カテゴリー「05)まちづくり関連」の記事

堺屋太一先生のお話はやっぱりとてもおもしろい 

ゼミを中止して、交通工学研究会の発表会も失礼させていただいて出席させていただきました。

断片的にしか書けませんが刺激的なフレーズ満載です。

大久保利通でいくべきところが近藤勇になっていないか?
コンクリートから人へ、で本当にいいのか、戦後間もないアルゼンチンとブラジルの政策歴史の違いをみれば、そうでもないかもしれない。
つくられたものが後に残り子孫にも利用されることとつながる建設国債はよくてそういうことのない赤字国債はだめ、という発想が、維持費のかかる建設国債はだめで赤字国債はよい、になってもいいのか
これまでの日本公共事業にまずいことがいろいろあったにせよ、本当にもう公共事業がいらないといえるのか

一極集中は自然の流れではなく、強制力が強く働いた結果である。これまでの都市計画、国土政策に対する深い反省が必要。一極集中するなら、地震対策が必要
人口社会減が起きているのは先進国では日本だけ。研究者、技能者、スポーツ選手が出て行くのは都市がおもしろくないから。
都市は、流入と流出があるからこそ、倫理が必要。福祉はもらわなければ損という考え方の先には倫理的退廃がある、大阪から東京にそういうものがきつつある。

地域主権型道州制と都道府県合併型道州制はまったく違う。6つの省をなくす国の改革を前提としているのが前者。

ハブ機能と地域需要の区分けが必要。ソウルの2つの空港はそういう役割分担のはず。羽田と成田はどうするか。空港以外に、港湾、金融のハブも課題。日本にいくつもハブ機能がいるのか

などなど

堺屋先生の前にプレゼンされたO先生、S先生、F先生のときは、事前に資料に目を通していたこともあって、午後一番の会議の常で、眠気がやってきたのですが、堺屋先生のときは目がぱっちりでした。前回と同じ話の繰り返しもありましたが、それでもおもしろかったです。でもこの勉強会は本日で解散です。また、こういう機会があるといいな、と祈っています。

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バスケットボールも都市計画の研究につながるよ

公園や緑が多いといわれている港北ニュータウン。居住して10年以上ですから、自信を持っていえますが、これは事実です。人工的なところをどう感じるかは別として、緑は多いです。夕方に山田富士公園を見下ろすバス停でバスを待っていると、英国の大都市郊外にいる気分にさえなります。

でも、でも、でも

健太郎は不平をいっています。彼はいま、サッカーとバスケットボールに興味を持っています。父親の遺伝子を多く受け継いでいる彼は、はっきりいって運動音痴で、運動会のシャッターチャンスに事欠かないのですが、それでもサッカーとバスケットボールはお気に入りです。最近スラムダンクを愛読するようになった僕もバスケットボールは大好きになりつつあります。

このニュータウンの中で、バスケットボールあるいはミニバスケットボールができる場所がどれほどあるか、サッカーあるいはフットサルができる場所がどれほどあるか、そういう施設へのアクセシビリティや圏域人口密度はどうか、こうやってみたときに諸外国と比べてどうか、こういうデータはなさそうです。いくら公園があっても、ボール遊び禁止の公園ばっかりでは、男の子の体力はつかないと思います。学校を開放していても、その校庭も決して広くはないし、サッカークラブやバスケットクラブが占領すると、そういう組織に属していない子供たちはアクセスできません。結論からいうと、うちの健太郎は、学校のある日の休み時間にのみバスケットボールができます。でもがんばっているので、やさしいお父さんは、アシックスのバッシュー(こういう短縮形は好きではないけど、スラダンにもあるからいいや)を買ってあげました。でも履く場所がない。えっ、、、、です。

一度、横浜市内でいいから、こういうデータをとって、地区比較してみたいし、ロンドンやニューヨークの典型的住宅地とも比べてみたいです。きっとニュータウンが優れているわけではない、ということがみえそうです。調査費用稼がねば。

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関内関外まちづくりの検討会に参加して

今回が第二回の検討会。エリアマネジメントをこの難しい地区で展開するための検討会。開港記念会館で天井は高く雰囲気よいし、小林先生のお話がきけるし、傍聴も自由だし、もっと多くの方が傍聴すればいいのに(うちの学生も含めて)と思いました。

今回は、ちよだプラットホームの話、高松の丸亀町の話、都市再生機構の再開発の話を、それぞれプレゼンいただき、それはそれは勉強になりました。いろいろなかたちで役割を縦横に分担しながら、それをつなげる、というところはとても通じるものがあります。

TMOについての小林先生のきついお言葉もよかったです。エリアは狭くてよいから、実効性のある計画を展開できるように法改正して、それが少しずつ実りつつあるプロセスにいるので、古いTMOと今のTMOは全く別物として理解するべきだとわかりました。

それにしても、まちづくりの場では、交通って全然相手にされていない、やっぱりおまけ扱いなんだという印象、そしてその結果の不具合もやっぱりあるみたいだという印象、です。この検討会もきっとそういう方向でまとまっていくようにみえました。別途やっている交通政策の会との接点は、かなり意識的につくらないといけない。でも、僕が意識しても、あっち側が意識していただかなければ、やっぱり片想い状態です。まあ、片想いは得意分野なので僕は平気ですが、世の中はもう少し変わってほしいなどと思いました。次回、次々回と参加できない検討会ですが、いい方向に進むことを願っています。

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贅沢な時間でした。10月13日モビリティデザイン報告会

6月に提案して発表した横浜駅西口のモビリティデザイン案について、参加学生からの要望があって、横浜市役所にご無理を申しあげて時間と場所を確保いただき、意見交換会を開催させていただきました。我々は十数名で参加し、学生さんたちが分担して発表、質疑応答も原則的に学生さんたちが回答、とはいっても僕も喋りました。市役所のほうは市議会対応でお忙しい中、都市、交通、まちづくりにかかわる職員の方々が、OBOGも多かったのですが、20名近く参加してくださいました。ただただ我々の発表のために勤務時間外にこんなに時間を割いて下さっただけでも大変恐縮しています。

我々のほうは、大判パネル4枚の成果をパワーポイントのスライド40枚ほどにまとめて40分ほどの発表をさせていただきました。

そのあと1時間ほどのディスカッション時間をいただくことになりました。どんな質問、意見が出たか、簡単に列挙しておきます。

ICカード活用した自家用車からバスへの買い物需要誘導策への関心
隔地駐車場の実現可能性、地下の複数の駐車場の連携の可能性
エリアワイドパーキングマネジメント実施に際しての個別駐車場経営者の動機づけ
駅前広場の配置案への関心
レトロ空間の活用
無駄な時間の使い方というコンセプトの良さ
シェアドスペースの意味と効果
きた通路、みなみ通路の利用促進方策
物流の将来像への対応
駐車場からの歩行者動線
歩行者動線それぞれの空間としての意味付け
水上交通

数多くの視点からご意見、おほめの言葉、ご質問をいただきました。これだけ充実した議論を市役所の方々とさせていただけたことが、きわめて価値があったと認識しています。西口、そして三浦、福岡とやってきましたが、作業の中での学生さん同士、あるいは学生さんたちと僕との議論で得るものもたくさんありますが、こうやって実務の方々と議論することで、もっともっと深まっていきます。

先日のフューチャーカフェでの東大の都市工学科の提案との大きな違いは、あちらは必修科目の演習の一環ですが、僕らの西口の提案は完全に無償です。単位もお金ももらうことなく、忙しい学業スケジュールの合間を縫って、まるでサークル活動のように、自主的にやったものです。それでもこんな(お見せできないのが残念ですが)ところまでいきつくところに、僕のまわりの子たちの底力を実感しました。

僕らの提案は、ほとんどの建物をいじることなく、どういう再開発がおきるかも突っ込むことなく、でも将来どうなってもいけるように、ならなくてもいけるように、交通の空間と機能、そして需要を再配分していく提案になっていて、その大前提の中では、我ながらよく練られた、そして、いつもあちらこちらで申し上げている、いろんな要素がつながっている提案になったと思います。バスターミナルや一部の親水空間は大胆な提案をしつつ、ペデストリアンデッキのようなものはきちんと否定するなどのめりはりははっきりついています。

横浜市役所のみなさま、本当にありがとうございました。表題のとおり、我々はとても贅沢な時間を過ごさせていただきました。

写真はいつもの高橋君です。学生さんみなさん、お疲れさまでした、そしてありがとうございました。

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伊勢神宮内宮の五十鈴川

伊勢神宮内宮の五十鈴川

きれいです。めだかがいます。みえるかな。

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富士山@歴史を語る公園@桑名

富士山@歴史を語る公園@桑名

桑名の寺町通りから、さらに揖斐川の桑名港に向かった、旧東海道のあたりにあった公園では、東海道53次が200mほどで体験できるようになっていて、日本橋もあれば富士山もありました。ちょっとかわいい標高2mの富士山です。でも、この公園、ほとんど人がいませんでした。うーん。

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平日午前9時半の寺町通り@桑名

平日午前9時半の寺町商店街@桑名

桑名の駅前は人通りも多くなく、駅前からはじまるシンボル道路も、はっきりいって今ひとつで、なんだか心配になっていましたが、駅から数分のところに昔のお城の外堀に並行する数百mのアーケードは朝の9時過ぎからものすごい賑わいです。自家用車での来訪者、自転車での来訪者が多いのも特徴でした。われらがホープ、ゆうこちゃんが4人の市民にヒアリングして判明したのは、3のつく日と8のつく日に出店を集めて、その日がすごく賑わうのだそうです。地域に支える意識が強くあるのも判明しました。それにしても、毎日ではなくおよそ5日に1日、というのは、もしかしたら、絶妙な値かもしれません。毎日ではないけど日用品を買うに足りるインタバルのようです。それにしてもすごい人でした。

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ガイドウェイバス

ガイドウェイバス

今年からはじめた、まじめな研究室旅行。第一弾は、名古屋のバス関連施設体験(オアシス21、基幹バス、ガイドウェイバス)、桑名、伊勢河崎の街歩き、伊勢神宮お参りから構成される2泊3日です。ガイドウェイバスの本社ビルを遠くにみて、保育&ライド、のワンフレーズにみんなで感動しました。

我々は29人、しかもそのうち8人が外国人。後払いの運賃に慣れていません。大曽根からの往路、小幡緑地での下車に結局数分を要しました。運転手さんは怒っていました。ごめんなさい。でも、例えば、大曽根駅の待合所に運賃表と両替機があれば(あったのかもしれないけど気づくところにはなかったと思います)、どんなに助かったか?なんで車内でしか、それも運転席の横でしか両替してくれないのか、いろいろと考えさせられました。乗りなれていない人にはやさしくないのが、日本のバスの共通的特徴ということを、学生さんは実感したようです。

とはいえ、ガイドウェイバスも基幹バスも、学生さんはいろいろとびっくりしていました。すばらしいシステムであることは間違いありません。

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三浦市でのモビリティデザイン提案の報告会

8月4日午前は三浦市の潮風アリーナにて報告会を開催しました。三浦市、横須賀市、神奈川県横須賀土木から参加をいただきました。まずは写真での速報です。

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発表内容は添付のとおりです。

「090804.pdf」をダウンロード

発表30分で質疑応答も30分でした。おもな論点は次のとおりでした。

三崎下町には若い人中心に呼び込むのがよいのではないか?

年代に偏りをもたせるといつかまたおかしくなるから、定年の人も含めいろいろな年代を呼ぶほうがよい。

道路拡幅には沿道の同意が必要で、どう理解してもらうか?

三崎口と三崎下町を結ぶ道路が背骨の部分であり、ここのバスがスムーズに動くことが地域にとってとても大事である、この道路が大事であるということを理解してもらうところからはじめるべき。

三崎口駅前の住宅開発がいいのではないか?

そうかもしれない。

道路の情報提供が必要なのでは?

特にパークアンドライドの週末利用では必要となる。将来的にはインターネット上にパークアンドライド利用推奨情報が出せるのが望ましい。

よそものを受け入れない、隣家同士ではりあう、そういう生き方をしてきたところで大丈夫か?

そんなことを言っていられない状況であり、小さなパイを取り合うのではなく、自分たちが変わらなければならない、というところを地元に理解してもらうのが第一歩。そしてその人たちがTMOの中心母体になってもらわなければならない。道路整備もバスシステム改善も、そことつなげて考えるべき。

その他いろいろありましたが、おおよそこんなところです。

その後はみんなでマグロ丼です。

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みんなよくがんばってくれました。次は天神だ。

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成田ニュータウンの幹線緑道(自転車専用道路と歩行者専用道路)

学生さんたちみんなと歩いているとき、散歩が趣味の女子学生さん曰く

わたしは歩きたくないな

なぜそう思ってしまうんだろうか、二人で話しながら考えました。緑道に沿った土地、建物に原因があることに気付きます。みんな背を向けている、緑道を向いていない。建物の壁、高低差あるところでは擁壁、コンクリート塀。緑道の中に緑が多くても、みちとしてとっても大事なことが欠落していたわけです。だから通行する人も少ない。道路でいえば、沿道アクセスがない、つまり自動車専用道路的なわけですから。ラドバーンを受けて以降、土地区画整理で、新住宅市街地開発でつくった歩行者専用道路の多くは、日本だけでなく、他の国でも、建物が背をむいている場合が少なくない。都市内河川にも同じところがあって、建物が背を向いている。多摩ニュータウン(いつか研究室学生さんを連れていきます)の南大沢ベルコリーヌは背を向けていない数少ない秀逸な歩行者空間です。ついでに、明日の模擬講義で出てくるわがキャンパスのメインストリートも建物が背を向いていない秀逸空間ということになるのでしょう。

こうやって、からだでいろいろなことを覚えていく、そういう瞬間に僕も立ち会える、とても幸せです。

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三浦市視察

荒天の中、三浦市内の視察にいきました。市役所の方によるレクチャー、三崎口駅視察、三崎下町視察からなる往復移動含めて5時間のショートトリップです。

三崎港の「うらり」の脇のボードウォークは、なかなかちょうど良いスケール感でした。

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ちなみに、写真の小さな船は最近復活した渡し船で、エコ燃料で航行するし、城ケ島側はボタン呼び出しによる随時運行、いわゆるディマンド・レスポンシブな渡し船です。そして三崎下町は3月末のフィールドトリップのときのままの街です。

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参加したみんなで話していたのですが、ここを観光やイベントで賑やかにすることが本当に必要なのか、人口減少を食い止めて、生活空間としての機能を保持し、若年層から高年層までが快適に住み、自分たちの街を楽しむ、そして港町の雰囲気が好きな、多数ではない人が訪れるようにする、ことこそが、長持ちする街の秘訣なのではないかな、などと考えていました。蔵がたくさんあるのですが、だからといって川越を目指すではなく、港があるからと、横浜や函館などをめざすではなく、いまのスケール感、密度感を活かすことを提案したいと思いました。

夕食は、市役所の担当の方々おすすめのお店で、3種丼セット(ねぎとろ、づけまぐろ、まぐろてりやき)を堪能しました。

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記念写真を撮ってから大学に戻りました。写真はここのところ大活躍の4年生高橋君撮影です。ありがとう。

