2月27日午後は、日本大通りの横浜情報文化センターで、わが横浜国大の地域実践教育研究センター主催のイベントに参加しました。ほんの3年前は、どちらかというと距離をおいて傍聴していたものが、気が付いたら、ど真ん中にいて参加していたりします。
第一部は、学生プロジェクトの報告ですが、14のプロジェクトということで、1プロジェクト約3分の報告は、なかなか大変だったように思います。わが班、モビリティ・デザインの実践プロジェクトは、日本酒班班長とも呼んでいますが、3年生の由紀ちゃん(構造研のブリッジコンテストの準備で忙しいはずなのに申し訳ないです)が報告してくれました。


春学期の佐原、秋学期の萬代、石巻、下北沢、小田原での取り組みを紹介してもらいました。フロアからは、なぜこの地区選定なのか、横浜はやらないのか、という質問をいただきましたが、これは由紀ちゃんには答えられないな、と思っていたら、司会の志村先生(むちゃぶりのまきちゃん)からふられまして、僕のほうで、「それぞれ依頼やらツテやらではじめたもので、学生さんの能力とこちらの指導能力も勘案しての選定であって、今後は横浜もとりあげたい」と回答しておきました。新年度、3年生の演習の場所をうまく変更できたら、羽沢もモビリティデザインのほうで取り組むかもしれません(まだ未定)。
後半の発表は、先生方の研究成果の報告です。聴講していた学部生のみなさんにはちょっと大変だったかもしれません。なにせボリュームも質もありましたので。
成果報告は、以下の4テーマでした。
1.対応力を育むコミュニティ(6テーマ)
2.災害に強い社会インフラ(3テーマ)
3.レジリエントなエネルギーシステム(6テーマ)
4.空間のシビック活用による地域づくり(4テーマ)
建築だけでなく、土木、通信、経済、経営、環境、教育など多岐にわたる分野からの話題提供で、領域の幅はとても広いといえます。文系も理系もありますが、まだ混在というところで、融合はしきっていないという感もありました。
志村先生(むちゃぶりのまきちゃん)のご指示で、2の発表(通信と物流と交通)をした上で、1234をとりまとめるお仕事も仰せつかりました。以下のようなことをお話ししました。
プロジェクトの1年間の成果として、コミュニティ、インフラストラクチャー、エネルギー、スペース(空間)という対象領域はクリアになった、技術の話、しくみの話がかかわること、文系も理系もかかわることもわかった、そこにかかるキーワードとして、日常、レジリエント、スマートといったキーワードもでてきた。地域、住民、企業、大学、行政といった主体のかかわりもみえてきた、その動きの中でのキーワードとしては、総合力、連携、協力、自律(自立)ということの重要性もわかる、さて、それで、なにからどのようにしていくのが、われわれの地域づくりなのか、どんなシナリオになるんだろうか、次の展開に向けて、そういう議論をしていければ。
といったところです。
そのあとはパネルディスカッションです。県民サポートセンターの吉田副主幹と、元横浜市役所で現在は本学客員教授の上原先生、さっきの4つの発表の発表者、センター長の高見沢先生が壇上に座り、司会は佐土原先生(なぜか椅子なし)、という構成でのスタートです。いろんな議論が出てきたので、僕なりにまとめておきます。このまとめが、後日、センターで発行されるブックレットにも載るだろうという算段です。
神奈川県の吉田副主幹からは、被災直後の対応で、自分の力、対応力が必要で、それは三陸でも言われていること、物流や交通に例示されるが、いままでのシステムのままでは機能しないことがいくつもあり、柔軟さが求められること、シェアすることの必要性が明らかになっていること、などというヒントをいただきました。
上原教授からは、対応力と同義の考え方として地域防災力の必要性を実感するとともに、大都市横浜の課題として、帰宅困難者問題、そして計画停電問題は避けられないという指摘をいただきました。帰宅困難者問題については、情報通信網がしっかりしていれば、鉄道の復旧が早ければ、道路上でバスの代替輸送が機能していれば、横浜駅近くでの一時避難誘導ができていれば、など多くの前提があることを中村のほうからコメントさせていただきました。
そのあとの議論の中で出て北ことのうち、面白かった視点として、
そもそも横浜国大の中でいろんな先生、特に若い先生がいらして、そのつながりの可能性がはじめて明らかになったこと、個人やNPOベースの小さな活動を行政が受け止めるとしても、公に民間力の視点が必要であるとともに、民間のほうにも公共力が必要、お互いが相手に寄り添おうとしなければ、協調はできない、というお話、普段からの信頼関係の重要性、住みたい=リバブル=多少がまんしてもいきていける、ということの意味をきちんと突き詰めたい
などをあげることができます。原子力発電の問題への意見もありましたが、横浜国大でのこの活動の中で、福島の問題そのものをどう取り上げていくのかは、十分に検討した上で考えていくべきだと思います。別の場がふさわしいのかもしれません。
交流会での乾杯の発声を、志村先生(むちゃぶりのまきちゃん)から仰せつかり、参加したみなさまへのお礼を申し上げて、させていただきました。
ウーロン茶を飲んで、学生さんたちとお話をしていたら、食べ物にありつけなかったのですが、学生さんたちとお話しするのは、楽しいです。
環境問題に関心のあるグループとのつながりができました。横浜国大のバスや、いずれはじまる自転車共同利用プロジェクトにあわせて、そういう学生さんたちとの連携もはじめることにしました。
建築の学生さんから、土木での都市計画と建築での都市計画ということについての質問や、三陸の復興での交通のあり方への意見もとわれました。
僕は、がんばっているつもりでも、学生さんたちと話さなくなってきているのかな、と猛省です。うちの3年女子からは、相談しにくい、距離がある、壁が大きい、などという指摘を受けました。少人数で距離が近いはずなのに、学生さんがそう思っていないとすると、こちら側にも問題はありそうです、年齢が離れてきたというのはどうも問題ではなく、忙しそうで声をかけづらいというところのようです。
僕としては、それはぜひ打破したいので、新年度は、今風の言葉で、うざい、と言われようが、学部学生さんの中に入り込んでいこうと思います。研究室ではない宴会もなるべく多く企画しようと思います。学校に来ることやら、イベントに参加することが、楽しくなければ、続かないという、原点を思い出し、僕らにとっての貴重なお客様であり、財産であり、(磨けば輝く)宝である、みなさんをもっと大切に育てなければ、と気持ちを新たにしました。
志村先生が、きっとこうしたいんだろうなあ、という思いを、なるべく汲んで、頑張らせていただきました。大学の中で、こんなにのびのび、楽しくできることを感謝しています(本人に、むちゃぶりのまきちゃん、と呼んでいるといってしまいましたが、笑顔で返してくれました、あの笑顔で、きっとまた、頑張ることになってしまうのだろう)。
こういう活動自体が、一種のソーシャルキャピタル、いや、キャンパス・キャピタルになっていっていると実感した午後でした。