、どういうことに関心があるのかを、すべては網羅していませんがおおよそちりばめました。なかなかよくまとまっていると思いますので、ここにお披露目します。こういう研究室として、どこにも負けない強さ、ちょっと変わった視点から現実にぶつかっていく強さを持ち続けようと思います。

注)学生さんへ。この資料に自分の研究が載っていないからといって中村に見捨てられたと思わないようにね。よく考えれば、いろいろ関係しているはずだし、僕はがんばるみなさんを見捨てることは絶対にしませんから。

「TS070201.pdf」をダウンロード

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スリランカの調査を終えての雑感

 木曜は、午前中は、モラトワ大学にて、午後は政府道路局にて、幹線バス輸送(BRT: Bus Rapid Transit)についてのセミナーです。このセミナーは、プレゼンテーションを何回かにわけて、その合間ごとに意識調査を繰り返すことで、プレゼンテーションの効果を測定するという側面をもっているもので、11月にバンコクで実施したものと比較することも目的にしています。11月のときと同じプレゼンを今回も行いました。
 大学のほうは、1年生の40人近くが参加しました。彼らの態度のよさは特筆ものでした。講義の最初と終わりは、自主的に起立して礼をするし、にぎやかですが、リアクションが完璧でした。わかりましたかと聞くと全員がはいと答える、がやがやしていても、僕が話し出すと瞬時に静まりかえり全員が僕を見つめる、これはなかなか快感です。日本人学生に対してはもうあきらめているところです。(ご存知の人も多いと思いますが、インドに近い国々では、肯定的なうなづきのときにクビを斜めの位置で左右にふります。これを否定的な返事と受け取るとかなり失敗します。今回も学生が全員同じように首を斜めの位置で左右に振ったのは、なかなか興味深かったです)。
 午後の政府のほうは、かなり異なっていました。16時30分に帰宅の無料送迎バスが出発するということで、16時を過ぎるとみんなそわそわして落ち着きがなくなってきました。このことが調査結果に影響してしまいそうですが、やむを得ません。
 今日、僕がバスのセミナーをすることはあちこちに知れ渡っていたようで、JICAの職員と専門家が聞きたいということでいらっしゃいました。職員の方は、ダッカでがんばっている武士俣さんのことをよく知っていました。武士俣さんは有名人なんだということをあらためて認識しました。彼女はダッカで廃棄物案件をいくつかやっているということがあり、その方は、僕の専門領域を環境問題だと勘違いされました。武士俣さんは、それくらい環境のことを一生懸命にやっているということであり、僕は実に嬉しく思いました。
 今回のスケジュールについては、全体について、うちの留学生のシバクマール君が、そして政府のほうについては、さらに、修了生のカハタピティヤ君(ニコニコおじさんと呼ばれていた。自宅の2階を増築したことを嬉しそうに語っていました(以前自宅に訪問したときは1階だけだったので))にとてもお世話になりました。こうやって、いろいろな縁の中で、みなさんに支えられてようやくのこと自分がある、というのは、いつも感じるのですが、とてもありがたいことです。そういうみなさんに少しでもお役に立てるようにといつも思っています。
 夕方、帰路で、シバクマール君のお父様にお会いしました。彼ががんばって勉強していることを告げると嬉しそうにしていらっしゃいました。博士課程の学生でも息子は息子ということでかわいがっているんだということがよく伝わりました。親に愛されている子供は、いくつになっても、共通する輝きをもっていますね。
 いま空港にいるのですが、勤務シフトの交代の手続きのため午後7時から午後9時までカウンターが閉鎖される、というなんだか聞いたことのない事情のため、待たされています。今回のツアーでは、待つことがたくさんありますが、これも定めと、のんびりしています。バンコクで一息ついて土曜には帰国します。
 これでしばらく海外渡航から遠ざかります。ダッカが楽しみです。