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週刊新潮の写真がきれいです。

7月2日発売の週刊新潮。父の影響で、いまだに週刊新潮と週刊文春は毎週購入しています。

で、今回の週刊新潮。グラビアページで三島市のせせらぎの特集。プロのカメラマンの写真はやっぱりとても素敵です。きれいです。ここに載せられないのが残念です。同号は後ろのほうで、オランダのライデンの運河の風景の写真もあります。デンマークのコペンハーゲンに負けない美しさです。水面をどう活かすか、答えははっきりしているのになかなかできない日本です。門司港や函館のアーバンデザインは、交通からすると課題は多いのですが、水と街の関係においては秀逸です。

いい風景をたくさん目に焼き付けること、これもまちづくりの勉強の基本中の基本だと思います。

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都市計画制度はかわっていくのかな

谷口守先生のお言葉より

マスタープランは夢を語る場ではない

じゃあ何か

マスタープランは秩序を語る場だ

この深さが、とても素敵でした。これからの我が国の都市計画マスタープランのあり方をはっきりとおっしゃってくれました。空間、時間の優先順位をきちんと示していくことにも通じます。これを国土交通省がどう受け止めるのか、楽しみです。いま僕がお手伝いしている仕事でも、あらゆるマスタープラン、基本計画の場面で、こうありたいですね。

都市計画制度の抜本見直しの検討委員会でのお話でした。勉強になることがいっぱい今日もありました(ミャンマーへの送金に手こずって1時間遅刻しましたが)。

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商店街

体調を崩してダウンしているんですが、ついついネットサーフィンをし、商店街のサイトをみつけました。もともとはアパートなど住まい選びのサイトのようですが、首都圏の一都三県の事例がリスト化されています。少なくとも、東京と神奈川のは全制覇したいし、まちと交通の観点から研究対象にもしたいところです。

http://myhome.nifty.com/rent/sstreet/index.jsp

ここからさらに掘っていくと次のもおもしろいです。

http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/shogyo/shoutengai77sen/index.htm

でも、何か違うような気もします。それが何なのかは来年度の課題のひとつにしましょう。

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横浜のショッピングセンター 比較してみて

年末休暇の中、息子の通塾時間の隙に、夫婦で買い物を何度となくしました。

ららぽーと横浜
横浜ベイクォーター
ノースポート港北
モザイクモール

の4つについて比較をしてしまいました。わが夫婦の独断と偏見にとんだ結論は以下のとおりです。

ららぽーと横浜:若干の歩行障害を残している家内には辛い徒歩距離。本屋さんで本が探しにくい。イトーヨーカドーのエスカレーターの遅さはちょっと辛い、広すぎて位置関係を覚えにくい、などなどで、我が家からの自動車アクセスはいいのですが、体力覚悟が必要、家内の評価は若干低いです。

横浜ベイクォーター:ゆとりの空間があって、紅茶専門店があって、それだけでとっても評価が高く、地下1階の機械式駐車場がとても使い勝手がよく、こじんまりとした感じがよく、遠くに海を感じるのがよく、ということで、とても評価が高いです。

ノースポート港北:映画館と書店の評価は高いのですが、それ以外が使いにくいというのが家内の評価です。僕としては、電器店、ホームセンター、ドラッグストア、スーパー、楽器店など使えるお店が多いのですが、なんだか寄せ集めの感は否めないともいえそうです。

モザイクモール:開店当時からの長い付き合いということもあり、また大きすぎずということもあり、僕等はとても馴染んでいます。木目を多用しているところも結構好きです。

こうして並べてみると、それぞれのショッピングセンターにいろいろな特徴があって、僕等の価値観にそれがあったりあわなかったりします。ただ、大きすぎるところは疲れてしまうのはまちがいなく、それは歩く距離の問題ではないようです。建築物としての商業施設という点からの評価とよく似たところで、街並を構成する要素、日常生活の一場面を支える空間としての評価があって、そこをきちんとしておきたい、そんな思いに駆られた年末の休日でした。

それにしても、毎日外でお茶を夫婦でしています。ゴマゼリー、シフォンケーキ、抹茶フラペチーノなどなど。

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いろいろな速度でみえること

日曜は、久し振りに公共交通利用で帰省しました。西武池袋線のとある駅から坂をひたすら15分登り続けるのですが、ひさしぶりだと、なつかしさいっぱいで、実のところ、全然、苦になりませんでした。

いつもは車で3分程度のところ、歩いているといろいろなことに気づきます。車のフロントグラスから入ってくる情報とは全然別の次元でした。空き屋が増えていました。よーくみないと空き屋かどうかは判別しにくいですが、庭や塀、門などの手入れ状況というのは、生活の様子をよく反映していて、ちょっとのぞき込むとよくわかります。人の気配がしない。

そして何よりも、歩いていて人とすれ違わない。子供たちの声も聞こえない。ゴーストタウンとは言いませんが、昔より、そっちに近づいている。歩道の並木はきれいに手入れされている。でも人はいない。

車の往来は、少ないとはいえ、ある。だから車に乗っていると、そんなに強くは感じなかったけど、十数分歩いていると、上に述べた感覚が、とても強く僕を襲ってきます。駅のすぐ近くのあたりは、それでもハイカーの方々がいらっしゃるからか、人がいる雰囲気があるのですが、500mも離れるともうだめです。街並みはまったく同じように続いているのに、そしてこの20年間で大きくは変わっていないのに。いやそうでもないか。駅に近いところにあった病院は少し遠くに移転し、ショッピングセンターは小売店がほとんど消え、核となるスーパーマーケットもこないだ閉店したし。

この街をどうしていくのか、これは誰が責任をとることなんだろうか。誰も何もしないんだろうか。住民にできることなんて限られている。

僕が多くの不動産やさんをあまり好きでは無く、学生さんがそちらに就職するのを基本的に薦めていない理由(就職担当教授なので私的感情は就職指導には挟みませんが、学生さんが僕の個人的意見を求めた場合には正直にいっています)はいくつもあるけど、この話もそこにつながっています。売りっぱなしなんだもんね。僕等もそういう気(=やりっぱなし)が少しあるところに、自己嫌悪さえあります。

時間は必ず流れる。街には必ず10年後も20年後も30年後もある。いつも変化を意識していなくてはいけない。小さな変化も大きな変化も。素敵な絵をひとつつくっても、それは、まち「づくり」ではない。そんなところかもしれません。明日、深い山あいの中を散策しながら、もう少し考えてみます。

表題に戻るならば、歩くことでみえること、自転車でみえること、LRTでみえること、車でみえること、それぞれ少しずつ違っていて、どれがいい悪いではないと思います。でも、歩くことでみえること、が蔑ろにされてしまうまちづくりはちょっとよくないのでしょう。そして、現在の我が国のバス車両からだと、バスでみえることが限られているのも残念です。ストラスブールのユーロトラムの初期の車両のごとく、外をみることができるようなバス車両が開発され、それが標準的になってくれば、バスに乗ることでまちをみることもできるのですが、これはまだまだのようです。バスの車内の床高さを下げても、窓の位置を十分には下げていません。きっといろいろな理由があるのでしょうけど、それを克服する努力をより一層したいところです。

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まちあるき 渋谷&新宿編(変)

今日は、学内の会議がないことが先般判明して(単なる自分の勘違い)、ぽっかりあいた日中を街歩きにあてました。午前中は学生2人、午後は1人の有志と一緒に、街歩きです。

午前中は、代官山ヒルサイドテラス、代官山アドレス、セルリアンタワーなどの公開空地の様子や道路との関係などをじっくりみました。セルリアンタワーの246と反対側の公開空地のデザインは、僕等からするともったいないタイプです。

ヒルサイドテラスの中には、旧朝倉亭、猿楽塚などがあります。塚のところの渋谷区の教育委員会による説明の中で、

渋谷のはげしい開発

というフレーズが印象的でした。開発を修飾(就職じゃない)る形容詞として「はげしい」というのはまず見ることのない表現です。はげしい開発、なんて後世言われることのないようにしなくては、と思うや、一方で、はげしい、と、はげしくない、の境界線をどこに見出すのかな?それは、中身なのか、速度なのか、隣接地域との整合なのか、地権者の参加を含めたプロセスなのか、いろいろと考えさせられます。

お昼は、公園通りの東武ホテルのカレーバイキング。ずっと行きたかった1000円バイキングに学生2人につきあってもらいました。店の雰囲気もいいし、とてもおいしいし、満点です。渋谷は案外と大人向きでもあります。

午後は、代々木のNTTドコモのビル。裏側の公開空地のレイアウトが少し?でした。JR線路側の公開空地については、セルリアンタワーよりはずっとましだと思いました。樹木が多ければいいというのはきっと間違いで、少ない樹木でも、それが空間の歩きやすさや親しみやすさに活かされていることが重要という確信があります。「公開」したくない空地にするか、親しんでほしい空地にするか、デザイナーの腕の見せ所なのか、もっと違う制約条件の下での結果なのか、素人もどきの僕にはわかりかねるところもありますが、ただただもったいない、と思うことが多い中で、NTTドコモビルのJR線路側の公開空地は素敵でした。通学、高齢者優先の自転車駐車場も素敵でした。気が利いています。

そのあと、駅の反対側から新宿サザンテラス、新宿マインズタワーとみて、ここから脱線が始まります。地図をみると、甲州街道、西参道、小田急線に囲まれている、南新宿駅北側の地域が、なんだかエアポケットのようにみえたので、急きょ、課題を変更して、そこを歩くことにしました。結論を先に書きますが、本当にエアポケットで、というか、マジカルタウンというか、狸に化かされているというか、妖怪がいるというか、そんな経験を、学生さんと二人で、大笑いしながらしました。

文化女子大学の敷地が、どうみても総合設計と思われるかたちで新しい高層ビルになっていて、甲州街道沿いのオープンスペースがとてもゆったりしていました。6車線の道路の横でも、これだけの空間をこうやってデザインすれば、とてもバランスよく、居心地よくなります。

そしてその奥へ、奥へと歩きはじめ、路地を曲がり、廃屋のような2階建、増築に増築を重ねて最上階がななめになっているビルなど、これまでみたこともない変な空間に2人ではいりこんでしまいました。ようやく小田急線の線路が見えたと思ったら、駅ではなく、さらに歩くと、隣接するマンションと同じ意匠の変な階段、その先に、歩行者のみの踏切。その横に駅のホームがあるのに、その隣の路地には、「駅にはいけません」の看板。じゃあ、駅へはどう行くの?なんのヒントもないところです。

しかたなく踏切を渡ると、雨戸部分が道路にはみ出した変な家、右に曲がれば駅のはずが、道は左にしか曲がれない。その先には、行き倒れている老女と救急隊員、やっと右に曲がれば閉鎖されたと思われる異様な雰囲気の公民館のような建物、小さな空地、もう一度小田急線に、ガードの上は駅のホーム。でも改札口に行けない。銭湯がある。その先の路地に望みを託して、左折2回、ようやく駅。この間、2人は、本当に狸に化かされているようでした。南新宿の駅は眼の前、でも駅にいけない。街はひとどおりは少ないし、新旧のそして大小の住宅が乱雑に混在している。本当にへとへとでした。

で、新宿に戻り、千疋屋でフルーツパフェとフルーツワッフルをいただいて元気を取り戻しました。で、今日は解散です。

南新宿の街は、これからきっと、小規模な地上げなどで変わっていくのだろうけど、まちづくりをどう考えていけばいいんだろう、あの不思議な居心地と、どうみてもなんとかしなくてはいけない建物群、救急車も入れない路地。活かせる資源はなんなのだろう。いろいろと考えさせられました。

一日付き合ってくれた、まいこちゃん、どうもありがとう。お疲れ様でした。

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境港 妖怪ロード総括

米子空港と米子空港駅 

約400m離れていて、涙ぐましい努力で案内がされていますが、仮通路とはいえ、ターミナルを出て、駐車場を抜けて、敷地脇を通り、県道?を押しボタン式信号機のところで横断し、工事用通路を抜けて、上下1ホームの無人駅、というのは、ちょっとイメージとかけ離れていました。そしておよそ40から50分に1本、飛行機の接続は考えられていないようで、これからなのだろうけど、課題は多そうです。列車に乗り遅れた僕は仕方なくタクシーで境港駅に向かいました。復路はしっかり妖怪列車に乗って空港駅まで戻りました。それにしても各駅での停車時間が長い。もっと早くなりそうなものですが、そうでもないのかな。

妖怪ロード

これはよくできています。沿道の多くの商店がきわめて協力的なんですね。一度勢いがつくと、いろいろなことが連鎖反応的にまわっていく、そういう上り調子の段階なのでしょう。これをさらに持続させていく工夫というのは、きっと別の次元であるのだろうけれど、少しずつそういう段階に向かっていくのでしょう。幅広い世代を惹きつける要素であることが強みですね。自動車をもっと締め出してもよさそう、と思いました。豊後高田のときもそう思いました。平日で曇り空で朝早かったので、ごみごみはしていなかったけど、想像するに、休日はすごいことになっているのだろうと思いました。交通運用を工夫して、この地区にかかわるさまざまなモビリティをきちんとデザインする、という発想は絶対に必要です。道路の意匠だけが、コミュニティバスの外装だけが、デザインではないということです。

猫むすめ

水木しげる館の休憩室で彼女が一人で休憩しているところに遭遇。そのあと、ロードを歩いているところで2回彼女に会いました。首をちょこんと傾けて手をふってくれるので、とてもかわいいです。(中に入っているお姉さんは、大変なのでしょう、お疲れ様です。そしてありがとうございました)。こういうの、もっとあちらこちらで応用できそうですね。そこら中に蔓延っているユルキャラではだめで、彼女くらいの全国的知名度は必要ですが、歩く、それもきままに歩く、というのが最高でした。鬼太郎も歩いていたけど、彼はいまひとつだった。何故かな。理由はありそうです。

妖怪について

水木しげるさんの作品を読み通せばわかるし、僕がいま嵌っている京極夏彦の作品で中禅寺秋彦さんの話を読んでいてもそうだけど、妖怪が昔から日本では語られていて、それが、日本人の心にいろいろなかたちで生きている、自分をそして日常を見直す視点が、そこここにたくさんある。観光する方々で、そんなことを考える人はきっと少数だろうけど、でもきっと0人ではない。そこにまた深さを感じます。

短時間ですが、がんばって行ってよかったと思います。寂しくなかったといえば嘘になりますが、たくさん得るもののあった半日でした。

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境港にて

境港にて

ポケットパークの照明が目玉なのは、想定の範囲内です。でも、猫むすめが歩いていて、それも一人で、そして声をかけると、こっちを向いてくれるのは、今風の表現でいえば、チョー感激でした。
境港にて

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堺屋太一さまのお話をじかにきいて

新しい勉強会の第一回でした。委員長は大西先生ですが、会長は堺屋太一さんです。会場にて、ああ本物だーと思い、名刺交換の手は震え、なんともミーハーです。で第一回なので、堺屋さんのご講話からはじまります。これがあまりにおもしろかったので、搔い摘んで紹介します。

