大学のメールサーバーは相変わらずダウンしていて、メールに追われる毎日から、束の間かもしれませんが、解放されています。内外の多くの方にご迷惑をおかけしていることは重々承知しております。この場を借りてお詫び申し上げます。
火曜の午後は新潟市内で交通戦略の委員会です。自治体が交通戦略を立案する仕事は、なるべく率先してお受けしようと思っています。コミュニティバスの委員会はもうお断りしようと思っていますが、バスだけでなく、いろいろな交通手段のことをまちづくりのフレームで戦略的にデザインしていくお仕事については、どんなに忙しくなろうとも、体験を積んでいこうと考えています。新年の抱負に加えようと狙っています。モビリティのデザインを頭でだけ議論していてはだめで、今後しばらくは、フィールドワークに勤しみたいと思います。
で、この原稿は移動中に書いているのですが、後ろの席のお話がおもしろくて、ついつい「壁耳」状態です。
老夫婦は名古屋から新潟への移動のようです。3人がけの席のあと1席には、若い女の子があとからやってきました。当然初対面です。老夫婦のほうは、ご主人が癌を患っておられて、その温泉療養ということで新潟に向かっていらっしゃいます。いつ名古屋に戻れるかわからない、でもいい先生がいらっしゃるので新潟に住もうということです。奥様のほうはぜんそくもちということで、空気のいいところに別荘をたてた矢先に、ご主人の癌が判明して、ということです。はじめていく新潟に、きっと心細いのだと思います。女の子、みためはイケイケ(死語?)という感じですが、老夫婦奥様は彼女に話しかけます。
女の子のほうは、それをきちんと受け止めて、どんどん会話がはずみます。大宮を過ぎる頃にはすっかり仲良しです。女の子のほうもいろいろあるようで、新潟在住なんだけど、長いこと病気を患っていて、いまも薬を服用していて、そこから精神的にも辛いものがあって、有給をとって自主的に気分転換に東京に出てきているのだそうです。新潟に戻ればまた日常が待っているのでしょう。新潟はお米がおいしい、お酒もおいしい、そして人間がやさしい、ということを誇らしげにでもちょっと控えめに言っていました。
老夫婦のお孫さんたちのお話、病気の話、結婚の話、人生観の話、いろいろとはずんでいるようで楽しそうです。老夫婦は名古屋から新幹線を乗り継いでいて、きっとお疲れだと思うのですが、若い女性は、そういう気遣いもしながら、対応されています。ご主人の笑い声も弾んでいます。本当は、老夫婦もそして女の子も、辛いことを抱えているのに、それでも前向きに明るくしていて、後ろの席なものでお顔はわかりませんが、楽しそうで、こちらまで嬉しい気持ちになりました。こういう人たちを応援できる交通空間、交通システム、そして都市空間でなくてはなりません。
奥様の咳が少しでてきました。少し静かになりました。トイレにいった女の子、かえりが遅いなと思ったら、なんと売店であたたかい飲み物を買ってきました。「気持ちですから」といってプレゼント。女の子、えらーい。奥様の咳もおさまったようです。安心しました。
3人とも、きっととても魅力的なお人柄なのでしょう。奥様の魅力が女の子を素敵にし、女の子の魅力が、老夫婦の気持ちを穏やかにしているのかもしれません。
統計データになると、老夫婦の移動も女の子の移動も私事目的で括られてしまうのですが、ひとくくりにするにはあまりにもったいない価値のある移動だと思います。そして、こういうことがきっと人生にとって意味があって、これは自家用車ではあり得ないのかな、などと思いました。移動中にこうやってパソコンやっていては出会いも何もありませんので、自家用車どうこうの話ではないのかもしれません。それはともかく、もう何年も前ですが、ニューヨークのラガーディア空港の待合室で、当時のTIMEの元副編集長のご夫妻と出会い、そこでお話がはずんだときのことを思い出しました。
もしかして、いまの都市空間、交通空間には出会いの場所が少ないのかもしれません。それがいろいろなことにつながっているような気もします。ずっと昔、まだ僕が東大で、月尾嘉男先生のとなりの部屋で仕事をしていた時代(学科は違うけど建物が一緒だった)、先生から「付加価値創造の時代」という本を謹呈いただいたことがあります。本の中身はともかく、付加価値という点はいろいろなときに気になります。本質的な価値なのか付加価値なのかは、もしかしたら時代時代で評価がかわるのかもしれませんが、価値を一面的にとらえることのないよう、そして価値を減じることのないよう、少なくとも交通システムがそこに加担しないよう、気をつけなければなりません。
今度、スクールバスの調査をお手伝いするのですが、登下校の治安や交通安全を考えるとスクールバスもいいのですが、まちを子供たちが歩かなくなることで失うことも多そうです。物騒な世の中なのですが、こどもの声が聞こえない街は、持続しないような気がしています。
バス停の研究も、電停の研究も、再開発のオープンスペースの研究も、郊外ショッピングセンターの研究も、川沿い空間の研究も、きっとつながっていきそうです。
「壁耳」の自分を反省しつつ、素敵な時間をくれた後席の3人に心の中で感謝しつつ、またエールを送りつつ、「病気ならどうどうと病気らしくしていればいい、無理をしてたらいけない」という老夫婦奥様のお言葉を胸にきざみつつ、列車は雪国につながるトンネルの中を疾走しています。