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いまひとつ

そして11日の週。月曜、火曜と、夜時間帯の委員会がないので、わりとはやく帰宅できました。それでも隙間にいろいろ宿題を片付けていると、睡眠時間を十分にはとれません。でも、結構片付けた。この初冬の間に、国際交通安全学会の論説でマルチモーダルと、名古屋都市センターの機関誌の論説に公共交通と都市拠点の考え方を、交通工学の座談会原稿のとりまとめ、都市計画学会の国際委員会ニュースの短い原稿、と仕上げることができ、あの国土交通事務次官の勉強会でもプレゼンができ、日本交通政策研究会の報告書も出し、とけっこうがんばったかなと思っています。機内でも2月にパシフィコでやる講演に向けての原稿を作成しました(岡村先生に検閲いただいてから提出します)。

でもちょっと疲れました。眠いし、消化器系がいまひとつという感じです。

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修正:進研プレスインタビュー公開

8月に行われた「進研プレス」『学べる大学探せる事典・理系特集号」の取材のインタービュー内容の記事について、発行日10月10日を過ぎた段階で公開いたします。

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みつかっちゃった

夏にお世話になった東京海洋大の先生方に、このブログの存在を気づかれてしまいました。9月には、突然、苦瀬先生からメールがきて、思わずびっくりしました。

そして、お気づきの人もいるかと思いますが、海洋大の記事に、昨日、

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後進を勇気づけて

週のはじめに、北海道大学名誉教授の五十嵐先生の訃報が届きました。2年前くらいの土木学会全国大会でお元気なお姿をお見かけしていたので、実にびっくりしました。

僕が東京大学で大学院に進学して最初の全国大会で、卒業研究の成田ニュータウンの話を発表したとき、当時は座長と副座長がいらっしゃったのですが、座長が五十嵐先生でした。暖かく見守っていただき、昼休みには、よかったよ、とお声も掛けてくださいました。都市交通に関連するいくつものセッションで、その年もそれ以降も、いつも会場の前のほうにお座りになり、非常によく通るお声で、発表内容のよいところをこれ以上ないというくらいにお褒めになり、同時に、本質に近い質問をされる先生でした。僕の恩師の新谷洋二先生も、学会ではほとんど同じポジショニングで、時には、発表学生はさておき、お二人で討議をされていました。当時の若造の僕らは、それがとても勉強になり、また楽しかったものです。京都大学の天野先生、岐阜大学の加藤先生も、同じポジショニングでした。助手になって2年目に、土木計画学研究発表会で、審査論文のセッションというのが当時あって、そこで発表したときの司会も五十嵐先生でした。そのときは、バスターミナルの待ち行列シミュレーションの発表をした記憶があります。このときも、セッションの3つの発表全体を、きちんと評価していただき、さらに議論を盛り上げていただきました。

先日、目にした言葉で、

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不人気講義

大学院の講義が20日からはじまりました。僕の講義は、英語で都市計画や交通計画の基本プラスαプラス哲学を語り、議論するものです。英語でやるのはこれで7回目ですが、まだ試行錯誤は続いています。

ということで講義の中身は必ずしも魅力的とはいいません。が、それを差し引いても、受講者が少なくてがっかりしています。こういうことをここで暴露するのはよくないかもしれませんが、事実として語るならば、ここ数年で、土木工学の学生で、交通以外の研究室に属している人の受講というのは、たったの

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研究は役に立たない

などと真正面から言われて、嬉しい工学系研究者はほとんどいないと思います。これが別世界になると、役に立たないことをするのが研究だ、などとおっしゃる方もいます。

学生の頃から、これは、僕を悩ませる表現でした。

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夢を語る

この言葉は、実に苦手な言葉です。

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営業の日々の中で

火曜、水曜と営業の日々でした。川崎市環境アセス、県庁某委員会、府中市のコミュニティバス、川崎市のバスと続きました。今週の営業は、これであと1つを残すのみです。

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進研ゼミ 玉砕にあらず

進研ゼミのほうから、大学院案内の冊子の原稿の初校が届きました。それにかなり手直しをしてもらって最終校になりました。だいぶかわりました。

以前、玉砕、と書きましたが、実は、そうでもありません。

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海外を体験するということ

IAESTE(イアエステ)の制度というのがあります。その昔、武士俣明子さんという教え子さん(現在はJICAにいる)が、関心をもって、果敢に応募し、見事合格し、2ヶ月間スウェーデンで研修を受けました。彼女がそうなったきっかけは、お寿司でした。