東京の国際的な競争力が低下していて、これはお役人が無理やり一極集中をさせてきたからである。

問題点のひとつめは、情報の孤立である。情報は海外から入ってこないし、日本から出ていかない(ここのところの例示がすごかった。ドル紙幣の使えるデパートのある都市、韓国製ヒュンダイ自動車の普及率、中国人建築家の知名度、外国人記者クラブの人数、米国総務省での日本の扱い、英語に翻訳される書籍数と分野。日本からの数は少なく、柔道や盆栽がほとんど)。霞が関と大手マスコミの偏った操作が理由である。

問題点のふたつめは人材が日本に来ないことである。知的人材が定着するポストが日本になく人材を排除する仕組みがある。日本語を学ぶ外国人が減少している。

問題点の3つめは規制の強さである。一端緩和したのに21世紀になって強くなった(ここの例示が前に増してすさまじい。起業とリスクマネーを奨励していたのに国策逮捕に、18歳成人も再検討へ、AO入試はとりやめに、医療の効率性の低下(この例の例はすごくリアルですがここでは省略)、金融力、国際空港、国際港湾のいずれでも他国大都市にまけはじめた)。で、すべて東京に集めようとして国際競争力を下げている。文化の特定施設や東京でしか建設できない(このことがシンクロナイズドスイミングでのメダル問題につながるらしい)。雑誌の取次店も、テレビで編成権のあるキー局も都内である。それがテレビをつまらなくしている。

地方都市のほうは、青年会議所の活動実績の変化をみるまでもなく金持ちの減少が第一の問題である。山林、酒蔵、産地製造者、老舗、建設、医者の6種類がいて、そのいずれもが存亡を危ぶまれる(ここの例示もすごかったです)。そして先のマスコミのせい、それから二世代議員のせいでもあるけど、地方都市の窮状が日本に伝わらないことにも問題意識を考えているはずです。

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再開発のマスコット

再開発のマスコット

正直にいいます。戸塚の再開発に関係する仕事をやって8か月。そもそも横浜市のお手伝いの関係で戸塚の再開発の話をきいてから10年近く、僕はこの子の存在を8月28日まで、正確には知りませんでした。ごめんなさい。この子のミッションは何なのだろう。気づかなかった僕が無神経なのか、それとも、、、、、、、、、、、。

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境港をみてきます。

流動的な予定の中、なんとか日中を確保して、マイレージをつかって、米子往復を敢行します。境港のまちを、なるべくピュアな目で、しっかりとみてきます。空港から鉄道で移動できるのが、この人口規模の地方都市としては、すばらしいかもしれません。報告はおよそ10日後に。

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草津温泉にて

夏休み休暇を分散してとる中、雨の中、草津温泉で過ごしました。湯畑をメインにした温泉街ですが、交通運用の点からすると、かなり御苦労をされたのもうかがえますし、もう少しなんとかしたいな、とも思いました。道後温泉と同じ縮尺で地図を描いてみて比べてみること、そして華子ちゃんがやってくれた熱海駅前地区とも対比させてみると、いろいろなことがわかりそうです。少なくとも湯畑のまわりに自家用車が来てはいけないと思います。

温泉街の交通というカテゴリーで、研究というか調査を続けようと思い立ちました。著名な温泉地の交通管理上の現状と課題をちゃんとまとめておきましょう。でも、つきあってくれる学生さんがいないとねえ。

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飯田駅はりんご色

飯田市駅はりんご色

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越谷レイクタウン再考

今日、1年生の講義をやりながら気づいたのですが、公共交通指向型開発のPeter Calthorpeの提案の中に、駅前の水辺を活かしたものがあって、それは、サクラメントのラグナの絵だったということを思い出しました。水辺を活かし、歩行者動線やゾーニングの工夫をしていくことの可能性は多様にありそうです。

http://www.calthorpe.com/Project%20Sheets/Laguna%20West.pdf

ちなみにこの図面で駅から水辺を超えた南側の戸建て住宅地は、クルドサックを多用し、一部ではラドバーン型の歩行者専用道路デザインもみられるものの、歩行者には配慮していないデザインの場所もあったりするので、ちょっと??ではあります。

今日ははじめての1年生の講義だったけど、前半分にすわっていた子たち(男女十数名かな)は、とても熱心にきいてくれて、なんだか、かわいいなあ、この子たちのためなら、とっておきの話をたくさんしてあげよう、と思いました(こういう発想はプロの教師としては×ですが正直な動機付けではあります)。後ろに4名ほど睡眠に入るまで私語が続いていた奴らがいたので、相当に気分は害されながらの講義でしたが、前の子たちに救われました。

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小林重敬先生退職記念パーティー

6月14日は、この3月まで横浜国立大学の建築学の都市計画の教授をされていて定年で退職された小林先生の記念パーティーに参加させていただきました。

そうそうたる方々がご出席されていました。苦手な立食パーティーですが、僕は次から次へいろいろな人とお話をできました。大学関連でいけば、東京大学の岡部先生、浅見先生、九州大学の秋本先生、東工大の中井先生、筑波大学の大村先生、武蔵工大の宮本先生、岡山大学の谷口先生、早稲田大の浅野先生、長岡技科大の中出先生、東北芸大の小林先生、千葉大学の村木先生はじめ皆々さまとお話をさせていただきました。谷口先生とは長い間お話をさせていただき、詳細は書きませんが、大変ためになりました。横浜市役所の方々、学芸出版社の前田さん、三菱地所はじめ各社の方々にもお声をかけていただきました。小林先生ご夫妻にも御挨拶をさせていただきました。御挨拶のたびにお叱りやおほめをいただき、なんだか、アップダウンばかりでした。学内でも建築の先生が多数いらっしゃって、日本建築史の大野先生、環境の佐土原先生&吉田先生&稲垣先生などとはじっくりお話ができました(ちなみに土木の先生は僕しかいませんでした(宮田先生の古希のときを思い出しました))。僕は、都市計画の中の都市交通を学んできたし、きっとそうなっていくんだな、という確証を得た2時間でした。

小林先生の最終講義をまとめた本、そして最新の著作を記念にいただきました。マーケットとコミュニティ、グローバルとローカルというのはそれぞれ二項対立ではなく、いちばん大事なのはコミュニティなんだというあたり、最終講義でもお話をされている部分ですが、最新著作「都市計画はどう変わるか」(学芸出版社)でのメッセージもそのあたりのようです。二項対立かどうか、というのは、恩師新谷先生の最終講義を思い出しても感じるところです。過去と未来、集計と非集計、計量と非計量、などなどいろいろな例示を出されていましたが、そこで新谷先生が言わんとされていることを考えると、いろいろなことに気づくと思います。

僕らはバスを走らせて、道路の運用と設計を変更して、そこにコミュニティという冠をつけてきた流れの中にいますが、そういうことではなく、でも人の移動しやすさをデザインしていかなくては、まちづくりにならない、交通行動分析のフレームでの計画とは違うところで、デザインがいる、ということにも確信を得つつあります。登山の途中で少し、霧が晴れたような気がします。研究論文になりにくく、土木計画学の中心からははずれそうな世界だから、この先、僕は間違いなく飛び込んでいくんだけど、ますます主流の研究者ではなくなっていくそういうリスク込みですが、自分の信じる道をめざしていきます。

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気がつけば 本調子

咳は確かに残っていますが、気がつけば本調子になっていました。講義中咳きこんで話せなくこともなく(歌っている途中で咳きこむこともなく)、頭の回転もわりと通常通りです。

都市計画では、行政と住民の間のコミュニケーションが大切であることを、午前中のとある会議で痛感しました。双方に思惑があって、決して昔の悪代官様のようなことはなく、むしろ良かれと思っていても、相手の思惑がわからないと、それは間違いなく勘繰ってしまいます。ただただ透明性を保持し、理解してもらうべきところは、理解してもらえるような日本語できちんと言う、ここに尽きるようです。その中身が本当にいい計画なのかどうかの議論は差し控えておきますが、まずはコミュニケーションということでした。

夕方の会議では、今度は、市民が主体ということ、システムが持続するということ、理想論はまちがいなく理想なんだけど、本当にできるの、続くの、みんなそっぽむいたらどうするの、といったあたりの議論がみえてきて、実に僕の専門ではないところの議論なんですが、おもしろい議論になりそうな印象を持ちました。いい仕組みさえつくっておけばあとは動くだろう、というのはもしかして無責任で、きっと推進役が交代した途端に頓挫してしまうかもしれません。最初はちょろちょろした流れでも、少しずつ輪が大きくなり、やがては大河のようにゆったりとでも着実に流れていく、そういう戦略性というのが求められている場面でした。きっと最初にインパクトのある攻め方をしたほうがウケはよくてみんな飛びつくんだろうけど、それは、一発屋に近い。攻めるべきタイミングは確かにあって、ここぞ、というときには派手にやるんだろうけど、続かなくてはね。そういうことを、環境関連の議論の中で学びました。あまり積極的に発言するつもりではなかったけど、気がついたら、好き放題発言していた朝と夜の会議でした。

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束の間に旧岩崎邸

束の間に旧岩崎邸

午後に大学の会議を休ませていただき、今後の研究戦略上のこともあって、2つのコンサルタント会社の取締役の方を訪問させていただきました。アポの時間の関係で、途中に少しだけ時間ができたので、移動の途上にあった、湯島の旧岩崎邸で少しだけ休憩をとりました。辰野金吾氏の恩師にあたるコンドル先生の設計による、いわゆる洋館ですが、とても素敵なつくりでした。

自分の研究分野の売りはというと、バスやLRTなど都市の公共交通の研究、自転車や徒歩など身近な交通の研究、中心市街地や再開発などを都市交通の観点からみる研究、などが中心である一方で、1992年のAIT赴任以降、開発途上国の都市と交通の研究もそれなりにやってきているつもりです(研究室にいてもわかってくれていない人たちもいたりしますが)。研究のスタイルとしては、小規模でも実証的な研究やケーススタディ分析が中心といえるかもしれません。で、開発途上国の研究を今後もすすめるにあたり、今日お会いした、お二人の取締役さまは、僕が、東大都市工助手時代からずっと尊敬させていただいている方々です。お忙しい中、海外からの一時帰国のつかの間に、お時間を割いていただき、結局、お昼ご飯も夕飯もご馳走になってしまい(最初の会社でお昼プラス2時間半、次の会社でも3時間プラスお夕飯くらい)、2社目のほうは、若手社員を何名も呼んでいただき、学生さんの相手をしていただき、と、よく考えると、とんでもなくご迷惑をかけてしまいました。この場を借りて、御礼申し上げます(ブログのアクセス解析によれば、両社のサーバーからアクセスがそれなりにあったりします)。

いろいろな意図で、今日の午後から夜をすごしたのですが、4年生で進路で悩んでいる学生さんの先入観を一部払拭するため、そして人生を考えてもらうため、というのと、いつも発信ばかりしている僕にとっても、いろいろな刺激をいただくためという意図があったわkで、そういう狙いは大成功でした。

パーソントリップ調査のこれからの姿の一提案、オートバイ交通の見方、長期計画の持つ意味、BRTそしてLRTをどう考えていくのか、といった視点の他、ベトナム、中国、モンゴル、インド、スリランカでの都市交通実務の課題、そこでの研究の可能性、もう書ききれないくらい、いろいろなヒントをいただきました。ついでにホームページの改善まで決めちゃいました。

大学の会議を休んでしまい、研究打ち合わせもメールにさせていただき、とご迷惑をたくさんかけましたが、その何十倍ものプラスを得て、大満足です。これを今度は、研究室にそして大学に還元していきます。

ここのところ、悩みも多いのですが、今夜はとても気分よく眠れそうです。つきあってくれた学生さんありがとう。

短い隙間時間で、つつじ、谷中と根津、湯島界隈、と急遽の待ち歩き遠足を敢行しました。僕はもっと歩かなくては(減量という意味ではなく)、そしてもっと吸収しなきゃ(脂肪という意味ではなく)、という蟠りが、少しふっきれました。そして、旧岩崎邸和館日本庭園での抹茶と和菓子(セットで500円)が最高でした。

学生さんからの刺激で、これだけのことができる環境にある自分が幸せだと実感するとともに、もっと僕を動かしてくれる刺激的な学生さんが横国にも増えればなあ、などと思ったのも事実です。

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これは敵いません

締切をとうにすぎた原稿がなかなかかけず、悶々としている土曜の深夜ですが、ついついみていたインターネットで、すごいブログサイトをみつけました。都市計画関連の先生でブログをやっていらっしゃる方を、これまであまりみかけなかったのですが、みつけました。それも、事例や写真がいっぱいの、とてもためになるブログです。僕のブログのように気まぐれさがなく、まるで教科書か資料集のようにいろいろ学べます。フライブルクもクリチバもストラスブールもしっかり載っています。ここまでは、とてもできないです。僕は、あくまで自分の備忘録に徹していますし。

大阪大学大学院の福田知弘先生のブログです。http://www.interlab.jp/fukudablog/

ただただ脱帽です。御見それしました。

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横須賀市視察

横須賀市の都市計画道路見直しに関する現地視察が行われました。都市計画決定されたまま事業着手に至っていない場所、竣工した場所などの様子を3時間かけてあちらこちらまわりました。

個別の事例についての感想は立場上差し控えますが、いくつか記しておきます。

必要な車線数の決定、具体的には往復2車線でいいのか、4車線必要なのか、の判断は、わりとシンプルなルールにはなっているけれど、議論の余地はいろいろある。

拡幅によって沿道、街並がどうかわることを「計画として」考えるのか、これは、ここのところ注目している道路と沿道の「際」の問題の一面として重要視したいところです。

都市部の道路での混雑緩和は、まちがいなく交差点の容量で決まり、それは、交差点近傍の道路面積と信号処理、そして連続する交差点間での処理方法の整合のさせ方で決まってくる、とすれば、何キロにもわたって多車線道路がどうしても必要かどうかは、1つめにも書いたけど、より多面的な判断が必要となるといえる。

などといったところです。横須賀市では見直しのルールをほぼ決めましたので、これから、それをあてはめて、市内の対象道路計画すべてについて、来年から評価をしていきます。辛い作業ではありますが、誰かがやらなくてはならないのだから、これも定めとがんばります。

で、今日の視察で発見した、うれしかったこと。

横須賀市の西から南にかけての農地および樹林風景は、相当に質が高い。昨年6月に遠足したソレイユの丘だけが例外的に風景がいいわけではなく、ポテンシャルが高い。

そしてもうひとつ。本当に知らなかったのですが、

浦賀湾に、横須賀市の道路として位置付けられている「正式な公道としての」渡し船が健在で、自転車同乗可という意味ではバンクーバーのシーバスなみだし、対岸で手を振るとくるという、目視によるディマンド運行もできるのは最新交通システムばりだし、となかなかです。たぶん神奈川県内では唯一の「公道としての」渡し舟、日常的に通勤通学に使われている渡し船です。近日、猿島とあわせて見学会を企画します。雨で写真がとれなかったのが残念ですが、以下のサイトで歴史も詳細もわかります。それにしてもおもしろい。

http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/cocoyoko/history/spot/006.html

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アーケードのある橋@弘明寺

アーケードのある橋@弘明寺

3月12日は午前中の時間をつかって、ひさしぶりの有志見学会を敢行しました。僕にとっては、とても優先順位の高い時間ですので、あとから問い合わせの多い、打ち合わせの要請もすべて断って、見学会を実施しました。参加者は僕をいれて10名。ちょうどいいサイズです。

横浜の別の側面を歩く、というのをテーマに、弘明寺のアーケード、大岡川のプロムナード、南太田のどんどん商店街、アメリカ海軍住宅地、磯子区岡村商店街、とりは有名な元町の歩行空間確保です。

弘明寺のアーケードは、有名ですが、写真をよくみていただくとわかるのですが、大岡川をわたる赤い欄干の橋の部分にもアーケードがかかっています。これは、よく考えれば、なかなかすごいデザインです。こういう空間が残されることに意義があると思います。

大岡川プロムナードは2kmちょっと歩きましたが、川沿いの道路、そしてその道路沿いの住宅との関係は、なかなか興味深いものでした。井土ヶ谷付近ではコミュニティゾーンが導入され、ハンプもしっかりありました(横浜市内の「公道」にハンプがないというのは大嘘でしたね)。

どんどん商店街は、一時期、土曜午後だけだったと思いますが、歩行者専用規制をかけ、路線バスのみ通行可としていました。まだ浜松でトランジットモールの実験をする前、かつ金沢の横安江町アーケードにコミュニティバス「ふらっとバス」の走行を認めていただく前ですので、交通運用としてのトランジットモールとしては、実は日本初だったりします。でも、いまはその面影も危ういくらいに、???な商店街になってしまいました。

米海軍住宅地は、高い丘の上にあって、登るに一苦労ですが、途中にバス専用信号があるなど、不思議な坂でした。登りきったところの通りが、Racetrack 通りと Mayflower 通りになっていたのが新鮮でした(30年近く前に学校の帰りに歩いたときはそうではなかった)。

岡村共栄会はそれほどインパクトのあるところではなかったのですが、その手前、滝頭の市電保存館の近くにある、丸山マーケットには、ものすごくびっくりしました。那覇で同種のものが健在なのをみたことがありますが、まさか横浜市磯子区で、50年前くらいにタイムスリップできる空間が、駅前でもバス停前でもない住宅地の真ん中に残っていようとは。横浜のいわゆる下町の奥の深さです。

こうやって、ちょっといきあたりばったりなところもありますが、歩くことで、まちづくりの視点は確実に広がります。いまはどうか知りませんが、僕がいたころの東大都市工学科は3年前学期に地区体験という演習科目がありました。毎週歩いているだけで1単位がもらえるおいしい科目でした。土木工学教育としては、数々の構造物の完成品、製作途上の様子をみることに意味があり、そういう見学会も多々企画してきましたが、僕の関心である、まちづくりは、やっぱり、歩かなくてははじまりません。そういうことに興味のある人たちにたくさん寄り集まってもらって、研究分野を盛り上げていただければと思います。

午後は、神奈川県の道路(早紀ちゃんが元気そうで安心したし、彼女の修士論文の提案が、近日、西区界隈でも実現するようで、とてもご機嫌でした)、そして首都高の委員会、それから警視庁でのヒアリングと続きました。夜は、とあるお別れ会でした。3月は卒業、転勤、別れのシーズンですが、やはりちょっとうるっときますね。

いつも同じ空をみている、同じ月をみている、だからつながっている、

そう思って、さみしさを堪えて門出を祝う、これしかありませんね。

次の見学会は、もう申込は締め切りましたが、マイクロバスも通れない、限界集落としかいいようのない(こともないと思いますが)、「超」交通不便地域の見学です。といっても東北とか中国地方にいくのではなく、県央部にある、政令指定都市が間近なあの相模原市の中のことです。その次の見学会は4月ですが、群馬県太田市をみようというものです。

春休みも元気いっぱいに過ごします。

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連休の千葉・東金にて

当面、千葉県東金市との往復(200km)を行う週末が続くのですが、これがなかなかハードです。決して車の運転は嫌いではないし、現在所有している車は、相当に気に入っているので問題はないのですが、さすがにハードです。それでもガソリン代も高騰している折、環境のことも考えて、少しでも低燃費に運転しようと思っています(この連休は2往復で、普段は素直で乗り物好きの息子もさすがにちょっとぶち切れていました)。

東金駅前のJUSCOを核とした商業施設SUNPIAに二度ほどいきました。外見はちょっと???なのですが、中はなかなか素敵です。たいていのものは揃う品揃えのJUSCO本体だけでなく、専門店街もがんばっています。

息子のお気に入りは、デュエルマスターズのカードのばら売りをしている多田屋というおもちゃやさんです。わが港北ニュータウンにはこういうおもちゃ屋さんはありません。いま子供たちに関心のある、カード、DS、WIIだけでなく、昔ながらのおもちゃもいろいろ売っています。あの米国出身のと●●●スも嫌いではないですが、品揃え方の違いは否めないところがあります。量ではなく、並び方です。この違いが実はけっこう大きいし、そこに何かヒントがあるように思いました。

そして、今日、1階の喫茶店東金珈琲に入りました。ここのケーキも珈琲もオレンジジュースもとてもおいしくて大変満足です。あの米国出身のス●●●●●スも嫌いではないですが、なんだかぜんぜん違うものを感じました。こういうお店で珈琲が飲めて幸せだと思いました。こういうお店も減ってしまった気がします。そこで失われているものは何なのでしょう。

商業ってきっと奥が深くて、そこを一緒くたに考えてはいけなくて、時には時代に流され、時には時代の流れをかえてしまうのだろうけど、街づくりの根幹のひとつだと実感しました。駅前の大型店舗ですが、ぜひがんばってほしいSUNPIAでした。

追伸:アクアラインの交通量が時間帯によりますが、かなり増加してきている気がします。いいことではありますが、バスの乗客数と同じ話で、地域にプラスになっているかどうかで評価したいと思いました。

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今日もたくさん勉強させていただきました。

午前は寒川町都市計画審議会。流域下水道の案件です。管路の流量とか再生水とか、活性汚泥法とか、学生の頃教わった話が満載です。広域的な下水道のシステムなので、関連市町がどのように負担するのか、完成形のリダンダンシーはどうなのか、勉強になりました。委員からの質問に対して事務局は、すぐに県に問い合わせる等迅速に対応していただき、比較的スムーズにいきました。都市計画というときれいな図面だけのイメージをもつ若い方々もいらっしゃるかもしれませんが、実務の都市計画は、法に定められた都市施設についての検討がすべて含まれ、下水道は都市計画の中の重要な施設です。

午後最初は、神奈川県の大規模店舗立地審査会。尊敬する苦瀬先生とご一緒に議論をさせていただける嬉しい場所です。いまの僕の関心は1にも2にも駐車場です。駐車場の利用実態のはかりかた、来店車両経路の妥当性の判断、店舗増床時の駐車場増設量の適否の判断、ひとつひとつが、交通工学と都市計画の両方にかかわることで、それを具体のケースで勉強できました。事前の打ち合わせにも増して、充実した議論でした。

午後2つめは秘密の学内会議。これはとても重い会議ですが、めげずに前向きにがんばっています。

午後3つめは、某駅前の再開発の竣工にあわせて、駅前の都市および交通の情報システムの提案を行うものです。もう15年前になるけど、青葉台駅での経験を生かして、そして現代の最新技術を駆使して、さらには、今、都市がかかえる問題にも十分対応できるような、いいものを提案していこうと思っています。出身研究室の後輩にあたる慶応義塾大学の古谷先生と一緒に議論できたのが幸せでした。

それにしても、交通事業者に情報提供の費用負担を訪ねる中で、某社は、敷地外で情報を出すのなら、有償だ、というお答えで、ちょっと度肝を抜かれました。事業者に若干負担していただいて情報を出すという仮説に対して、情報がほしいなら金払えということです。でも実際にサードパーティの情報提供業者は事業者から情報を「購入」しているわけですから、事業者としては当然なんでしょう。情報とコストという問題は、もはや逃げては通れません。これまでは実証実験やら社会実験なので、コスト問題は少し脇役でしたが、今回は確実に主役になりそうです。ちょろっとしたアンケートでCVM、というレベルでは済まされない生々しい世界に入っていきます。情報の話はやっぱり深いです。

夜は横浜市の非公開ながら格調高い勉強会です。今日は、エリアマネジメントを学ぶことができました。これからの横浜が、横浜であるために、誰が何をしていくのでしょう。全体をわかっている人が、草の根の話をしてくださるのはとても説得力があります。僕は、そういう風格を持つには、あと何十年かかるんだろう、でもがんばろう、と思いました。

この1日のこなし方は見方によっては異常ですが、まあ、こんなもんです。寒川以外は遅刻、早退のおゆるしを事前にいただきながら、要するにみなさまに甘えながらなんとかなりました。この場を借りてお詫びと御礼を申し上げます。あまりいいことではありませんが、今日のところはおゆるしをいただけました。

睡眠は6時間以上必ずとります。

ということで、おやすみなさい。

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初日の出

初日の出@都筑山田富士

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。写真は自宅バルコニーからみえる初日の出です。

年末は仕事用ノートPCの更新と自宅用PCの7年ぶりの更新で大忙しでした。そんな中、大晦日には、息子のリクエストで、僕もはじめてだったのですが、除夜の鐘を打ちにいきました。港北ニュータウン内の正覚寺で打たせてもらえると知り(インターネットで)、紅白歌合戦が終わってからかけつけましたが、すでに行列。待つこと40分で、なんとかつくことができました。が、どうも息子はつく前に縄から手を離し、つけなかった、とビービーいうので、再度行列に並び、さらに30分、午前1時半前にようやく思いを果たしました。

ニュータウン内の寺ですが、斜面地形を活かした立派な境内があり、鐘楼もなかなかの風格です。ニュータウンの計画というのは、今後の日本では新しいものはないでしょうが、一方で、アジアをはじめ多くの途上国大都市ではニュータウン計画が増えていきます。日本の経験がどう活かされていくのかが課題です。お寺や墓地といった宗教的要素やハレの日への対応などを計画にきちんと盛り込めるかどうかも課題のひとつと思います。港北ニュータウンを計画した先達たちが、この除夜の鐘のことまで考えていてくれたのだとしたら、とてもすごいなと思いました。まちづくりの多面性、多様性が、研究でも実務でも、もっと深く考慮されていくように、僕もがんばろうと思います。

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リゾート開発?

リゾート開発?

連休は、父子で、三浦マホロバマインズというリゾートホテルに1泊2日の小旅行でした。三浦海岸を望むリゾートマンションです。われわれとすれば温泉大浴場があって、食事がバイキング形式であればOKで、眺めもよいので大満足です。で、その大規模施設のエントランスで発見したのが、写真の模型です。壮大な構想があることをここではじめて知りました。でも、周りの土地利用とは何の文脈もない開発にもみえます。

三浦海岸という観光資源を、そして漁業、農業でどうバランスをとっていくことを提案しているのだろうか、じっと模型をみて考えてみましたが、不勉強な僕にはよくわかりませんでした。観光というのは、重要でかつ難しいテーマですが、地域にとって短絡的な意味ではなくプラスになるためには、持続性のある戦略とともに、やはり空間デザインがおろそかではいけないし、そこに交通のかかわる要素も多分にあるな、と駐車場計画や幹線道路からの動線計画や、まわりの土地利用との関係をみて、思いました。

3年前の夏に越後湯沢で1泊したときにもいろいろと思いましたが、きっとどこかにプランニングとしての解がありそうなので、探ってみようと思いました。

家族には申し訳ないですが、25日からは久々のバンコクです。都心および周縁部の駐車場整備の調査に同行します(25日の真夜中は日本にいたかったのですが)。

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武蔵小杉はムアントンタニ?

武蔵小杉はムアントンタニ?

武蔵小杉駅前から南側に続く地区には、どんどん超高層マンションがたっていきます。バンコクのムアントンタニのようにはならないにせよ、まちづくりとして、これでいいのかなと思ってしまいます。何十年も持続する街という発想よりは、不動産業が持続するため、なのかな、とも感じてしまいます。専門家っぽい発言はしませんが、この街の変化を多角的にみていきたいところです。

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虎ノ門が変わっていた。

交通工学研究会が神田橋のほうに移転してから、虎ノ門に行く機会はめっきり減りました。先日久しぶりにいったら、文部科学省のあたりの諸工事がおわりつつあって、虎ノ門駅から霞ヶ関ビルへの動線が振るチェンジしていました。夜の写真しかありませんが、霞ヶ関ビルから虎ノ門に向かうと、虎ノ門の交差点その先の新橋まで見渡せる空間ができあがっていました。しょっちゅうとおるところなのに、見るアングルがかわると、こうも新鮮なのだと思い、かなり感動しました。再開発の醍醐味は、僕にとっては歩行者動線の変化であり、そこを歩いてみえる景色の変化です。そのもっとも典型的な例がまたひとつ東京に生まれた、ということです。それにしても、交通量の多い交差点を真正面からちょっと下方向にみるのは、なんだか快感です。

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ららぽーとdebut

ララポートdebut

近くにありながら、なかなか行かなかったのが、ここららぽーと横浜です。今回のお盆休みは、体調が復帰基調にある家内にあわせて、お出かけしまくりですが、13日はららぽーとに行きました。我が家の前の、(最近できた通称)歴博通りをひたすら南下して、左へ1回、その道の突き当たりを右へ1回、何と十数分で着いてしまいました。駐車場入口から北立体にいくまでは、数回は曲がりました。

そして、その中の広いこと、広いこと。衣料専門店の比率が高いのですが、自分に、あるいは我が家の3人に関係のある店舗が、全体面積のどのくらいを占めているのか、そう考えると悩んでしまいます。開店以来我が家が贔屓にしているセンター北のモザイクモールは、ずっと小ぶりなショッピングセンターですが、上述の比率でいけば断然高い。なんといっても小ぶりなので、全体が見渡せるので、開店当初から迷うことがありません。

大型ショッピングセンターの規模の経済とは何なのか、特に利用者側のさまざまな視点から切り込んだとき、もしかしたら、最適規模があるのではないか、もちろんそれはキャッチメントエリアのマーケティング状況を変数とするものだろうけど。ビジネスとしての最適規模ではなく、街の中での存在感を市民目線から持ちえるための最適規模がきっとある、と直観しました。で、これが、実はきっと交通アクセスをも変数に持ちえるし、逆に、その規模で交通計画が決まるという相互作用がそこにあると思います。ちょっと端折って書きましたが、行間にはいろいろな思いがあることを付しておきます。

三井不動産には、東大時代のかわいい教え子さんたちもいるし、ぜひ首都圏を支えていってほしいのですが、郊外の生活像を陳腐に落とし込めることのないよう、多面的に考えていただきたいと思っています。