イアエステの交換留学生が、毎年日本に何名も来るのですが、その一部が、東京急行電鉄の工務部にきます。そして、毎年、彼らは、太田勝敏先生、原田昇先生、そして僕と会うことになっています。武士俣さんが修士1年の夏に、東急にきていた留学生と僕は、大学のそばの島寿司で会食をしたのですが、たまたま大学に彼女がいたので誘ったわけです。ちなみに、そのときの東急側の若手社員が、あの岩本君でした。

で、今年も、彼らと会食をしました。ドイツのケルンで建築を学ぶ女子大生(身長176cm?)を囲んで、東急の方々と原田先生と僕とで会食をしました。

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評判の悪い大学院入試問題

先日のドクターコースに続き、今度はマスターコースのほうです。講義で教えた内容を逸脱することなく、応用的な問題を用意したのですが、受験した人全員が、これは予想外といっていました。

確かに期末試験よりは、ひとひねりしてありますが、こういう尋ね方に対して、あわてることなく、論点を簡潔にまとめる能力は備えておくべきでしょう。特別選抜の人もぜひチャレンジしてみてください。解答は教えません。

他大学のみなさんで横国を候補とされているみなさんへ。僕らは決して偏った講義をしていませんが、みなさんの大学の講義と同一とは限りません。ですので、試験勉強としては、講義シラバスを土木のHPから入手し、そこに記されている教科書や参考書を読み込む程度の努力はしておいてください。

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大学院入試問題を公開します。

本日、大学院入試の筆記試験が終了しました。博士課程後期(いわゆるドクターコース)の筆記試験問題を以下に公開しますので、参考にしてみてください。なお、お問い合わせいただいても、模範解答は、メールあるいは電話では、ご案内いたしませんので、ご了承下さい。

これだけの分量を、当然持ち込み不可で、しかも冗長ではなく、要点を2時間でまとめるのは至難の業であることはまちがいありませんが、こういうことを僕が求めているというように、理解していただいてかまいません。これで人気が下がったら少し困りますが。

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調子に乗っていると

いけません。自分が誰に向いて何をしているのか、誰に向いて、何をすべきなのか、ときどき軌道修正が必要です。

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進研ゼミ 玉砕?

進研ゼミのインタビューに答えました。こちらの思惑は見事に玉砕しました。

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キリスト教徒ではないですが

迷うことはいくつもあります。遠回りすることもよくあります。今の道が実は正しくなかったということもあるかもしれません。道をかえたほうが幸せかもしれません。でも、戻ってきてくれるとなぜか嬉しい気持ちになります。

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大学院入試

大学院入試の筆記試験についての一言です。

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ご協力お願い

大学に来る人たちへの交通に関する情報提供の工夫を試みています。調査にご協力いただければ幸いです。

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高校生のみなさんへ

今年もオープンキャンパスの季節になりました。横浜国大では8月4日と5日に行います。

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たまには褒めておこう

研究室の目標とか方針とかあまりかっこよくはいえませんが、この数年、事あるごとにいっているのは、2つの人物像です。

1つは、プランニングマインドを持ったエンジニア、
もう1つは、エンジニアリングセンスを持ったプランナー

です。

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ライブの次は映画監督?まさかね

いくら、先輩を尊敬しているとはいえ、音楽の次に映画、なーんてことはないはずですが

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カウント数の真実

ISHCの国際会議事務局で、不自然な毎日を過ごしています。

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東京海洋大

東京海洋大

東京海洋大

越中島駅付近です。撮影者の言いたかったことはなんでしょう?

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大学院入試

大学院の特別選抜、いわゆる推薦入試の口頭試問があと1週間で行われます。

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同窓会御礼

7月8日は、横浜国立大学の土木工学教室の同窓会でした。

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祝 新パンフレット完成with岡村先生の写真 

横浜国立大学の新しいパンフレットがとどきました。大学のホームページでみることができるものとは異なったもので、なんと、そこに、交通研究室の助教授の岡村敏之先生の講義風景が載っています。正直にいって、大変かっこいいです。ぜひご高覧ください。そのページだけデジカメでとった画像を添付します。