ちなみに14日は大江戸温泉物語にいきました。中身はともかく、帰路の渋滞のひどさにただただ唖然としました。交差点の歩行者誘導と信号処理というのを、計画的市街地でどう考えているのか、これも大きな課題と認識していて、交通工学研究会でも取り上げつつあるのですが、僕の指導力なく、僕の思った方向での成果は十分にはでていないのですが、いつか、きちんとやっつけなくてはいけない問題という認識を、改めて思い出しました。

ついでにいうと、ちょっとイベントがあるくらいで、歩行者処理がパンクする街はおかしい。本来の街は、祭り、いわゆるハレの日に対応した歩行者空間デザインであるべきと思っています。ブラジルの街は、クリチバしか知りませんが、カーニバルに対応できる空間構成を持っています(よね)。徳島市は阿波踊り、宇都宮市だって宮祭り、そういう視点を計画的市街地ではどうしているのでしょう。どうすればいいのでしょう。こういう課題は、ニュータウンのリニューアルでいちばん忘れられがちですが、実はいちばん大切だったりします。これもだいぶ端折りましたが、行間に気持ちを込めました。

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「しんえのすい」で「はいいわし」

新江ノ島水族館に家族3人でいきました。息子の絵日記ネタを仕入れるという。ちょっと本末転倒な目的でしたが、息子は大喜び。写真を取り捲りです。記念写真コーナーのかけごえの「はい、いわし」にもおおはしゃぎ。当然ながら、いるかのショーも大歓声。で、いちばん気に入ったのは「くらげ」。絵日記には、くらげが2体、ふわふわと泳いでいました。

こういう施設、都市計画マスタープランで積極的には入ってこない場合が多いですけど、とても大切です。なんだか、都市計画は、どこか偏っているのでは、という疑問の灯火が、かすかにですが、僕の中にでてきています。

アメリカのチャタヌーガ、だけではないかもしれませんが、中心市街地、あるいは都心の再生の仕掛けはきわめて多面的です。市民の余暇という視点(観光ではなくて)をどれだけ幅広く考えるか、もう少し勉強しようと思いました。

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お気に入りのチョコ屋さん

毎週末は、家内の通院の送迎をしていますが、時に付き添うこともあり、医院の近くの喫茶店で待つこともあります。ここはいちばんのお気に入りで、チョコレートがいっぱいあるお店の隅の喫茶コーナーで、チョコレート(このお店ではショコラといいますが)付のコーヒーを飲んでいます。こういうお店が生き残るのは、当然、お店の努力もあるのですが、まちづくりと無縁ではないと思います。がんばっている素敵なお店を応援することを、都市計画では具体的に、どうできるのか、これも課題です。

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減築???

3日の火曜日は、予定がぐちゃぐちゃでした。出席すると一度は返事した打合せも2つ休むことになってしまいました。麻疹のせいとはいいたくないですが、あおりであることは間違いありません。でも根本は僕の時間管理の落ち度であり、そもそも、あちこち顔を出そうと欲張りすぎているのかもしれません。ご迷惑をおかけした方々にはお詫びのメールを送らせていただきました。

そんな1日で、一番印象に残った話は、東工大の室町先生がいかに厳しく講義をしているか、ですが、それはともかく、いちばん印象に残った単語が

減築

です。増築の反対語ですね。東ドイツで高層集合住宅の例えば4階以上をすべて壊して3階建にリニュアルするというようなお話でした。人口減少下の市街地での戦略にもなりえるし、おもしろい言葉という印象です。研究室でも一人の卒業研究が関連するのですが、集合住宅が集積しているいわゆる団地の近未来像というのはいつも気になります。建物がかわり、生活スタイルがかわり、求められている交通サービスニーズもかわっていく中で、都市計画そして交通計画で何を考えるべきなのか、特に賃貸の公営住宅が気になるところです。公団住宅、民間マンションはその次だろうけど、まずは公営住宅の話と思っています。コミュニティバスの話も無関係ではないところが、研究としてはおもしろいところです。

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ひとつの区切りの中で

などというとちょっとかっこ良すぎですが、今日は、とある勉強会の最終回でした。郊外の新しい像を議論するというプロジェクトで、若手研究者育成という面、岡山の谷口先生、いま東大にいる高見君と自由に議論をできる場を設けるという面、その様子を都市のことが好きなうちの学生に膨張させていただくという面、いろいろあって、土木学会に論文を出すというスタンスではできない、楽しい議論をたくさんしました。

最終報告書は手をいれれば本になるようなものです。結論部分に漫画というか劇画を加えて仕上げるつもりです。

今日の議論の中で、メモしておきたい表現がいくつかありました。

公益の立場のプランナー

噛みしめていくといろいろな議論ができそうです。行政のプランニングとは何か、あたりまで含めて考えていくフレーズと思いました。もちろん、ごくごく当たり前の意味でもあります。

都市圏の価値

都市圏としての価値ということを考えると、今後高齢化が進み、市街地の縮減もはじまり得る郊外部に対して、ある面ではかなり応援団的な、そしてある面ではかなり冷徹な判断を含むプランニングが必要で、それが都市圏の価値を決めていく。会議の場ではいい足りなかったけど、国際都市東京が、大阪とも違い、上海とも違い、そしてロンドン、パリ、ニューヨークとも違う道を歩むとして、郊外部をどうするのか、が都市圏の価値を決めていき、国際競争力にも影響する、そういう議論があるんだろうな、とふと思いました。

小さな駅

SMAPというか槙原某の名曲のフレーズになってしまいますが、郊外電車の急行通過駅は、停車駅になりたいかどうか、です。ナンバーワンになりたい、というだけでもないでしょう。ならなくても別の価値観でみればうらやましい駅前というのがきっとあるだろう。そしてそれが選択になっていく。同時に、松田聖子のというか呉田某別名松任谷某の名曲で多くの人がイメージする駅規模というか、子供の頃、野口某が歌っていた曲の歌詞というか、個人的には、わが先輩の小田和正のゲルダちゃんのアニメのエンディングというか、(歌詞を自由に引用できれば、どれだけもっとすっきり記述できたことか)、そういうイメージの駅は、急行は止まらないけど、きっと素敵です。

そしておわっていく中で

経済学的なものの見方がきわめて一般になり、成果主義が浸透し、どういうわけかその中で価値判断を一元化する傾向が強くなる場面が増えて、あちらこちらが、いい意味でも悪い意味でも単純な議論に基づくようになってきています。安全とか環境というのは、まだわかりやすいけど、まちづくりになってくると、そうでもない、僕らの研究の対象、計画のターゲットが多様なのは、そういうことに近いかもしれません。多様な要因を単位のない一次元の効用として線形に表現することでわかることも多いけれど、捨てていることも多い、効用関数で議論できることも多いけれど、できないことも多い、そこにどういうスタンスで考えていくかが、プランニングマインドという言葉のもつ、ひとつの、ほんのひとつですが、側面なのでしょう。

高見君は後輩だからいつでも会えるとして、谷口先生とはこれからもいろいろな場面でお付き合いをさせていただきたいと思っています。まずは、両大学の合同ゼミの実現に向けてがんばります。今年度は、予定ですが、網走の近くと富士山の近くとで、あわせて3つ、有志によるゼミができそうです。

追伸

今日は勤務先での教授会からの帰り道で、とても偉い先生にブログ読んでいる、と声をかけられました。もう恥ずかしいやら、なんやらです。大学名をオープンにして運営しておりますので、恥じることのないよう、がんばっていきます。みなさま、どうぞよろしくお願いします。

追伸2

学生さんへ。上記のプロジェクトの漫画の部分について執筆者を募集しています。学生情報ブログをご参照ください。

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まちの品格?

特定の店舗への批判となってしまうので、言葉を選びます。以前にコンビニがあった場所(確か記事でも紹介しました)にクリーニング店がオープンしました。その派手な外装をどう読み取るかです。これ以上はかきません。

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ノースポート

4月21日に、港北ニュータウンのセンター北駅前に、新しい大型商業施設ノースポートがオープンしました。センター北駅周辺はものすごい渋滞になるか、と懸念していましたが、それほどでもありません。では、ノースポートは人の入りが悪いかというと、そうでもなく、むしろ、かなり賑わっていました。交通処理がうまくできているのか、もっといろいろな要因があるのか、不思議なところです。

で、肝心の施設の中身ですが、

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大さん橋 から横浜3塔

大さん橋から望める3つの塔を横浜3塔といいますが、多少視力の劣る僕でも見つけられるくらいはっきりしています。

羽田空港もそうですが、ターミナル自体が休日のお出かけの目的地になっていることは、まちとしてとても素敵なことだと、あらためて認識しました。

そして大さん橋の最上階から眺める横浜市の水際線の景観の落ち着いた雰囲気が、その価値をさらに高めていることも実感しました。

2階のカフェには世界の主要都市の現在時刻がわかるように7つの時計がならんでいました。都市名はローマ字です。息子が、右上が横浜だね、というので、ローマ字がわかるなんてすごい、と褒めたら

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土地区画整理の意味がよくわかる地図です。

新幹線の南東側は、区画整理がされていません。防災のことを考えると心配になりますし、これからの新横浜駅の発展を考えても気になります。でもどうにもならないのが現状のようです。

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梅の咲いた山田富士公園

僕の住んでいる港北ニュータウンへは、およそ2年に1回ですが、学生をつれて歩くことにしています。もうだいぶ昔ですが、その感想文として、ある学生が、これは失敗した都市計画、と断言してくれたことがあります。人工的な自然空間への反発のようでした。人工的に整備された公園空間には緑がいっぱいあり、小動物もいるのですが、本当の自然とはちょっと異なります。そもそも里山というのも、人間と自然との共生で、人間が上手に運営して(管理して)持続するという一面をもっています。人工的な空間はすべて×というのでは、たぶん都市は成立しなくなります。ですから、我が家の近隣の山田富士公園についていろいろな批判がありますが、有効に活用できるオープンスペースとして考えることにしています。

山田富士公園は、実はニュータウン内では桜の名所として知られていますが、梅もなかなかです。今年はもう咲いています。バスを待つ間に梅を観賞できることは、とても贅沢かもしれません。バス停の待合空間の質というのには、眺めという要素がきっとあるのだろうと思います。景観を研究の領域に広げる自信はありませんが、それでも無視できないだろうと実感しました。

それにしても津軽三味線はうるさいよー、産経新聞さん。

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やっぱりサザエさん

この期に及んで、月曜締切作業を2本かかえ、年賀状の印刷もままならない状況ではありますが、備忘録としてのブログですので、記事を書いておきます。

今夜のサザエさんのお話の中で、まちづくりにかかる視点があって、少し感動しました。携帯電話がなく、小学生が学帽をかぶり、エアコンがなく、電気製品にリモコンがない、などと週刊文春で書かれている磯野家のあるあの街ですが、郵便屋さんの一言が最高でした。引用はできないので、要約しますが、ご覧になったかた、お気づきになりましたか?

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初冬はテラスカフェ

初冬のテラスカフェ

ひょんなことから渋谷近くの再開発ビル内の3階にある347cafeというところで愛息と二人でランチです。こんなこじんまりとしたおしゃれな空間が、そこここにあるのは悪くないと思いました。テラスですが、暖房機(写真左のかさのようなものは下のガスボンベのガスで温風を発生させ、上から吹いてくる)があり、ブランケットがあるので寒くありません。サンドイッチもソーセージ盛り合わせもおいしかったのですが、値は張りました。

いちいちジェイコブスを引き合いに出すのもなんですが、変化、多様性、密度、そして時間の流れという意味での歴史という切り口を考えた場合、敷地内であろうと外であろうと、多様な選択肢があり、それが悪い意味で閉鎖的でないことが、公共的なものには必要なのかもしれません。外からも中からもアプローチできるこのカフェは、なかなかおもしろいと思いました。道路だけでものをみているとつい忘れがちなヒントです。

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まちの記憶 続

続 まちの記憶

コミュニティが機能していると、いろいろなものが、高齢者層から若い人たちあるいは子供に伝承されていきます。そして記憶が引き継がれていきます。本を書きあげて思ったんですが、記録に残すことの価値だけで十分ベネフィットがあったと思っています。
伝承することの意義は誰も否定しないと思いますが、それが軽んじられていることも否定できないと思います。高齢者が若い世代と接する場面は、数多くあったほうがよいと思います。

バスでいうならば、コミュニティバスが高齢者専用ではまずいのではないでしょうか。
コミュニティバスに高齢者を集めてしまい、在来のバス路線と分けてしまうのもまずいのではないでしょうか。
駅やバス停の交流機能にもっともっと力を注ぐべきではないでしょうか。

横浜市では学童保育とは別の概念で、学校の空きスペースを使い、地域の有志?の運営によって、下校時の子供を無償で預かる仕組みがあります。浜っ子クラブといいますが、我が家の王子様もよく通っています。そこのチーフはリタイアしたおじさんなんですが、竹馬もベーゴマもその他もろもろの遊びのどれをとっても子供たちにひけをとりません。
授業参観では、校長先生は教室に遊びに来てお手玉を披露し、どのお母さんよりも上手と豪語していらっしゃいましたが、実際にそうでした。こういう小さいことのひとつひとつの意味がとても大切で、そして、そういうことそれぞれを貫く、何か哲学のようなものを、プランナーは活かしていくべきなのでしょう。それらの「生活の質」をインフラが支えているのだからこそ、土木の中に計画があり、工学の中に我々がいるのだと思います。

人間の目線で交通システムをみていくことが、まちの記憶の伝承の一助になるのであれば、それはとても喜ばしいことです。

少し視点をかえてみます。

子育てというのを体験して、いまはっきりいえることがあります。生まれてから今まで、でも特には幼稚園にいく前くらいまで、それほどばかみたいに写真をとってはいませんが、自分の頭の中にはいくつもの鮮明な記憶があります。喉もと過ぎた苦労でもあるし、一緒に笑った瞬間でもあるし、いろいろです。でも、まとめていえば、そのときのたくさんの、かわいさ、などという一言では片付けられない宝物があるから、今大丈夫なんだと思います。

子供の親孝行というのは、なんなのだろうかと考えるときがありますが、その3年くらいの間に彼がくれたすべてが、親孝行のようなもんです。それがあるから、きっと僕は、この先彼がどのような苦労をしても、甘やかすのとは全然違いますが、きっと守っていけると思うし、ずっと味方でいられると思います。叱るときはかなり激しく叱るんですが、戦いではありません。

で、この自分の気持ちと、このエッセー記事の本題が、自分の中ではつながっています。

きっと、記憶のたくさん残っている街は、強いんだと思います。歴史的建造物が残る、歴史的街並みが残るというだけではなく、記憶が生きている街は、きっとロバストなんだろうと思っています。このことを論理的に整理していくことを当面の課題とします。物理的に強い街を支える都市計画の論理にもなりえるかもしれません。
昔にすがって、それだけを頼るのは、子供に対して、昔は可愛かったのに、今はただ憎たらしいだけというのと似ています。僕の子供に対する気持ちは違っていて、いまの彼もとっても愛しいです。そして、辛いことを乗り切る自信も漲っています。その土台にあるのが、昔から、よく考えれば今に至るまでかもしれませんが、数々の記憶です。
そして、その記憶は、どんどん増えていきます。

その意味では、まちは、さらに新しく、記憶となりえる変化を刻んでいかなくてはなりません。そういうダイナミックさがないとすれば、それはまちの死を意味するかもしれません。ダイナミックさ、躍動感というのも必要で、それを促進する起爆剤のようなプロジェクトを必要としているまちもあるのだろうと思います。

僕の中の都市交通の考え方が、次の段階へと動きつつあることを断片的に紹介しました。

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まちの記憶

これも自分の中では、新しい発想で、まだまだまだまだ荒削りですが、自分のメモとして書き留めておきます。

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ロバストについて

これからの都市が備えるべき資質とは何か、いろいろ考えて、この言葉に到達したのですが、認知されていくには道のりは遠そうです。

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角地は一等地なのに

我が家の近くの、交差点にあった某コンビニエンスストアが、去る8月初めに閉店しました。コンビニエンスストアの閉店はめずらしくないのですが、考えることが多いです。

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夏は改札?