「DSCF2515.JPG」をダウンロード

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大学院進学

横浜国立大学以外の大学の学生のみなさんで、大学院はわれわれ交通研究室で勉強しようとお考えのみなさんへ。

何名か問い合わせをいただいております。当研究室を、さらなる勉学の場の候補としていただいていることを光栄に思いますとともに、大変感謝いたします。

中村が、この4月に環境情報学府の指導から工学府の指導に異動したため、大学院進学は、昨年度までと異なりすべて工学府の受験となります。それとともに、学際的な色合いがかなり薄れております。具体的にいえば、土木系か建築系の在籍で、いわゆる計画分野を学んでこられた(計画系の研究室であることまでは要求しません。(要求したいけど))学生さん以外の進学をおすすめしておりません。経済、法学、機械工学などの分野からの進学は、困難を要するとご理解ください。

平成19年度進学に関しては、昨年あるいは一昨年と異なり、研究室の定員に余裕がございます(→営業活動をもっとがんばらねばと気を引き締めております)。若干の時間がございますので、ぜひ前向きにご検討ください。

問い合わせは直接、中村にメールをくだされば幸いです。メールの題目に大学院進学相談としていただければ、必ず24時間以内に返信させていただきます

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小林潔司先生の名刺をいただいて

2年間の激務の土木学会論文編集小委員会委員の任務を本日付で終えました。憧れの筑波大学の石田先生のご指導の下で、時にはお叱りを受けながらなんとかこなしてきました。得意とする公共交通の論文よりはむしろ、多岐にわたる計画分野の内容を勉強させていただき、大変ためになりました。

 今日の委員会は、交代する新しい先生方との顔合わせです。委員長は石田先生から京都大学の小林潔司先生になります。小林先生は、とても理論的な論文をたくさん執筆され、かつご指導される先生で、いつも遠くから、すごい先生だな、と思っていました。学会などでの討議をお伺いしていても、切れ味するどく、学ぶところ多く、尊敬しておりました。今日は、ちょっとというかかなりミーハーですが、その小林先生のお名刺をいただくのが、大目標でした。小林先生からすると、僕みたいに現場っぽいことばかりやっていて、理論とは程遠いところにいる人間は、存在感さえないだろうと勝手に思い込んでおりましたが、ご挨拶すると、そんなことはどうも全然ないようで、よく知っているよ、といっていただき、名刺もきちんといただくことができ、なんだかとても嬉しく思いました。

 それにしても、小林先生の体型、肌の色合い、髪型、服装の色合いは、我々のボスの故大蔵先生ととても似ていらして、今日の会議では向かい側に座っていらっしゃったのですが、なんだか、ちょっとウルウル来てしまいました。

 僕は決して理論的なことがきらいなわけではなく、それが、事の本質に迫ることであれば、むしろ大好きだったりします。ただ、モデルの微細な改良のための論文のようなものをみていると、なんだか疲れてくるだけです。小林先生の論文は、いくつも読ませていただいておりますが、重箱の隅のようなことがまったくなく、示唆に富むものばかりです。

 ということで、今日は小林先生にお会いできてよかったという一日でした。ちなみに、石田先生は、僕が小学校のときの上級生の学年の体育の先生にそっくりといつも思っています。尊敬する岡山の谷口先生は、大学1年のときに入ったサークル(セツルメントの一種で扇こども会という)にいた理科Ⅱ類の仲間とそっくりです。ついでにわが土木の橋梁の

山田

先生は、小学校のときの近所の友達にそっくりです。大変失礼しました。

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1年生との出会い

18日は、4限に1年生の前で講義をしました。みんな一生懸命きいてくれたようで、勝手に満足感に浸っています。実のところ少し難しい話もたくさん盛り込んで、都市計画のイントロを話すというのを、昨年に続いてやってみました。例によって早口だし、内容も多いんだけど、こういうのにも慣れてもらわないと、と勝手に自己正当化しています。

講義がおわってから、1人の男の子が、最敬礼で「ありがとうございました」といって部屋を退出していきました。「さようなら」という挨拶は多いし、時に「おつかれさまでした」というのもあるけど、講義のあとに、「ありがとうございました」っていわれるのは、結構めずらしかったので、ちょっと嬉しかったです。