夏は改札

夏は改札

これはどこの改札でしょうか

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ライブ2日目御礼

8月3日は、路面公共交通研究会と日本交通計画協会の主催する会での講演を行いました。都市センターホテルで、なんと200人以上を前に、「公共交通だけではまちは再生しない」というお話をしました。

広島電鉄の中尾社長はじめご参加のみなさま、本当にありがとうございました。高岡市、福山市のみなさま、失礼をお許しいただければ幸いです。発表でも申し上げましたが、お手伝いできることは何でもしますので、遠慮なく仰って下さい。

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県庁本庁舎で県の委員会

県庁本庁舎2

県庁本庁舎2

大好きな会議場です。使用停止のエレベータを見つけました。

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これぞ再開発?

これぞ再開発?

これぞ再開発?

神谷町からスウェーデン大使館とスペイン大使館の間を抜けて泉ガーデンの再開発地区を抜けると南北線の六本木一丁目駅まであっという間でした。再開発以前は考えられなかった動線です。運研からIBSまで乗り換えずに行けました。

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お昼はドトール そして都市計画マスタープラン

お昼はドトール

お昼はスターバックスよりドトールが好きです。

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面白いかも

Dcf_0014_1 中心市街地の衰退や都市の更新を気にしているときに、この本はきっと頭を柔らかくしてくれそうです。

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時間の流れ方

新羽の釣り堀に行きました(数々の宿題をほおっておいて何遊んでいるんだという声が全国からしそうですが、つかの間の休息はとらせていただいております)。

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再開発事例に触れて

再開発

再開発

どこでしょう?

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都市を議論するには

広域都市機能云々委員会が本日終了しました。エコノミストvsプランナーというおもしろい構成でした。毎回遅刻の僕は、その図式に入り込むことなくいたのですが、それでもためになりました。その場で先生方の議論をきいて考えたことから。

大規模店の立地は、ルールをきめた中での競争という図式で理解するとして、競争がルールをかえるのか、そもそもルールとは、都市計画でいうところのなんなのか、さあどうでしょう?

前者は、じゃんけんをして、パーを出し、相手がチョキというのをみてから、「最近は鋏で切れない紙もあるんだぞ」といって強引に自分の勝ちにするのとは、ちょっと違うとしても、出店申請の度に用途地域を見直すのではまずいのは自明です。

で後半ですが、都市マスタープランや都市のビジョンは、ルールとなるのだろうかというところです。僕の理解は、ルールではないけど、ルールをつくるためのバイブルのようなところにそれらがあるというあたりでしょう。ルールは逐次見直すこともあろうけど、バイブルからはずれるルールはあり得ないと思います。で、バイブルも時代の変化とともに見直されていくのだと思います。

ただし、これは言いづらいことですが、経済の動きが、すべて正しいとは思えなくて、前も書いたけど、経済の考え方は、ひとつの規範だろうけれど、必ずしも人間社会のすべてではなくて、経済活動に振り回されているだけで世の中をみていてはいけないように思っています。経済系の新聞や雑誌で得ることは多いけれど、世の中がすべてそれで回っていると思うと、なんだかしっぺ返しをくらいそうです。時代の動きを経済的な側面だけで語ってはいけないと思います。

都市を経済の人たちと議論するのはおもしろいけど、きっとどこまでも分かり合えないかもしれないと、ちょっと思ってしまいました。

もしかして、僕は、観光の人とも馴染まず、経済の人とも馴染まず、相当に偏屈なのかなとも思ってしまいます。

建築の人とはどうでしょう。僕と建築の関係はちょっと微妙です。

僕は東京大学工学部都市工学科の出身です。もともと東大の土木と建築からそれぞれ分家してできた学科ですので、自分の受けてきた教育のスタンスは、多少バランスの悪いところがあるにせよ、土木と建築の間になっています。日本都市計画学会という学術組織も土木と建築と造園の間に位置することになっています。

で、都市交通を専門に生きていくとなると、歴史的経緯から土木に属することになります。土木のみなさんに、土木でがんばってほしいと思いながら教育していますが、僕の心が土木にあるかというとそうも断言できません。もちろん建築にもありません。土木の人が嫌いとかそういうことではありませんし、土木の教育を率先してやっているつもりですし、それは楽しいし、意義のあることと確信しています。

でも、土木だけで都市がつくれるわけではありませんし、都市交通も土木だけでできることではありませんし、より幅広くわかっていなくてはならないので、視野はいつも広げています。もちろん、建築だけで都市がつくれるわけはない(そう思っている人をみると無性に苛立ちます)。

あちらこちらに書いていますけれど、もし都市のことが好きなら、それも多面的にものをみたいのなら、横国では土木も結構悪くありません。住むというところからものを考えたいのであれば、建築のほうがおもしろいかもしれません。

より重要なことは、それぞれ関連領域にはおもしろいことがたくさん詰まっています。前の記事の「選択」の話になりますが、最後は直観かもしれませんね。そして、そこでおもしろさを見出してくれれば嬉しい限りです。おもしろさをたくさんみせてあげることができれば、教師(教授?)冥利につきます。

僕から「おもしろいこと」を引き出させるのは、きっと受講されている学生のみなさんの熱意だと思います。僕はみなさんの熱意を引き出すべくがんばりますし、きっとそのフィードバックループもあると思います。

話はあちこちとびましたが、建築か土木かで悩んでいる方々、そして踏ん切りがつかないかたがたへ。ちょっとは参考になりましたでしょうか?

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観光はむずかしい

筑波大学の岡本直久先生は、僕の3つ年下になりますけど、わが業界では大変貴重な存在として、知られています。ご専門は観光交通です。彼が、観光を専門にしていると、調査で観光地に行けるのでいいですよ、と言っていたのをよく覚えています。専門分野をかえることができるのであれば、観光交通というのもいい選択かな、などと思いました。

でも、僕はやっぱり、観光というのは苦手のようです。今日の奈良市の委員会であらためて実感しました。観光をご専門とされる実務の方々が、実にさまざまな興味深い視点から、いろいろな提案を発言されていました。ただ、奈良というまちを愛しているからこそ、という発想を、どこからも味わうことができませんでした。多くの人が、長く滞在してくれればお金がおちてくるというか懐が潤うというか、そういう意識が見え隠れしていました。間違ってはいないし、きっとそうなっていくのだろうけれど、なんか、ちょっと違うかな、と思ってしまうのは、僕が、この分野では、まだまだ青いからなのかもしれません。

都市計画も交通もすべてそうだと思うのですが、前にも書きましたけど、その根っこは、間違いなく愛です。愛があるからこそがんばれるし、提案もできるし、というところです。遅刻しかつ早退するし、前回は欠席しているし、で偉そうなことをいえる雰囲気ではなかったので黙っていましたが、自分が愛してもいないまちを人に薦めるというのは、やっぱり違うと思わざるを得ません。

僕にとっての奈良は、いとこたちや祖母のいる奈良ということもあり、大好きな奈良です。そこここに歴史的におもしろいものがあるし、全体は低密度でゆったりしているし、京都のようになる必要もない、堂々とした古都でいられるところだと思います。低密度ゆえに、自動車とどう付き合っていくかが勝負なのだろうと思います。

いずれにせよ、僕にはちょっと荷が重過ぎる仕事を引き受けてしまったなという実感でした。

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やっぱり土木かな

神奈川県の新しい都市づくりの会議は、小林重敬先生が委員長で、首都大学の中林先生、慶応SFCの大江先生、横国の環境情報の三井先生といった大御所の先生方のお話をお伺いできるので、なるべく予定に都合をつけて参加しています。

都市の計画でついつい後まわしになることがいくつかあります。僕のやっている都市交通もそうです。今回の資料では、道路や鉄道をどうまちづくりにつなげていくのか、わかっているようで、よくわからなくて、どうも、そういう検討は、基本的な土地利用が決まってからのようです。それではいけない、とか、鉄道駅まわりにコンパクトに市街地を形成する、とか、幹線道路沿いのいわゆるロードサイドビジネスはよくない、とかいいながら、その肝心の鉄道や道路を、そういうこと言っているひとたちは、どう意識しているんだろうと不安になります。

道路も鉄道もそう何でも都合よくはいきません。根底の根底に、道路や鉄道は後回し、という発想が見え隠れしていて、そういう根本のところの、なんというのか、発想の基本となる哲学的なところというか、そういう部分が旧態依然としているのかな、と思いました。

委員会に出席している大学の先生たちの中で、僕がいちばん土木寄りという状況ですし、交通わかっているのはきっと僕だけだし(もちろん小林先生はいつも交通にとても好意的です。知っている限り、都市工学出身の都市基本計画をやっていらっしゃる先生の中ではもっとも好意的です)、がんばりどころです。

で、他にも後回しになりがちなのが、農業であったり、防災であったりします。委員会の中で、小林先生が、河川の土砂の話をしはじめたのは、かなり新鮮な驚きでした。河川を環境的な視点でのコリドーの背骨と考えるのであれば、その河川のことをきちんとわかっていなくてはいけないし、河川が運ぶ土砂のことは、その両岸、そして海岸侵食まで含めて、きちんと配慮するべき、というご発言でした。わが土木にいると、河川が運ぶ土砂の研究と、都市計画なんて、つながりようがないくらい離れていると思う学生さんも多いかと思いますが、そうではないということですね。

これからの地域を支えていく議論でも、土木の視点は重要なんですね。都市計画を幅広く勉強したいんなら、ぜひ土木のほうがいいと、実感しました(建築は建築だし、都市工学そのものはかなり建築寄りにみえますので、、、、)。

さらに、僕らのやっている計画は、土木工学のあらゆるところに関連し、建築とも連携し、経済とも、福祉とも環境とも連携するということを、あらためて認識しました。専門の仕事をしているときにこそ、専門馬鹿になってはいけないという、それはそれで結構高度な頭脳労働の分野でもあります。でも、そういうのはとても楽しいことだと思います。

しかし、それにしても、発言の順番がなかなかこない委員会でした。時間が足りないということではありますが、コンパクトに話をしない委員の先生が若干多い(でもそれは仕方ないし、人のことをあまり言えないかもしれない)のと、事務局の回答がまどろっこしい(これはぜひ改善していただきたい)のと、資料説明も、必要以上にご丁寧なのが、時間の有効利用を妨げていると実感しました。僕もそういうことを他の人にいわれないように努力しようと自戒しました(意見はいつも手短にしているつもりですが)。

前にも書いたかもしれませんが、県庁の本庁舎の大会議室は趣き満点で、最高です。将来、偉くなって、委員長なったら、ここで会議したいなと思いました。開港記念会館よりも実は好きです

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郊外大型店

郊外大型店

写真の交差点は佐世保の郊外ですが、大型店への来客のために、交差点改良がなされ、右折車線がつくられたようです。開発インパクトを評価し、誰のどういう負担で、どう対応するのか、選択肢が増えて来たようです。ちなみに佐世保の中心市街地は、この郊外大型店に全く動じることなく活気でいっぱいでした。

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ジェイコブス氏の死去

僕の講義をとったかたは、1年生を含め、聞き覚えがあるでしょうけれど、ジェイコブスの4大原則のあのジェイコブスさんが、先週の4月25日、カナダのトロント市内の病院にて享年89歳でお亡くなりになりました。別に関係者ではございませんが、尊敬する研究者の死に際し、心よりお悔やみ申し上げます。

彼女の業績について、アメリカ人の目での紹介が、ワシントンポストに載っていました。紹介はできませんので、早めに、下記よりダウンロードされることをお勧めします。http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/25/AR2006042501026.html

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週末は自転車で山田神社

昨年の冬に、新しいギアつき自転車を手に入れた息子は(ギアを上手に使えないけど)、自転車ドライブが大好きです。学校から、子供の一人遊びの自粛が求められているし、病床の家内は自転車には乗れませんので、僕とのツーリングをいつも待ち望んでいます。いつも息子の知らない道をたくさん走るので、息子は毎回、新発見の連続のようで、本当に嬉しそうです。3月は週末も仕事のときが多く、たまの休みは雨、というのが続いていたせいもあって、息子殿は、ここのところフラストレーションいっぱいでした。

で、まずは土曜日。プールの練習の後、本当は疲れきっているはずなのに、どこか行こうと引っ張り出されました。港北ニュータウンは、歩道、緑道がきちんと整備されているので、散歩コースには事欠きません。自宅をでて、横浜国際プールの脇を抜け、東山田小学校を抜けて、山田神社までのコースです。神社でお参りをしてから、サレジオ学院、南山田小学校、みずほ幼稚園と抜けて、北山田小学校を経由しての帰宅です。1時間で、いい汗を書きました。

写真は山田神社です。付近でいちばん高い山の頂上にあって、静かでちょっといいところです。 P0604152すぐ脇のたけとんぼ公園からは、第三京浜の高架橋や新川崎の町並みまでみえ、回れ右をすれば、我が家や、センター北の阪急の観覧車もみえます。ママの回復を二人で祈りました(30円)。

さて、これで息子は満足かと思った日曜日。昼ごはんのあと、またもせがまれました。雨も止んだし、ちょうど、一部リフォームを考えていたので、中川駅までいくことにしました。北山田小学校から牛久保小学校を抜け、せせらぎ沿いに(こどもたちは、水が澱んでちょっとネバネバした感じがするので、なっとう公園と呼んでいる→ニュータウンのグリーンマトリックスを企画した人がきいたら泣くかもしれない命名)、武蔵工大を右にみながら、緑道をすすみました。

中川のハウスクエアで、息子の大好きな住宅展示場のモデルルームを何軒か冷やかして(セキスイハイムのが今回いちばん素敵でした。担当のお姉さま、買う気もない私たちに本当によくしていただき、ありがとうございました)、リフォーム店舗もみて、それから、往路と異なり、補助幹線道路および幹線道路沿いの歩道をとおって、ヨークマートに寄って(夕飯用の豚肉と翌日用のお惣菜を買っている僕の脇をすり抜けて、息子はチャーハンの試食コーナーで一人でおいしそうに食べていた。いいなあ)、帰宅しました。午後5時からのテレビをみるために(息子の目当ては、パロロという雌のおもしろい鳥の人形。僕は菊地美香(元デカレンジャーのデカピンク)ちゃん)、全速力で帰宅しました。

ゼミではお話ししたと思いますが、往路の緑道と復路の幹線道路沿いの歩道とはどちらが快適だったか?緑が多く、自動車の道路と立体交差し、幅員も十分な往路は、勾配が多く、全部を自転車で行くのは、実はかなり辛いときがあります。今回も、最後に、中川駅駅前に行くところで、階段40段分くらいのスロープがあって、これがかわいそうでした。復路は、どういうわけか、ほとんど勾配がありません。僕に似て運動音痴で筋肉不足の息子の脚力でも、一度も自転車を押すことなく、帰宅できました。息子にしてみれば復路が快適なようです。

緑を楽しむのには勾配はあって当然ですが、自転車や歩行者の動線設計では、むしろ勾配は?です。緑道として、造園の視点から整備するか、移動アクセスの通路として土木の視点から整備するか、法律は明確に分かれていますが、実際の街中での使われ方が、法律と一対一対応しているわけではありません。このあたりが難しいと思います。そして、仮に、緑道の勾配を減らすと、立体交差の関係で、自動車の動線の勾配が増します。これでいいとは思っていますが、同じ台キロで勾配が多いと、燃費が悪化し、地球環境に?の部分もあったりします。どうしたもんでしょう。

いずれにせよ、僕にはいい運動なので、これからも息子とツーリングを楽しもうと思っています。息子は、今度は、あざみ野駅まで、と言っていますが、これは遠いから、もう少しあとでね。来週は、仲町台までいって、帰りにママにノリコ(有名なおいしい洋菓子屋さん)のケーキを買うということになると思います。

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エイプリルフール(追記)そして季節感

4月1日はエイプリルフールでした。僕のまわりでは何もなく、存在さえ忘れられているような気配でした。誰も傷つけることなく、しかも笑いをとれる嘘のつき方を競ったりしていたのは、まだ若かった頃のことでした。ハローウィンも、お店ではいろいろ売っているけど、実感ないし、バレンタインデーだって、もうほとんど無縁だし、クリスマスも子供の行事ということ以外何もないし、この種の行事に関しては、僕のまわりでは、季節感が薄らいでます。とはいえ、家や職場のまわりの木々や花々、その他、季節を感じることはめいっぱいありますから、僕自身が、季節を感じない毎日を過ごしているわけではありません。

追記(というかボタンを押し間違って途中でアップされた)

さて、街を歩いて季節を感じることができるでしょうか?社会的なもの、人工的なもの、そして自然(なんだか、環境情報研究院の3つの部門名みたいですが)、この3つがうまく組み合わさっている、そういう街づくりができているかどうか。交通というと、時間が短く、費用は安く、システム全体としては、いくつかの指標の下で最適になっていて、ということに固執しているとまちづくりへの貢献は不十分かもしれません。季節の変化を楽しめる交通空間、これは、花壇があれば、などという単純解ではありません。バスは窓が大きく、ゆっくりがいいのかもしれません。花壇は、維持管理の仕組みまで含んでデザインされる必要があるようです。イベントスペースも、その運営方法込みで企画するべきでしょう。子供たちが大勢安心して笑顔で行き交える街は、安全と動線のデザインに細心の配慮が必要となります。3年生の演習は、あざみ野のまちを、たまプラーザとは違う魅力の街にできるかどうかを、3年生とM1生で考えてもらいます。一緒にがんばりましょう。

ブログ作成風景です(@新横浜の国際ホテル近くのスターバックス)

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23年前と比べて

表参道ヒルズと墨田区京島地区のまちあるき見学会を実施しました。全員男子という会は、実ははじめてでして、しかもヒアリング等が全くない見学会も久しぶりでした。

同潤会アパートの再現部分は、贅沢とも思えるこだわりで、考えた人や都市計画の歴史を知っている人には、ある種感無量ですが、そうでない人にどれだけのメッセージが伝わるのか、悩ましいところです。

今回のメインは、もう1箇所あって、墨田区京島地区です。僕が学部3年生の前学期(夏学期)の月曜午後の地区体験という科目の中で、現地を歩いて、衝撃的だった場所に22年と10ヶ月ぶりに訪れました。昨年の浦安市の旧市街の雰囲気を何倍もグレードアップさせたもので、こういう市街地の防災をどう考えるのか、建築サイドと土木サイドでどういう役割分担と協調があるのか、僕自身には解はまだありませんが、重要な課題ということを再認識しました。でも、昔より空地(駐車場)は増え、新しい建物を増えていて、それがいい意味でのまちとしてのまとまりをなくすようになっていて、さらに問題が難しくなっていることを実感しました。

疲れたんで、佃島はやめて、早い時間から新橋で打ち上げをしました。1年生や他大学から交通研究室に来る新M1学生とたくさんお話ができて、気分よく過ごせました。次は龍ケ崎です。近日中に予習課題を出しますので、参加予定のみなさん、心してください。それから、30日は打ち上げだけの参加もOKですので、特に1年生と2年生はぜひご参加ください。(案外と本ブログを読んでいらっしゃる)先生方も打ち上げ参加、いかがですか?19時30分に横浜駅西口です。

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ルーツはイギリス?

港北ニュータウン内の民間分譲マンションに居住している僕は、そもそも日本の公的ニュータウンプロジェクトに多大なる興味があることもあって、自ら、日々、計画の事後評価をしています。

先日、夜にバスに乗(ってエレナ助手の送別会2次会に参加す)る機会があって、我が家の近傍のバス停でバスを待っていました。そのとき、なぜか、イギリスのどこか地方都市でバスを待っているときのことを思い出しました。オレンジ色の街灯、それなりの交通量の補助幹線、夜だから色合いはわからないけれど、それなりの緑の量と質、それらが、直感的に、僕のイギリスでの数少ない体験を想起させてくれました。

やっぱり日本のニュータウンのルーツはイギリスなんだなと、変に実感してしまいました。これが成功か失敗かとか、そんなレベルではなく、プランナーは忠実にそれを再現できたという意味での評価です。

都市づくりを志す人たちへ。まちを歩くということが、やっぱり基本です。とにかくたくさん歩いて、自分の五感を育てましょう。僕もまだまだがんばります。こういっちゃあれですが、民間企業の都市開発の質のよしあしも、意思決定する人たちの、この「五感」で決まるんだと思っています。そういうセンスのある企業で、教え子さんたちにもがんばってもらいたいものです(そういうセンスも実績もない企業には絶対にいってほしくないという意味です。コンサルもね)。

明日は、表参道と京島(ちょっと遠いなあ)。しっかり歩きましょう。

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都市計画セミナーに参加して

 日本都市計画学会の会員になって20年以上たっているのですが、都市計画セミナーにはじめて参加しました。それもパネリストとして壇上に立ちました。

 僕の尊敬する蓑原先生からのご指名ですので、粗相があってはいけないと、いつもより相当に緊張していました。パネリストの方々は全員、蓑原先生のご指名ということで、それはそれはすごい方が勢ぞろいでした。パネリストなので、本当は議論に積極的に参加しなくてはいけなかったのかもしれませんが、聞いていて楽しかったので、自分の番が来るとき以外は発言しませんでした。藻谷さんも宗田先生も、僕以上によくお話しになる方で、そもそも発言の機会というか割り込む隙がなかったし、話題も交通でないところに集中していたのでまあいいかと思いました。

 正直に申し上げれば、中心市街地の議論で交通は大事で、それは道路つくればいいだけではない、というところはみなさん理解してくださるのですが、その議論と他の議論がつながらないまま終わってしまったようです。蓑原先生は土木、建築といっている場合ではないとおっしゃいましたし、僕もそうだと思います。しかし、今日もまた、交通というのはちょっと別の議論になってしまうんだなと思いました。ただ、先にも申しましたように、議論のフレームとしてつながりにくかったので、仕方ない面もあります。ここをどうブレイクスルーするのかが、僕に課せられた仕事なんだろうし、蓑原先生はそこにも期待されていたのかもしれません。その意味では、今日のセミナーでは、いろいろとお褒めにあずかりましたけれども、蓑原先生のご期待にはあまり添えなかったのではないかと反省しています。

 とはいえ、僕は宗田先生のお話も、藻谷さんのお話も、飯田市の粂原さんのお話もとっても勉強になり、いずれ飯田市へ行く見学会も企画することを心に決めました。日本の都市計画の背景条件が大きくかわってきているので、法の枠組みがかわっていないことが、マクロな点でも、前の記事にもあるようなミクロの点でもけっこう問題の本質に近いところであることもよく勉強できました。参加されたみなさまはどういう印象をもたれましたか?

 で、このセミナーの内容が、例えば日本都市計画学会のホームページ上で入手できたりすると(議事概要だけとか)、とても有意義だとも思いました。僕がここで、全部書いてもいいのですが、版権その他あるでしょうから、このくらいにしておきます。

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テレビに出演します。が、

 1月20日朝、日本テレビのニュースプラス1のロケに同行しました。27日の金曜日に放映されるとのことです。某所でのスーパー銭湯建設に際して、周辺道路への影響を、アナウンサーの方と現地をみながらコメントするというものです。住宅地の真ん中に建設されるとのことで、地元とはいろいろあるようで、現地には、反対の看板が相当数ありました。もちろん、法律的には問題がないことなので、僕としてもなかなかコメントの難しい事例ではありますが、現地をまわって、下記のようなことを申し上げました。

 当日の放映では、きっと、日本テレビが、かなりコンパクトに仕上げると思いますが、その中で、僕の発言が歪められてしまう危険性も当然あるので、このブログにどれだけのパワーがあるかはよくわかりませんが、僕の感じたことをここにまとめておきます。このメモと同じ趣旨が視聴者の方々に伝わっていれば、日本テレビのスタッフは相当に大した方々と思うし、そうでなければ、それはそれで大した方々だということにしておきます。

 専門的にいうなら、補助幹線道路クラスの道路で囲まれた地区の真ん中のところの空地に件のスーパー銭湯が建設されます。来訪者は自動車でのアクセスが期待され、駐車場も相応のスペースが用意されるようです。地区内のアクセスに用いられる道路ですが、普通に考えれば決して狭隘な道路ではありません。カーブがあり勾配もあるので見通しの悪いところもありますが、劣悪な環境ということもありません。通学路に指定されているところもありますが、幅員として大幅に不足しているということもありません。ただ、相当数の自動車があちらこちらからその銭湯をめざしてやってくるとなると、危険性の増す部分はいくつかあります。通学路に子供たちがたくさんいる時間帯や、保育園の送り迎えの時間帯に銭湯利用者の自動車需要が集中するとは考えにくいのですが、安全性は若干低下します。

 交通計画からすれば、静穏な環境が保たれるべき住宅地ですので、不用意にあちらこちらの経路から、地区に慣れていないドライバーが進入してくることは望ましくなく、看板や交通整理員による経路誘導により、通学路や見通しの悪い道路の走行を避ける方向での工夫はあってもいいとおもうし、公共交通での来訪の促進(たとえば急行停車駅との間に送迎バスを出す)とかパーク&ライド(インターチェンジ近くの駐車場から銭湯まで送迎バスがある)といったことも含めて、多様な対応策を検討することが望ましいと思いました。一方で、抜け道になりそうな道路について、交通規制の工夫やハンプあるいは狭さくの導入により、抜け道になりにくくするような工夫もあわせてできればよく、地区としての交通問題で議論が活発なようであれば、行政がうまくコーディネートして、解決の道筋を見つけていくことが望まれると思いました。もちろん対応自体は、開発者が主導的に行うべきでしょう。

 さあ、放映時はどうなっていくでしょうか。ぜひみなさんで確認してみてください。僕の上記の気持ちがうまく現れているようであれば、このクルーの人たちとは今後もお付き合いをしてもいいかなと思うし、逆にかなり恣意的に僕の言葉が曲げられていたとすれば、当面、この種の取材は辞退することにしましょう。

しかし、余談ですが、そもそも銭湯とスーパー銭湯はかなり役割が異なるのに、建築基準法では区別されていないこともなかなかおもしろいと思いました。ビジネスが多様化している中で、都市計画関連の法体系はなかなか追いついていないなと思いました。この思いが、実は午後につながっていきます(次の記事参照)。

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大型スーパーにて&年末挨拶

 我が家の近くのIY堂という大型スーパーにて思ったことをふたつ書きます。家内が入院中で父子家庭状態の我が家では、私が主婦業と母業も兼務しており、買物トリップの頻度が非常に増加し、その中身も多様化しています。もともと、普通の男性社会人よりも買物トリップ頻度は多かったのですが、ここのところ増しています。行き先もコンビニよりはスーパーの類が多くなってきています。

 そういう状況が実現できた背景には、閉店時刻延長の効果があります。たまプラーザのIY堂については、23時まで、あざみ野のTストアについては、24時間営業しているので、それはそれは重宝しています。実際に20時、21時、22時に買物に行くと、それはそれは多様なタイプの人たちが、多様な買物をしています。例えば、平日の夕方早い時間だと、夕食をなんとかしようという奥様たちが集中していて、その買物内容ももちろん詳細は異なりますが、食材をひとやま、という点ではほぼ共通しています。しかし、いわゆる夜間のスーパーは、その客数の密度からいえば小さいですが、とにかく多様です。

 で、先日のとある勉強会での議論で、施設へのアクセシビリティの議論をしている際に、目的別の行動という議論がありました。自分が特殊な状況下になってはじめて実感したのですが、買物行動の中身は間違いなく多様化しています。目的地となる商業施設の中身(品目や時間)が多様化している一方で、我々の生活スタイルも多様化しているのだから当然でしょう。

 来るべき超高齢化社会を迎えるにあたり、僕は、大都市圏の郊外市街地はどうなっていくのかをここのところ気にしています。地方都市については、多方面から関心が高く、一方で、東京都心も関心の高いエリアです。その間というわけではないですが、大都市郊外の次の100年の計画論とは何なのだろうか、ということが抜けているような気がしてなりません。小林重敬先生のおっしゃる市街地の縮減という考え方にあてはまる空間もあれば、シャッター街のようなところもあれば、元気いっぱいのところもあれば、空家が続出している分譲住宅地もあれば、駅前にマンションの林立している駅もあれば、とこれまた多様ですが、少なくともハワードの田園都市の延長線での思考だけではまずいのではないかと思っています。一方で、欧米は、どうも日本とは時間の早さがいろいろな意味で異なるようで、なかなか参考になる先進的な実践例にあたりません。で、この郊外を考えるにあたり、アクセシビリティという発想は重要で、さらに買物行動および商活動への意識が重要ではないかと思います。思えば、近隣住区論での商業施設の配置を実践したわが国のいくつかのニュータウンでの実態もしかり、都市計画の中で、商業をどう考えるかは、そう簡単にはいかないようです。このテーマはしばらく考えてみようと思います。