2年生や3年生は、終わったとたん、「あー、つかれた」とか「はやくご飯たべいこ」とか、そういう声が聞こえるばかりで、講義の余韻も何もないですからね。新鮮でした。(ちなみに僕はいつもみんなに、ちゃんと「お疲れ様でした」といっている。今度はありがとうございました、とでもいってみようかな。)

1年生のみなさんへ、大学にはやく馴染んだほうが絶対得です。それから、この少人数コースでは、先生たちと仲良くなったほうが絶対得です。バスや電車で一緒になったら、いろいろお話をすればいいし、部屋を訪問してもいいです。僕はいつでもウェルカムです(ただし、忙しい人なので、つかまりにくいのは事実)。これからしばらくのお付き合いになりますが、どうぞよろしくお願いします。

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51は素数ではないけど、でもきっと素敵な数

アクセス数がどんどん増えてきて、1日400件に手が届きつつあります。追いつけ真鍋かをり、というわけにはいかないですが、すごいなと思っています。

17日は環境情報の送別会でした。立食の会の中で、何名もの方にお話をいただきました。僕の中ではそんなに大きな異動ではなかったつもりでしたけど、人から見れば、どうもそうではなく、惜しまれると、こちらも名残惜しくなるので、不思議でした。部屋もかわらず、電話番号もかわらず、講義もほぼかわらないのにです。

その後は、第51分野の発足式です(意味不明の人。ごめんなさい)。僕としては、どんなかたちにせよ、元気な横国土木であればよくて、すべての教職員で、すべての学生、というのは所詮無理ですから、やる気のある人たちをとことんその気にさせ、伸ばしていく、そういう土壌が少しずつ浸透していけばよいんだと思っています。少しMかもしれませんが、いろんな学生さんたちから、いろんな質問を受けるのは、嬉しい限りです。関係者のみなさま。楽しく続けましょうね。

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新学期がはじまって

4月6日より講義がはじまりました。学部3年の交通計画、学部2年の地域基盤計画、大学院の安全都市交通管理論、そして研究室の英語ゼミがあります。他に研究室活動でもっとも重要な、定期ゼミ(週2回)がありますが、定期ゼミは、岡村先生と一緒なので、ここでは省略します。他の4つは、学生vs.僕ですので、ここで、一巡した感想を。

やる気のある学生さん、前向きな学生さんをみていると元気がでます。リアクションのいい学生さんをみると、もっと元気がでます。僕は、みなさんに知的な刺激をたくさん与えることが仕事で、みなさんは僕から少しでも多く、知的な刺激を得ることが目的だと思います。

学年によって、結果的に話していることが違っているのは、プロの「教師」としては問題ありですが、いい意味で「ノリ」のいい学年にはついついサービスで、いろんな話をしてしまいます。ノリの悪かった学年は、どの学年かはいいませんが、過去ありました。ちなみにこれは女子学生の数とは無関係で、女子学生が多い学年ほど盛り上がるという単純な関係はありません。

いい意味での緊張関係が続くよう、僕はがんばりますので、学生のみなさんもしっかりついてきてください。3年生も2年生もとても期待しています。うちの院生もね。

一巡して、僕は年をとったなあ、と思う瞬間がまったくありませんでした。まだまだいけるし、今年はより一層がんばれる、という手応えは自分の中にあります。教えるという仕事に就けて、本当によかったとあらためて思った1週間でした。

ところで、ブログのアクセス件数が1日あたり200件前後で推移しています。詳細な解析をしていませんが、もう少し増えてもいいかな、と思っています。でも数ではなくて、理想は、OBOGの方々が、仕事で疲れたときにみていただく、在学生や高校生が適宜みていただく、同業者が、参考にみていただく、といった風になっているかどうかです。その方向で読者が拡大していくことは大歓迎です。

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ようこそ交通研究室へ

研究室配属が無事に決まりました。現役6名、過年度生1名の7名で、現役6名中女子1名、男子5名という布陣です。第一次志望調査で、教員指名というのがあって、僕の名前を書いてくれた人が何人かいてくれて、実にとても嬉しかったです。7名のみなさん、どうぞよろしくお願いします。研究室の縦のつながりは、配属されないと実感できませんが、ある種すごいものがあります。これをうまく活かして下さい。

計画という分野の重要性、そして、計画に関する研究をすることのおもしろさ、僕らは交通を題材にしていますが、それを通して、一生懸命伝えていきますから、みなさんもぜひ、楽しんでください。研究室行事は、このブログには事前には載せませんが、てんこ盛りですので、ぜひご期待ください。

計画の分野の研究室は日本中に100くらいあるのかな。その中で、理論派と実証派に分けるとすれば、うちは後者ですね。そして実証派の中で、現場主義を貫いているところは、わりと少なく、さらに見学旅行の多さでは、たぶんトップレベルになれるんではないかと自負しております。日本のまちまちをもっとよくしたい、今あるいいものを活かしていきたい、いらないものはいらないといいたい、といったあたりを体得してもらえる最高の環境をつくっていきます。めざすは、日本一楽しい研究室、そしてそれを持続していくこと、です。でもね。僕をがんばらせる原動力は、学生さんの好奇心ですので、そこのところを忘れないでいてくださいね。僕をgive-upさせるくらいのバイタリティを期待しています。

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桜散る前に

僕の部屋(教授室)の窓からみえる風景です。06040609_1

今日は新1年生にどんなメッセージを伝えようか、そもそもその前の2限の講義で、3年生にどんなお話をしようか、いろいろ考えています。

でも結局は毎年、同じことを言うのかもしれません。でも、春っぽい天気で、少しわくわくしています。

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数字がねえ

4月第1週の関心事は4年生の研究室配属です。OBOGのみなさんも気になるでしょう。

今年は、僕が横浜に来てから12年目ですが、歴代2番目の不人気さです。全体人気も女子人気も微塵もありません。

ちょっと調査をかけてみましたが、4年生自体の攻略(つまり様子見)があり本音が全部でていない、就職活動でオリエンテーションに来ない学生がいる(それはちょっと許せないけど)、3年の演習のイメージを引きずっている(在学生は僕のブログを読んでいない)、といった面はあるにせよ、計画系人気が相対的に下がっているのは事実です。

個人的には、反省するところ大ですが、これも正直にいうなら、健全になっているのかなとも思っています。土木の各分野の魅力をわかっている学生が増えてきているということは、うちの各先生はとても魅力的だということですから。

でもやっぱり、個人的にはおもしろくないので、荒れて自棄酒(やけざけを変換した)でもいいんだけど、僕は思い切りポジティブ思考ですので、もう新4年のことは忘れて(研究室に来てくれる人は、交通でよかったと心から思えるくらいにかわいがってあげるけど)、新3年、新2年の講義をがんばることにします。新4年生、さようなら。

一時期の広島大学藤原章正先生スタイルになって、子供にあわせた就寝、一人だけ3時か4時におきて、朝仕事をする、というパターンになりつつあります。睡眠平均6時間は死守しています。

脚注:「新4年生、さようなら」というのに他意はない(入室禁止とか口をきかないとかはない)ので、他研究室にいく4年生のみなさん、これまでどおりのお付き合いをお願いしますね(学生に気を遣わせるようじゃ、僕もまだまだだと反省しました)。

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禁断の 報告

いろいろな締め切りを抱えているのに、ブログの更新ばかりしていると、多方面からお叱りを受けそうですが、嬉しいことはすぐにまとめておきます。この数日気になっていて、でも自分ではどうしようもないことがありました。それは土木工学棟の1階トイレを女子トイレに改築した結果がどうなったかです。

今日は秘書の小岩さんにお願いして撮影してきてもらいました。個人的にはウォッシュレットがうらやましいところですが、なんにせよきれいになってよかったですね。きれいに使ってくださいね。教員は直接管理できませんので。

女子高校生のみなさん、土木工学も進路の選択肢のひとつにぜひどうぞ(女子高校生がこのブログをみているわけないですけど)。

Toilet03 Toilet02  Toilet1

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桜がきれいなので

空も桜もあまりにきれいなので、つい嬉しくて、携帯電話で撮影した写真を載せさせていただきました。060403_094039_1横浜国立大学の土木工学棟のまわりには桜がいっぱいあるのですが、これは東側の桜です。南側もまけずにきれいです。