 もうひとつの話題は、がらりとかわってリスクマネジメントです。高校生の頃、僕は、当時の横浜市戸塚区、今の栄区の上郷町に住んでいましたが、確か高校3年の夏に住宅地の真ん中にIY堂が新規開店しました。そのことに関連する雑誌記事で、開店当日の準備の話が書いてあって、どのような天候になっても対応ができるマニュアルが準備され、店員さんは練習もしていたというのがあります。そしてそこには、大雪の場合も含まれていたとのことでした。7月に大雪ということはありえないですが、準備をしておくことの意味は大きいと、当時思いました。

 そのIY堂のたまプラーザ店でのことです。衣類を購入し(そのとき値札をきちんと確認しなかった僕が悪い)、レジで支払いをし(いただいたレシートをその場でチェックしなかった僕が悪い)、自宅に帰ってから、値札についていたほぼ半額の値下げ分が、レシートに反映されていないことに気づきました。括弧書きしたように、確認不十分の僕に責任の一端はありますが、1490円の損失は決して小さくないので、すぐにお店に電話しました。レシート番号を告げると、数分で確認してくれて、お店の側のミス(商品管理データ処理上のミス)ということになりました。で、話はここからなんですが、その謝罪のお電話の丁寧なことにびっくりしました。年末ということもあって、次にお店にいついけるか、本当にわからなかったので、そう伝えると、僕の都合のよいときに僕の家まで来て、お詫びと返金をしたい、とおっしゃいました。僕は、決して語気を荒げることもなく、終始穏やかに電話していましたが、それでも、最大限の対応をする意思を示してくれました。それではあまりに申し訳ないので、いけるときにお店に伺うから、待っていて欲しい旨を告げると、いつでもいいので、というお返事でした。

 最新の在庫管理システムは多くの店舗で導入されていますが、割引や値下げについては、おそらく手作業での入力をするので、ミスが発生する確率が高まることは容易に想像できます。ミスをしないように最大限努力することが、マネジメントのひとつでしょうが、ミスをしたらどうするかが的確にできている点が、リスクのマネジメントの面なのでしょう。きちんと教育されている従業員がある程度の数いれば、こうなっていくのだろうと思いました。

 で、状況は異なりますが、我々の交通計画では、なるべく精度高く需要を予測することが求められますが、もしずれてしまったときにどうするか、責任をどうとるのか、という点も重要だということになります。短期の計画ではなおさらだと思います。先日書いたコミュニティバスの件は本当にそうだろうと思います。いざ試行的に運行を開始してから、想定したような乗車状況でない場合にどうするか、この部分を、計画のプロセスの中で、どのくらい真剣に詳細に考えるか、少なくとも僕は、この点については、まだまだ努力不足かもしれません。IY堂の対応をそのまま学ぶということではないにせよ、考え方にはいくつかのヒントがあるのかもしれません。新年度から本学の大学院ではリスクマネジメントの部分が強化され、僕もそちらの学生さん向けの講義をすることになっています。これからしっかり勉強していこうと思います。

 さて、今年一年、本当にお世話になりました。1日あたりのアクセス数は最大で80ほどと、真鍋かをり様の2000分の1程度ではありますが、しかも同じ人が一日に何度かアクセスされているようですが、それでも多く方に読んでいただいているようで、感謝の限りです。高校生、大学生、そして研究室のOGやOBのみなさんはじめ、読者のみなさまに深く感謝いたします。

 喪中なので、よいお年をとか、あけましておめでとうとか言えませんが、読者のみなさま、来年もどうぞよろしくお願いします。

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クリスマスがやってくる

 このコラムはコメントを書きにくいといわれ、自分でもそう思います。読者の方からの直接のコメントはそれほど実は期待しておりません。ブログ開設当初はいろいろと考えていたのですが、僕の中では、形状がかわっただけで、この欄は、あくまでミニミニエッセー集ですから、もちろんコメントはウェルカムですが、コメントがないことを気にするのはやめました。そもそも懇意にしていただいている方は、きっと直接言っていただけるし、ここで何か議論を戦わそうとも思っていません。

 さて、息子のピアノ教室で、クリスマス会がありました。といっても、夏の発表会とほとんど同じ形式で、十数人の子供たち(小1から大2)のソロ演奏と、家族等との連弾の2部構成です。今回は、赤鼻のトナカイを連弾しました。事前に先生からいただいた楽譜には、ご自由にアレンジして弾いてよいとあったので、額面どおりに読み取って、楽譜とは異なるメロディで弾きました。でもよく考えれば、楽譜どおりに弾こうと躍起になってがたがたになるよりは、楽しく弾いてくれという意味で、もう少し考えれば、楽譜どおりに無理に弾かなくてもいいという意味で、さらにいえば、楽譜どおりには弾けないでしょうと能力を見限られているのかな、とも思ったりしますが、物事をいいように解釈する主義なので、気にしていません。でも、エンディングに先生が同じ曲を弾かれるのを聞いて、あーあーあ、と思いました。

 で、そんなことはどうでもよくて、今回は、その会場についてです。あざみ野駅から徒歩5分の、市の新しい施設「アートフォーラムあざみ野」のレクチャールームでの会でした。この施設についての感想を書きます。まず、非常に贅沢に建築されていると思いました。建材もいいものをつかっているし、空間もゆったりしているし、各種機器は新しいし(ウォッシュレットはなかったけど)、文句ありません。でももう少し質素でもいいかなとも思いました。で、僕の専門との関連での感想を2つ。1つは駐車場予約システムです。事前に予約しないと駐車できなくて、予約がない場合は、あいていれば駐車できるというものです。これはなかなか優れもので、警備員を介してのシステムなので人件費はかかりますが、安心して施設にいけるところがよかったです。自動化できれば完璧なんですけれど、この秋にオープンした施設としては、ちょっと古臭いシステムかもしれません。そしてもうひとつ。横断歩道がないこと。お昼休みに道路をはさんで向かい側の回転寿司やさんに家族3人で行ったのですが、道路の横断は、大袈裟にいえば命がけでした。

 道路と沿道の関係というのは、素人でもわかりそうなものですが、実に奥が深くて、幹線的な道路は交通量が多くて走行速度が高い一方で、わが国では幹線的な道路の沿道で人の集まる施設が作られやすい。そういう道路では、めったやたらに横断歩道をつくれないので、いろいろと問題が起こる、といったようなことです。たまたま明後日の水曜に区役所の人と会うので、一市民としてかつ専門家として、ちょっと意見してみることにします。広域的な施設であっても、徒歩での動線については、それなりのスケールの図面できちんと考えることが必要と思いました。

 それにしても、親バカかもしれませんが、息子は間違いなくピアノが上達しているのに、こちらは、なんちゃってジャズピアノの域を超えられません。好きな曲の弾き語りについては、上達している(と自分では思っている)のですが、どうしたものか。

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宮崎での計画学秋大会

 長崎から戻った翌日は、午前の講義、午後のゼミを経て、夕方の飛行機で宮崎に向かいました。わけあって息子同伴の二人旅でしたが、はじめて空弁を体験しました。息子は好物の鳥から揚げを完食し、おまけで買った崎陽軒のシュウマイ(真空パックでないものを、羽田空港の出発ロビーで購入するのはきわめて困難でした)も6分の5をたいらげ、ご満悦でした(給食もその勢いでいつも食べてくれていれば)。

 宮崎では土木学会の土木計画学小委員会が主催している土木計画学研究発表会の秋大会に出席するため宮崎大学に行きました。今回は、研究室は総勢で18名という大所帯でした。大蔵・中村研の活動当初は、学部生の卒論を修士1年のときに全国大会で、修士1年次の成果を修士2年のときに計画学の秋大会で、と決めていました。完成した修士論文は、さらに別の機会にということも考えていました。現在助手をしている矢部君が学生の頃がいちばん、この方式が機能していました。

 関係の方がお読みになると叱られるとは思いますが、事実なので述べますと、全国大会に比べ、計画学の秋大会のほうが、議論を十分にしていただけるので、ある時から、卒論も秋大会で発表する方針に転換しました。今回でいえば、修士1年7人のうち外部の2人と、すでに交通工学研究発表会で発表した1人と、同発表会に応募したけど当選しなかった1人を除く3人が、修士2年の2人とともに宮崎で発表しました。学生さんは、みなさん一生懸命発表し、さまざまな質疑もなんとか乗り越えていたようです(僕は諸事情で、全員の発表を確認したわけではないので、聞き伝えの部分もありますが)。

 で、僕もいくつかのセッションに出て、思ったことをいくつか書いておきます。愛媛大学の朝倉先生がときどきおっしゃるのを耳にしますが、よい質問がなされて会場が盛り上がる可能性は、やっぱり高くて、そういう場に居合わせると勉強になるなと実感します。その意味では、コメンテーターは、質問を厳選し、時間を最小限にするべきでしょう。僕も、話し出すと長いほうなのですが、これだけは今回がんばってみました。しかし、そうでもないコメンテーターも何名かいらっしゃったようで、非常に残念でした。コメンテーターがでしゃばりすぎるのは、やはりよくないとこの数年来思っていますが、今回もそう思いました。その一方で、司会の先生が、適宜タイミングを見計らって議論の方向を誘導しているセッションがあり、これは、非常に盛り上がりました。「若手のつもりの」僕などはまだまだ司会の大役などできませんが、司会の先生は、少なくとも僕がみたほぼすべてのセッションにおいて、議論を盛り上げる工夫をされており、感銘を受けました。

 最後に参加したセッションは、司会の先生もコメンテーターの先生も、フロアで議論された質問内容もすべてよかったのですが、僕は、何かいまひとつ物足りなく感じてしまいました。都市の計画において今議論すべきことが何なのかということを考えてしまって、複雑な気分になりました。3つの研究はそれぞれ学術的に高い価値があるというのは、論文査読や編集に多々かかわってきた身からするとよくわかるのですが、うまくいえませんが、もしかして僕の勉強不足なだけかもしれませんが、少なくともすすんで質問しようという気持ちにはなれませんでした。このことはしばらく考えてみようと思います。関連の方、お読みになっていたらごめんなさい。そもそも僕は都市構造という日本語が苦手なのかもしれません。

 息子は大学の農学部農場にすっかりお世話になり、芋ほりや蜜柑狩りを堪能したようです。何人もの先生にご心配をいただきましたが、僕の段取りが悪いだけのことで、なんとかなっていますことをこの場でご報告するとともに、御礼かつお詫び申し上げます。

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穢れなき思いと譲れない誇りと

 自分自身をまだまだ半人前と思う瞬間は多々あります。よく遭遇する仕事のパターンとして、この場所あるいは地区にどのような交通機関をどのように導入すればいいかというのを探るというのがあります。いくつかの案があってそれを比較するというかたちの整理をします。なんだか小学生でもできそうな問題なのですが、これが実に面倒臭いというかおもしろいことになります。

まず前提条件は何か、つまりどうやってそのいくつかの案が搾り出されたのか、この部分の論理が曖昧だと、後でとんでもないことになります。

先日出席させていただいたある勉強会を例にとると、道路の幅員を広げることをどのように前提条件とするかが曖昧でした。あるところは原則広げる、あるところは広げるのにかかる費用を検討に入れてケースバイケースで検討する、あるところは無理そうだから検討しない、となっていました。一見道理にかなっていそうですが、この3つのパターンはどうやって仕分けたのか、そこにどんな判断基準があるのか、わかるようでわかりません。プランナーとして、どのような空間にすべきか、という思いがしっかりとあると、こういうところで惑わされることはないのかもしれません。総合的に考えるという言葉は時としてとてもかっこよく聞こえますが、条件が混乱し錯綜するあまり、元々の思いやプロとしての誇りがどこかにいってしまう可能性は十分にあります。で、こういうことをスパーっと言ってしまえる先生は、端から見てすごいなと思ってしまいます。少しやわらかく言ってしまう僕などまだまだ半人前と思ってしまいました。

次に、何をもって比較するかというところが問題となります。新しい交通システムによって、現状と比べて何が改善されたのかを述べないと、比較するシステム間だけでの優劣では議論が中途半端になってしまいます。ここでも、僕らは、思い、そして誇りが求められていると思います。

さて、先週の火曜の午後は新潟で、都市計画の会議でした。かねてから尊敬していた蓑原先生が座長の勉強会で、前回と今回はうまく日程が調整できたので出席できました(次回は無理なようで、僕としてはちょっと残念ですが仕方ありません)。これからの都市計画のあり方、中心市街地の問題、田園と都市の共生など、興味のある議論もたくさんありましたが、現況分析と評価の方法についてもいくつかおもしろい視点がありました。

既存のルールを前提に物事を評価すると、そのルール自体の是否は評価できません。言われれば当たり前ですが、実際のデータをみていると見落としがちです。現在の市街化区域内と市街化調整区域内での開発進行状況を比較するだけでは、言いにくいことではありますが、その2つの区域が適切に設定されているかどうかを判断できないし、実際にはむしろそのことが問題だったりするようです。これも前段と同じ、前提条件を何にしてものを考えるかに通じるところがあります。

この種の議論に参加できる機会がこのところ多く、以前のこのコーナーでもご紹介した、同じ横浜国大の小林先生の委員会でも学ぶところがいっぱいでした。卒業生のみなさん、例えば、都市計画マスタープランで農業の保全と農地の保全をどう区別して理解すればよいか、この違いをプランニングにきちんと反映するにはどうすればよいか、考えてみてください。中心市街地の再生問題と横並びでみた場合、商業の活性化と住民の利便の確保がどう異なるのかという問題とも近いものがあります。そこに時間軸を仕組むと、さらに議論がおもしろくなります。TODが理想としても、そこに至る途中段階では、自動車とまちづくりの関係をどのようにするのか、なんでもかんでも公共交通というわけには行かないのは自明で、そこにどうも「技」がありそうです。不勉強な僕にはまだよくわかりませんが、考えていきたい課題です。

こうやって考えると、計画の勉強というのは、頭の体操のような部分があって、やはり理科系的な思考方法がどうしても必要なような気がしています。

ところで新潟の夜は、予定とはちょっと異なってしまいましたが、グランドピアノを囲んだお店で、遊んでしまいました。睡眠時間はちょっと減ったし、同行の学生さんたちは、相当にあきれかえっていたようですが、僕は自分の世界を満喫できました。少しはピアノが上達したかもしれない。

さらに余談ですが、都市計画のマスタープランを立案する仕事を担うコンサルタント会社の人たちが、交通をちょっと不勉強ではないかと思いました。実は新潟の場合、僕の大学院の講義の受講者ということなので、僕の講義の中身に問題があるのかもしれないとも考えました。横国の建築で都市計画のコンサルにいく人にも、ぜひ僕の講義、それもできれば学部の講義をきいていただければと、あらためて思いました。他の大学の方向けには、もちろんすばらしい先生がたくさんいらっしゃいますので、身近なところで、都市交通の講義を受けられることをお勧めしますが、僕のほうは、来年の5月27日土曜日(大学の清陵祭の初日)に公開講座(午前が高校生大学生向け、午後が一般社会人向け)を実施する予定(まだ僕の中でそう思っているだけ)ですので、ご関心の向きは、ホームページの情報更新にご注意ください。

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