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卒業式に際して

卒業、修了したみなさんへ。おめでとうございます。といっても研究室の学生さん以外、つまり他の研究室の学生さんとは疎遠になってますから(謝恩会にいた他研究室40名中、お話をしにきてくれたのは3名だけだし)、こういうメッセージの対象は、実質的に自分の研究室の学生さんたちだけなので、ここでもそのつもりで。

出会い、縁の大切さを胸に、ひとつまた大人になっていってください。みんなつながっています。何かあっても、きっとなんとかなります。みなさんの役に立つのであれば、僕にできることはなんでもさせてもらいます。だから、歩みはのろくとも、どうぞ、前向きに生きていってください。

謝恩会での挨拶(といっても他の研究室の学生は一人としてきいていなかったけど)では、うまくいかなくてもめげずに、と申し上げました(他の研究室の学生が一人としてきいていなくてもめげないぞ、という意味になっちゃった。来年こそ○○。意味ないもん。ふざけた格好をする度量も僕にはないし(→やっぱり山田均先生(構造戦隊ハシレッド)はすごい))。お互い、めげずに、がんばりましょう(直球勝負だけではなく、変化球や、息抜きも含めてですよ)。

研究室の飲み会はとても楽しかった。というか、上記のような僕の気分を察してか、みなさんが大変よくしてくれました。OBOGの人たちもたくさんきてくれました。久しぶりの人もいて、これも嬉しかったです。研究室を去っていく人たちからたくさんお礼を言われましたが、むしろお礼をいわなくてはいけないのは僕のほうです。みなさんと会えて、本当によかった、この言葉に尽きます。こういう気持ちが、僕の原動力です。

最初の段落で申し述べたことは、same moonという唄の歌詞に通じます。著作権だかの関係で、引用できませんので、いつか唄う機会があれば(カラオケには絶対ないよ)、とは思っています。

いずれにせよ、おめでとう。そしてお元気で。

grad2006

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続・新年度に向けて

横浜国大では、学部4年にあがるときに研究室配属がなされます。5つの研究分野に均等に学生が割り付けられます。誤解があるようですが、学生の第一志望を最優先します。特定の研究室に希望が偏った場合は、成績が優先されます。ということで、成績上位でない人たちは、この春休みにいろいろと戦略を練るようです。

それにしても、研究室選びというのが、どうやって決まっていくのか、実は興味は尽きません。きっといろいろなことを考えていて、僕らは、その本音など知る術もないのが実際でしょう。で、このブログを3年生が読んでいるということはまずないと思いつつ、ちょっと書いておきます。

1.土木技術者として生きていくうえでは、どの研究室が有利とかいうことはない。公務員になる場合は、本当に研究室による差はないと思っていい(ゼネコンは?)。土木工学教室としての就職支援については、研究室によって差はありません。交通研に来ると就職できない、なんてことはない。交通研だと就職有利、ということもない(たぶん)。

2.研究室の雰囲気というのは、何週間も生活してはじめてわかる部分も多いので、表面的には判断できないけど、代々先輩も入れ替わるし、時に先生も変わりますから、固定的に考える必要はない。でもちょっとはあるかな。

3.むしろ、この先生の指導を受けたい、という直感的な嗜好はあるかもしれません。ただし、講義でみる先生の姿がすべてではないので、そこはよく調べる必要があると思います。

以下はうちの研究室について特に。

4.よく計画をしたいという希望が聞こえますが、うちは、計画の「研究」をするところであって、計画の「手伝い」や「支援」をしますが、中心となって計画はしません。そういう誤解は捨ててください。

5.スマートに研究したいという声もときどきききますが、僕をみればわかるように、スマートには研究できません(体型ではなくて研究の仕方だよ)。日本のいくつかの大学の計画系の研究室はスマートですが、申し訳ないけど、僕はスマートにはなれない(体型ではないよ)。

6.実践的あるいは国際的という点では、研究室によって、色合いが違うかもしれません。僕らは、学生さんの強い意思は最大限尊重します(強くない意思はだめだけど、強い意思は、過去11年すべて尊重してきたと思います)。研究のフィールドくらい、国内でも海外でもいくらでもつくってあげます。人脈はいっぱいありますから。過去にも、そういう事前交渉をした学生さん